• Twitter
  • Facebook
2018.11.01

きくちちき×小野明 『絵本の冒険 「絵」と「ことば」で楽しむ』刊行記念 イベントレポート

イベントレポート / きくちちき, 小野 明

「絵」と「ことば」の解釈方法を、絵本作家にとどまらず、分野を超えた多角的視野から探ると同時に、現在注目を集めている作家とその作品世界が与える影響、潮流、思想、今後の展望を一冊でコンパクトにまとめた『絵本の冒険 「絵」と「ことば」で楽しむ』の刊行を記念し、本書の編著者である小野明さんと絵本作家のきくちちきさんのトークイベントを開催しました。かみのたねではそのトークイベントの模様をお届けいたします。
(この記事は2018年8月1日に丸善丸の内本店にて開催されたイベント内容を再構成したものです)

 

小野明さん(以下小野):こんばんは。本日はようこそお越しくださいました。僕はきくちさんとお話をするのが念願だったので、『絵本の冒険 「絵」と「ことば」で楽しむ』(以下『絵本の冒険』)の刊行記念に、このような場をつくることができてすごく嬉しいです。

2000年代に僕は『絵本の作家たち』(平凡社)という別冊太陽のインタビュー集を出しました。1巻目が2002年、2巻目が2005年で、そこで長新太、五味太郎、佐々木マキ、荒井良二、飯野和好、スズキコージ、山本容子、ささめやゆき、大田大八、井上洋介、片山健、あべ弘士、たむらしげる、村上康成、という14人を取り上げました。その時点でのその作家の完璧な書誌を作りたかったし、何しろロングインタビューをしてその人の創作の秘密を知りたいと思って14人にお願いをしました。その後『絵本の作家たち』のシリーズは、僕の信頼する人に任せて5巻まで続いて結構な網羅ができたんですけれども、僕がつくった2巻目が2005年ですからこの13年の間にデビューしている作家もたくさんいるわけです。2005年以降の絵本作家の中で、僕が本気で興味があって「もういいですよ、聞くの止めてください」っていうくらいヘトヘトになるくらいまで話を聞きたくなる人。その筆頭がきくちさんなんです。今日は1時間しかないのですが、ずっと念願だった事なので、きくちさん、どうぞよろしくお願いします。

きくちちきさん(以下きくち):よろしくお願いします。

小野:あまり今までの事をゆっくり喋る時間がないんですけど、昔から絵がどれくらい好きだったのか、いつから絵を意識し始めたのか、それは一応お聞きしたいな。

きくち:絵を描くのは小さい時から好きではあったのですが、ただ好きっていう程度のもので絵を描いて仕事にしようという気は全くなくって。自分でいうのもなんですけど、小さい時からちょっと変わってた部分があって、小学生入る前とか入ってすぐくらいの時から竜の絵を描いたり。

小野:ドラゴンね。

きくち:ドラゴンです。でもどちらかというと和風の竜。西洋のドラゴンみたいな感じじゃなくて。あと仏像が好きだったので、なんかそういう渋い物を見て絵を描いてました。特に般若が凄く好きで、般若のお面を買ったり。

小野:買うの?

きくち:買いました。凄く高価なので、お年玉を溜めて1万円くらいお金を出して。

小野:凄い!

きくち:奈良に家族旅行に行った時にそういうお面に出くわして買ったり。割と好みが渋くて。でも絵自体も物凄く好きで、特にピカソが好きだったのでピカソの模写をコソコソ隠れてしていました。

小野:それはいつ頃ですか?

きくち:それも多分小学校1年生くらいから。

小野:小学校1年でピカソの模写? へえ、たしかにかなり変わってるね(笑)。

きくち:そういうのを誰かに見せるというわけでもなく、もう自分の中でコソコソと描いてました。だから描くのは好きでしたね。

小野:画家に話を聞くと、絵を人に見せて、それで褒められたり、「僕にも描いて、私にも描いて」って人からいわれて、人気者になる人が結構多いんですけど、きくちさんの場合はそうやって人に見せる絵はあまりなかったんですか?

きくち:小学校でマンガクラブに入っていたのでマンガも描いてて。その当時流行っていたのが『北斗の拳』だったので、北斗の拳の絵を描きながら、同級生に見せて「どうだ!」みたいな感じのことはしてましたけど、ちょっとマニアックなピカソの絵とかは誰にも見せずにコソコソ描いてましたね。

小野:それは見せても解ってもらえないとかそういう意識なの?

