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2020.04.22

第11話 カーペンターズの日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 しゃららららうぉううぉう
 しゃららららうぉううぉう

 どこからともなく音楽が聞こえてくる。
「これは、カーペンターズやな」
 と恵美子がいった。
「うちにはわかるねん」
 流れてる音楽がなんなのかすぐにわかる。聞き上手なだけじゃなく、恵美子にはそういう能力があった。
 大学の図書館の隣に部室棟があった。去年まで「恵美子の部屋」があったところは別の部活が使っている。音楽はその部屋から聞こえてくる。らんららららんらんららららんふんふんふふんふーん。
 近づいていくにつれ私にもわかった。カーペンターズだ。
「邪魔するでえ」
 恵美子はその部屋の扉を開けるなり棚の上にあるガラスでできた小さいウサギの人形やキティちゃんの達磨を触ったりして懐かしがった。そんなもの「恵美子」してたときにはなかったのに、懐かしいという言葉を発生させるだけで、実際にそれがあったみたいに、思い出に侵入してくる。部屋の中央に立って、さっきからカーペンターズを歌っている男女ふたり組も前からの知り合いみたいに思えてくる。気がついたら私も恵美子もカーペンターズをいっしょに歌っていた。しゃららららうぉううぉう。歌い終わると私たちはもう友だちになっていた。
 にっこり微笑み合った。聞いてもいないのにふたりがはじめた話によると、カーペンターズはカーペンターズ好きが高じてカーペンターズのものまねをはじめてカーペンターズ部を作った。部員は永久に自分たちだけのつもりだったが、来年度には卒業してしまうので、カーペンターズを世襲制にしようか悩んでいるらしい。いったいなんの話だろうか。けれど恵美子は変に感化されたらしく、その場で上沼恵美子のものまねをした。「わたしあんたらのことだいすき!」と恵美子はいう。元々似ていたのだが、それを自覚することで才能が開花した。恵美子21歳の夏。
 意気投合したカーペンターズと恵美子はカーペンターズ&上沼恵美子というユニットを組んだ。これからM1なりのど自慢大会なりを目指すらしい。きっと現実逃避だ。カーペンターズも恵美子も就活から逃げていたのだ。私はというと、むかし撮ったドキュメンタリー映画を配給会社や映像制作会社に送りつけまくっていた。いったいどういうわけか