きくち:いや単純に恥ずかしかったので…。

小野:恥ずかしいの(笑)? そうか。

きくち:あまり自分から見せたがる感じではありませんでした。マンガは友達も結構好きだったので、共有できることが解っていたのですが。マンガが好きな友達と見せ合いっこして遊んでましたけど、そういうちょっと内に込めた物はありました。親にも全然見せずに引き出しに隠して。

小野:それがピカソの模写っていうのが凄いね。そのピカソの模写っていうのは画材は何だったんですか?

きくち:基本は鉛筆で。たまに色鉛筆とかで色も付けたりとかしてて。

小野:それはピカソの画集があったの?

きくち:家にあった物なのか、図書館で借りたのかその辺は覚えてないんですけど画集か何かを見ながら描いてましたね。

小野:ああ、そうか。そのエピソード知りませんでしたね。

きくち:あまり人にいわないので(笑)。

小野:これからきくちさんのことについて色々お聞きしたいと思っているんですけど、なんかそのピカソの模写っていうのが僕の中でど真中というか、なんかもうそれで説明終り、みたいな(笑)。

きくち:本当ですか(笑)。

小野:「みなさーん、小一でピカソ模写した人ですよ! だからこういう風になれるんですよ!」で、なんか済みそうな気がしてきたなあ。

きくち:ああ、そうですか(笑)。でもモネとかゴッホとかベタですけどそういうのも模写してましたね。

小野:それは西洋絵画ですよね。でもその一方、竜や仏像を描いていた。それは日本の絵師が描いていたよね。お寺に行くと天井に鳴き竜があったりもするし。そういう竜は何を見本にしたんですか?

きくち:それは多分きっかけとしては家にあった妖怪か何かの本だったと思うんですけど、その中に竜みたいなのがいて「これは凄い! カッコいい!」と思って多分そこから色々な竜を見て描いてましたね。

小野:カッコいいかあ。だから竜を描いていた、それはわかりますが、でも、般若は明らかに怖いじゃない?

きくち:そうですね(笑)。

小野:きくちさんも一応般若が怖いんだっていう意識はあったの?

きくち:僕はカッコいいなって思っていたので。

小野:ああ、般若もカッコいいなって思ってたんだ。

きくち:怖いっていう意識は持ってなかったです。

小野:買っちゃうとバレるよね? 好きだって事が。それは構わなかった?

きくち:買いたい買いたいってずっと親にいってたので。竜の絵とかも描いてたのは知ってたと思います。

小野:そうですか。とても理解のある親御さんですね(笑)。で、そのお面は被ったの?

きくち:多分被ったと思います。でも、その時は自分で被りたいというよりは置いておきたいというタイプだったので、多分被ってもいるとも思うんですけどそれは別に重要ではなかったと思います。

小野:そっか。それはそれで面白いね。被ったかどうかが曖昧っていうのが。これから僕がお聞きしたい事の中心が、もうその幼少時の般若、竜、ピカソの模写、まあモネも含めて、それらにかなり含まれてるので先に言っちゃいますけど、僕がきくちさんの絵を見てまず印象的なのは、輪郭をきちっと取らないということです。

フォルムをつくるためにきちっとした輪郭を取らない。その輪郭のあり方というかフォルムのあり方がとっても魅力的で、いままでこういう人は絵本の世界ではあまりいなかったとまず思ったんですよ。

僕の計算ではこれまできくちさんの絵本は18冊あります。出版社から出ている絵本が18冊で、そこに自費出版やリトルプレスのものを含めると20冊以上あるんですけど、それらにほぼ共通していることは、話に動きがあるということ。すごくシンプルな話なんだけどまず動く。色々な物が動いていく。その動いていく生き物と自然との境界が曖昧になっている。でも一体化ではない。そういう感覚が僕にはあって、きくちさんのあの絵の描き方は、そういう意識があるからああいう絵を選んでいるのか、ああいう絵を描いてるうちにそういう意識になったのか。そこに興味があります。

で、今の絵本のありかたというかトレンドとして、結構言葉で説明するということがひとつあると思うんです。説明的というか。例えば「牛肉はもとは命ある牛でした」とか「野菜にも命があります」とか。それを伝えることはとても大切な事ですが、絵本で表現をする時にあまり言葉に頼るのはなあ、って僕個人は思うんです。子供って凄い能力を持っていると勝手に買いかぶってるので、僕がいま言葉でいっている様なことを多分感覚で受け取ると思うんですよ。その時にまさにきくちさんのあの絵の世界というのは、輪郭が溶け合っているような、絵によって命の交歓を描く、そういう世界だなとまず思いました。

では、小さい頃から絵が好きだったということはわかりました。まずきくちさんの一つの特徴として自費出版で絵本を出したということがありますね。

きくち:はい。

小野:随分出しましたよね。当時きくちさんにとって絵本というのはどういう物だったんですか?

きくち:その時というか、もともと絵本自体にはそんなに興味はなかったんです。

小野:え? なかったの?

きくち:全然絵本も見てなかったし、まあ未だにそんなに見てないんですけど。会社勤めを辞めてフラフラしている時期があって、そのフラフラしている時に100年前の絵本を……

小野:100年前?

きくち:はい。骨董市でたまたま見つけて、その衝撃が本当に凄くてそれから急に絵本を描きたい、ってなりました。

小野:その100年前の絵本ってどういう絵本だったんですか。

きくち:フランスのM・ブーテ・ド・モンヴェル(Maurice Boutet de Monvel)という作家の絵本でした。

小野:それは女の子の丸い顔が表紙にあるやつですか? リボンをつけて。

きくち:そうですそうです。それを見た時に凄い衝撃を受けて。で、もちろんそんな絵本の知識なんてなかったのでその骨董市の人に「これ何ですか?」って聞いたら「100年前の絵本です」って説明をしてくれて。100年前の物なのに凄く綺麗で100年後の僕がこんなに感動出来るこれは何なんだっていう感じで。

物凄く丁寧に作られているし、きっと色々な人の手に渡ってたまたま僕が見てているという。そういう時代ごとの物語や色々な物が凝縮されている宝を見つけたと思って。いまだにその衝撃は忘れられないですね。多分フラフラしている時だったので余計に輝いて見えたんでしょう。それが絵本の道に行くきっかけになりましたね。

小野:そうでしたか。僕もその絵本、最近の版ではありますが一応洋書で持ってますけど、以前、それこそ100年前の初版を見せてもらった事があるんですが、もうとにかく版画みたいなものですよね。つまり印刷はしてるけど印刷の上がりが、版画作品の様に本当に色がしっとりしてるし深いし。だから絵本の形っていうか本の形としては素晴らしいのはもちろん分るんだけど、あれは楽譜もついた歌の絵本で、物語絵本でもないし、しかもフランス語だから多分その場でパラパラ見て内容をすぐに把握出来る物ではないですよね?

きくち:そうですね。

小野:それにも関わらずそこまで惚れちゃったのって何でかな?

きくち:多分、物語がわからなくてもこれだけ感動出来るっていうところがまず衝撃だったんだと思います。そしてこの楽譜を大人が歌ったり何かして、周りに子供達がいてこの挿絵を見ながら大人と子供が楽しく過ごしているところをとかを想像して「ああ、なんてすばらしいんだろう」みたいな。そういう想像が膨れ上がって。今まで自分が絵本に興味がなかったのでなおさら。こういう物も絵本として昔からあるんだ、っていう本当に驚きでしたね。

小野:そうか。あまりいないタイプだね。

きくち:あ、そうですか(笑)。

小野:つまり本との出会いとして一種のメディアというかね、きくちさんは絵本を囲む世界まで含めて魅力を感じたんですよね? 絵本を見て「あ、これって僕に似てる。私に似てる」とか「物語というのは言葉と絵を使ってこうやって表現出来るんだ、私に絶対に向いてる」とか思ったことがきっかけで絵本作家になった人はいっぱいいるんですけど。でもモンヴェルの絵本を見て、お父さんやお母さんや子供を含めたその状況を想像するというか、そこを感じた人って結構珍しいと思いますよ。

きくち:会社勤めしてた時は印刷会社にいて、そういう印刷物ももちろん好きだったので、本としての造りも凄く魅力的っていうのもあって、色々な要素が凝縮されたというか。

小野:じゃあそのモンヴェルとの出会いからどのくらい後に最初の自費出版を作ったんですか?

きくち:多分すぐだと思います。

小野:ああ、そうですか。これらの自費出版本は、和綴じで注文生産なんですよね。「欲しい」というと、そこから作って下さるんですよね。

きくち:そうです。最初、和綴じじゃなくてミシン綴みたいな物を自分で穴開けて、それを糸通してやってたのでもう腕が痛くて痛くて。千枚通しみたいなので1個1個開けてたので、なんかな無駄な労力を使ってて。で、途中で気が付いて。これはちょっと違うなと思って。

小野:で、和綴じになったのか。これから紹介する『しろねこくろねこ』という作品がメジャーデビューなんですけど、それが6年前です。6年間で18冊。編集者の数でいうとダブってる人がいるから12人、13人でしょうか。そういう方達は、ほぼみんなきくちさんの個展を見に行って、こういう自費出版の物を目にしたんですよね。それでこの人面白そうだということになって、だんだん知られて来てデビューした。僕らは仕事として、まだ絵本を出していない人の個展やグループ展に行って、そこで自費出版の本を目にすることも多いんですけど、やっぱり「まあそうだよなぁ」みたいなレベルが多いです。まだそれは出版するの難しいよねって。造りの問題じゃなくて内容としてね。きくちさんの本はやっぱりダントツにレベルが高かったし、これはまあ放っておいても誰かが絶対に出版する様になるだろうなと思った。

僕がきくちさんの自費出版物をもっているのは、この2冊(『ちきばんにゃー』『コッコさんのおでかけ』)なんですよ。絶対に手元に置いておきたくて、絶対に欲しいと思ったのがこの2冊で。でもデビューしたのは別の作品でしたね。

きくち:そうそう(笑)。

小野:僕が買わなかったやつで。あぁ、なんで買わなかったのかなと思って。自分の至らなさがすごく悔しくて。で、デビューしちゃうとね。あっという間に買えなくなって来るし、レアになって行くし、もう本当に悔しかったんです。で、きくちさんのメジャーデビュー作ですが、これ2,500円するんですよ。新人の作品で。しかも箱入り。表紙に布も使っていてね。あり得ないですよね、新人作家に。で、これはこの本の担当編集者がインタビューでも答えてますけど、きくちさんの作品だから、こういうやり方を選ぼうってね。1,300円くらいで3,000部4,000部作るのではなくて、2,000部ベースでいいから本当に丁寧に作った物でデビューさせよう、と。凄いよね。

きくち:凄いですね。

小野:凄い発想だと思う。僕らは「あとさき塾」というところでこれからプロになる人をサポートしたいと思ってやってるけど、やはり僕は3,000部ベースで1,300円くらいにどうすれば出来るかっていう事をまず考えるから。2,000部2,500円でデビューさせようだなんて発想はなかったですね。やっぱりそれはきくちさんご自身が受注生産で自費出版物をつくっている、丁寧な作り方をしている人だから、こういう絵本でデビューしてもらおうっていう発想が出てきたんだと思うし。こういうデビューをしたという認知のされ方がね、その後もずっと続いてる様な気がして本当悔しかったの(笑)。僕は『ちきばんにゃー』でデビューすると勝手に思っていたので、「えーっ」と思ったんですよね。きくちさんは、以前印刷屋さんにお勤めだったようなので、当然このロットと造りでどのくらい費用がかかるのか、ある程度予想が付きますもんね。

きくち:そうですね。

小野:そういう提案は編集者からあったんですか? そういう設定をしちゃおうっていうのは。

きくち:もう編集者さんは最初から「豪華な本にする」って1人でいってました。

小野:凄いなあ。

きくち:僕もデザイナーさんもどちらかというと「安い方がいいんじゃないですか?」っていってました。編集者さんが1人で「いや今回は」っていう熱い思いが最初からあったみたいで。

小野:素晴らしい事ですよね。ずっと作家を続けておられる人は、デビュー作というのがとても大切な人と、もう記憶を消したいという人と両極端なんですよね。デビュー作というのはやっぱり幼いといいますか、今だったらもっと出来たのに、とか色々な悔しさもある場合もあるから。そういう意味でもやっぱりこのきくちさんのデビューの仕方というのは本当に例のないやり方でデビューしたと思うんですよね。デビュー作が出た時の実感は?

きくち:もうただただ、信じられない気持ちが強くて。まわりの方にデビューさせていただいて。僕は描いたらすぐ描き直したいなと思ってしまう性質ですし、絵本の形がもう僕には勿体ないくらい素敵なので、僕の作品でこの造りでいいのかなっていう思いがありました。もちろん嬉しいのは嬉しいんですけど、大丈夫なのかな、っていう不安の方が大きかったですね。

小野:でもこの後本当に順調に良い本がいっぱい出ていて。さきほどもいいましたけど、僕は『ちきばんにゃー』でデビューすると思っていました。で実際には、デビューから4冊目の絵本になりましたね。で、こちらに関してはもう僕は自費出版バージョンを買っていて画面も全部記憶していたので、メジャー作を見た瞬間にすごく変わっていたことにびっくりしました。

きくち:あ、そうですか(笑)。

小野:で、びっくりしたと同時に自費出版のあり方の素晴らしさと、実際に市販される絵本としての素晴らしさの比較としてこれ以上の見本はないなということを思いました。それくらい変わりましたよね。

きくち:そうですね。

小野:判型はもちろん絵も全面描きなおしていて、ストーリーや言葉の使い方も変わったし、この2冊を比べれば、メジャーで出版するとはどういうことなのか、勝負をするということはどういうことなのか、これ以上のテキストはないというくらい、メジャー化しています。これもデビュー作と同じ編集者の方なんですよね。文章の変更などはどちらが言い出したんですか?

きくち:実は、『ちきばんにゃー』は違う出版社から出す予定だったんですよ。結構ラフを進めていたんですけど、途中でその編集担当の方が営業に配置替えになってしまって宙ぶらりんになっちゃったんですよ。編集に戻って来るのかも分らないし。でも結構ラフ進めてたし、どうしよう、みたいな時にデビュー作の担当編集の方がひょっこり現れて「ウチで出す」っていってくれて、「じゃあお願します」っていう感じでした。で、途中まで進めてたラフをその編集さんに見せて今こういう感じですという形で進めていきました。なのでちょっと複雑な進行をしてました。

小野:ああ、そうなんだ。じゃあ、最初の出版社の編集者の方もちゃんと貢献してるんですねこの絵本に。

きくち:そうですね。

小野:この『ちきばんにゃー』って自費出版の時からタイトルは変っていないんですけどこれ、ちきさんの名前と関係あるの?

きくち:あります。僕の名前と「るすばん」とネコの「にゃー」という単純な(笑)。もともとチキチキバンバンっていう昔の白黒映画を見て、あれが空想と音のお話なので、「空想と音を使った絵本を作りましょう」という話を「えほんやるすばんばんするかいしゃ」(高円寺にある絵本のお店)の荒木さんとしていて。で、その時のえほんやの展示のタイトルもチキチキバンバンみたいなタイトルで、もうチキバンっていうのはもう絶対使いたいなと思っていたので。まあ猫も出て来るしまあニャーでいいかみたいな。

小野:そうか。その感覚がいいよなぁ(笑)。本当は買って最初から最後まで楽しんで欲しいところなんですけど、やっぱりトークショーの性質上どうしても中に触れないと話が進まないので、ちょっと触れさせて頂きたいんですけど。

ざっくりいうと動物と女の子が行進をするお話。で、途中に大きな猫が出てきたり、かじられたり舐められたりとかいろんなことがあって、それでどんどん前に行くっていうお話なんですけど、最後のところでこういう画面が出てきます(ビニールプールがあり、その周りに物語に登場したウマやカエルなどが散らばっている)。途中で海に入るシーンもあるんですけど、この子はごっこ遊びをしていて、その想像が今までの画面になっているみたいなね。まあそういう構造に見える様な作り方をしているんですよね。

そこで自費出版とメジャー版との大きな違いは、途中でサメがね、ジョーズみたいなのが出て来るんですが、このサメにカエルさんとかウマさんが一度やられちゃうんですよね。で、自費出版のほうではサメより大きいネコが、そのサメを「ダメだよ」みたいな感じでくわえて、サメも仲間にしてあげてまた一緒に泳ぎ始めるんですね。楽しそうに。

ところがメジャー本のほうは、同じようにサメが出て来てみんなやられちゃって、その後にやっぱりネコがだめだよっていって、サメをくわえるんですが、言葉も全く変わっていて「でもね ねこは さかなが だーいすき さあ ちきばんたい しゅっぱつよ」っていって。僕は自費出版のほうも知っていたから、「ああ、これでまたサメと一緒に行進するんだな」と思ったらなんと、今度はネコがサメをくわえたままなんです。つまり仲間になっていない。で、最後の場面になってもネコはサメをくわえている。どうやらサメはエサになってしまった。でも自費出版のほうでは、最後はサメは足元にいるだけでネコはくわえてない。これは明らかな違いですよね。で、これはもちろんきくちさんがそうしたかったわけですよね?

きくち:そうですね。

小野:何でこういう変化になったんだろう?

きくち:あまりそこはよく覚えてないんですけど、多分絵的にその猫がサメをくわえている絵とかそういう絵を描きたかっただけだと思います。

小野:ああ、新しく描き直した時に?

きくち:そっちの方が自分の中で描きたい絵だったので多分絵的にそうしただけで特に意味とかはそんなに考えてなかったと思います。

小野:でも18冊通読するとね。きくちさんのパブリックイメージとしてネコとかチョウとかいろんな動物がいきいきと走り抜けるっていうね。まあ簡単にいうとそういうイメージまずあって。幸せな感じというかね。まさに『絵本の冒険』の中で編集者の堀内日出登巳さんが原稿を書いてくれた様に、なにげない日常なんだけど絵本として成立する、というね。

なぜ僕がこの描き直しにこだわるかっていうと、きくちさんの最新刊『とらのこ とらこ』の中で、虎の子とらこは大好きな親の真似をして、一生懸命えものをとろうとするんですけど、小さいとらこは失敗ばかりしてるんです。で、ウサギをつかまえようとしても逃げられてしまう。で、ページをめくると、「つかまえた」といって親の虎がウサギをくわえてるんですよね。で、最後のほうでとらこもいろいろ頑張って、ようやく「つかまえた」といってカエルをくわえている。これは多分食い物ですよね。命をもらってる。最新作でそうだし、すでにメジャー4冊目の『ちきばんにゃー』ですでにくわえている。命の単純な賛歌はしていない、命は素晴らしいといえば済むかもしれないのに、こういうところをスっと入れてきますよね。これにはやはり明らかな意図があるんじゃないかと僕は思ったんです。

きくち:すごく難しい(笑)。そうですね、意図的にということはないんですが、小さい頃に生活していた環境が影響しているのかもしれませんね。北海道の「ちょっと行ったら山」みたいなところで暮らしていて、シカとかキツネとかもよく見ましたし、身近な存在として境界がないというか。まあ子供ってそうだと思うんですけど。多分その感覚が残っていて、自分の絵本を描く時もなるべくそういう境界は作りたくないなっていうのはあります。

命っていうのは人間だけの物ではないし、植物も動物もみんな平等にある物だし、なんかそれって忘れがちというか、どうしても特に人間はエゴの生き物だったりするのでなんかそういう部分は何となくですけどちょっと絵本の中で思いだしてもらいたいなとは思っています。子供の頃はみんなそんなに境界を作ってなかったし、それが普通だったりしたので、そういうことをちょっとでも思いだしてもらいたいなという気持ちが絵本の中にちょいちょい出てきてるのかなっていう気がしますね。でも最初からそれを目的には描いたりしていなくて、たまたま流れの中でそういう場面がちょっと出て来てるというくらいだと思います。

小野:先ほどふれたように、きくちさんの絵のあり方や輪郭の取り方、フォルムの作り方がね、境界がないですよね。だから、きくちさんの今のお話は、僕としてはとても納得できます。でもあんまり納得しちゃうのもまずいよなあ(笑)。決めつけになっちゃうからね。でも個人的にはとても納得できるお話です。

でね、この『とらのこ とらこ』にはね、この『とらこの おくりもの』というスピンオフがあって。きくちさんにとってはもう同志というか盟友の様な「えほんやるすばんばんするかいしゃ」で最近つくった本。きくちさんはここでもう何度も個展をやっているし、こういう本も結構つくっている。

で、この『とらこの おくりもの』はどういう話になっているかというと、やっぱり虎の子が色々な事をするんだけど今度はお母さんへ誕生日のプレゼントをするお話しなんですね。誕生日プレゼントにどんなのをあげられるかねという。それをちょうに相談したら、とらこがえものを初めてつかまえたらうれしいんじゃないかな、っていう話になって、最初シカはどうかねっていうんだけど、いやあシカはちょっとあのツノがあぶないとかいってね(笑)。そのあとも怖がりや好き嫌いでなかなか決まらない。で、最終的に選んだプレゼントはこれなんですね、花。花を一輪。取って来てくわえてこれをお母さんにあげる。そうするとお母さんは褒めてくれるというお話です。『とらのこ とらこ』ではカエルをくわえ、『とらこの おくりもの』では花をくわえる。

これは書店で売っているわけではないので、知らない人もたくさんいるのは仕方がないのですが、やっぱり『とらのこ とらこ』とこれでペアだなと思った。この2冊で一つの世界になっている感じがやっぱりしました。どうですか?

きくち:そうですね。足りなかった分を補った形になりましたね。

小野:元々『とらのこ とらこ』を出す時にこういうことをやろうというのは決まっていたんですか?

きくち:全然決まってなくて。本当は違う物を考えていたんですけど上手くいかなくって。あと、ものすごく『とらのこ とらこ』を気に入っていたので、この子を使って何かできないかな、っていう。その時は苦し紛れでちょっとお話考えてみようっていう形だったんですけど、それがすごくハマって可愛らしい作品ができました。

小野:本当に可愛らしいですよね。その判型もそうだし紙の質もそうだし、綴じ方もそうだし。本当に愛おしい。だからこれはメジャーから出さない方が良い物ですよね。なんかこう、そっと小さくどこかに存在していて、気が付くと嬉しいなみたいな感じの物に実際なってますよね。これも注文制ですよね?

きくち:そうですね。

小野:「えほんやるすばんばんするかいしゃ」っていうところで買える可能性があるので、ぜひ探してみてください。そしてこの『とらのこ とらこ』が現時点でのメジャー最新作です。で、『とらのこ とらこ』つながりといってはなんですが、きくちさん、4年前にお子さんが生まれたんですよね。

きくち:そうですね。

小野:お住まいも相模原の方に移って、まさにそれが作品に反映している気がします。これも堀内さんが、『絵本の冒険』の原稿の中で書いてくれましたけどきくちさんの絵本は、小さなエピソードでできている。なにも大きな事件が起きない。日常がいかに冒険であるか、悲しかったり毎日ワクワクしたり。たぶん退屈な事がないんですよね、子供には。退屈っていう意識がまずないだろうし、そういう日常の冒険が見事に絵本になっている。本当に凄い画面だと思います。

きくち:息子と一緒に過ごしていると、本当に小さな事でこんなに喜んだりとかこんなに感動したりっていうのを思い出させてくれるっていうか、色々な事を教えてもらって。僕はただそれをそのまま形にしちゃっただけなんですけど。でもやっぱり小さい子ってキラキラしている部分がたくさんあって、その日常がキラキラが輝いているようなものなので、なんか子供ができて逆に教えてもらう部分の方が多くて、僕からはそんなに何も与えられないというか。もっともっと僕の方も成長しなきゃなって、思いますね。それだけやっぱり自分の息子なので特に可愛く見えてしょうがないんですけど、でもそういうのってどのお子さんも持っている物だから。そういう部分って大人が見習わないといけない部分なんだなっていうのは、親になって初めて本当に分かったというか凄い体験をしている今さなかなんだなっていうのはありますね。

小野:『ちきばんにゃー』のこの女の子はまだお子さんが生まれてない時に作ったお話ですよね。

きくち:はい。

小野:この女の子は「ちきばんたい」の隊長なんですよね。みんなを先導する隊長。でもそれ以降のきくちさんの絵本の子供は、隊長とかリーダーとかそういう役割意識が全く関係ないもう天然その物みたいな存在として描かれることが増えてきていて。たとえばこの『みんな』という絵本。これは何年だっけ? 2015年ですね。もうお子さん生まれていらっしゃいますね。1歳くらいかな?

きくち:そうですね。

小野:これはねまあ一番簡単にいうならば、きくち版『どんどん どんどん』かな。片山健さんの『どんどん どんどん』っていう代表作がありますけど、そのきくち版ですね。ご存知ですか?

きくち:いえ、すみません。

小野:全然すみませんじゃありません(笑)。片山さんの絵本もこれと同じように男の子がまあ突き進むんですよ。とにかく突き進む、それだけ(笑)。で、ラストは、「どこへって…… そりゃあ ただもう どんどん どんどん いったのさ。」という結末で。もうともかくね。ビルは壊すわゴジラは火を噴いてるわ、どんどんどんどん色んなところに行くんですよ。ただそれだけなんです。この『どんどん どんどん』をつくる前に片山さんに男の子のお子さんが生まれて。

きくち:へえー。

小野:その自分の子を見ててね。「何て存在なんだろう? ただ突進してるだけじゃん」ってね。それを片山さんも絵本にしていて。このきくちさんの『みんな』も、まさにとにかく男の子が色々なところにガーンと突進して行きますよね。こういう泥まみれとかね、何とかまみれとかね。「まみれ」っていう感覚ありますよね。「自然まみれ」とか、「親まみれ」とかね。もうとにかくまみれっぱなしみたいなね。それが子供の存在だから。でもそれを画面に定着するのって、僕は絵描きじゃないのに勝手にいわせてもらいますけど、まあ才能としかいいようがないと思う。

きくち:そうですか(笑)。

小野:うん。「まみれ」を描きたいなと思っても描ける人ばっかりじゃないと思う。きくちさんが最初から描いていたあの技法というか画法というか描き方、あり方がね、やはりもともと絵本に合っていた上に、お子さんが生まれた事で、元々持っていた資質が強化されたところもあるのかもしれないですね。

なんか結局僕ばかりが喋ってごめんなさい。もう少し辛抱を。僕これ大好きなんです、『こうまくん』。こうやってこうまくんが走り始める。で、「こうまくん どこいくの?」って色んな人が聞くんです。最初はてんとうむしさんが聞いたら、「てんとうむしさん ぼく はしってるの」って答えるんですよね。

きくち:(笑)。

小野:どこ行くか聞いてるのに「ぼく はしってるの」って。うさぎさんが聞いても「ぼく はしってるの」って(笑)。いやあ、これも凄いなと思いました。目的地はどこかと聞かれても、自分が今一番捕らわれていること、自分が今一番快感に思っていることは走っていることなんだから「はしってるの」っていっちゃう。現在進行形ですよね。まあ勝手にいわせてもらえば、子供はやっぱり基本は現在進行形だと思うので、それを見事に「はしってるの」と表現する。凄い。

きくち:これも当時息子が馬にハマっていて、馬の真似をしてひたすら走っていてもうそれが楽しくて仕方ないという時期にこれだ!と思って書いたので本当に息子のお陰で生まれたものです。

小野:これがやっぱり絵本の嬉しいところですよね。これはストーリーでも何でもないわけだから絵本として成り立たせるのはやっぱり難しくて。だからあんまりこういう本は紹介したくないんですよ(笑)、僕らのやっているワークショップの人達には。「こういう本があるじゃないですか」っていわれたら、「まあ、あるけどね」くらいしかいえない。だからある意味、この絵本は反面教師です(笑)

さて、そろそろ時間が来てしまいましたね。残念ですが、このあたりで本日は終了したいと思います。きくちさんどうもありがとうございました。

きくち:こちらこそありがとうございました。

 

※掲載しているすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。

 


 

絵本の冒険 「絵」と「ことば」で楽しむ
小野明=編著
発売日:2018年06月04日
B6版・並製|232頁|ISBN 978-4-8459-1707-5|本体 1,700円+税

詳細を見る

購入する

プロフィール
きくちちききくち・ちき

1975年北海道生まれ。画家、絵本作家。繊細さと大胆さを併せ持つ作風が編集者の注目を集めるようになり、2011年『しろねこくろねこ』(学研)『やまねこのおはなし』(作・どいかや/イーストプレス)でデビュー。『ぼくだよぼくだよ』(理論社)など。2013年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)にて『しろねこくろねこ』が金のりんご賞を受賞する。

過去の記事一覧
プロフィール
小野 明おの・あきら

編集者・装幀家。1954年東京生まれ。出版社勤務を経て、現在はフリーで活動。500冊以上の絵本・児童書づくりに参加。土井章史氏と絵本作家育成のためのワークショップ「あとさき塾」を共同主宰。カルチャーセンターの講座やワークショップ、絵本のコンペの審査員なども行う。編著に『100人が感動した100冊の絵本』『絵本の作家たちⅠ・Ⅱ』(ともに別冊太陽)など。五味太郎氏との共著に『絵本をよんでみる』『絵本をよみつづけてみる』、柴田こずえ氏の共著に『絵本作家になるには』がある。

過去の記事一覧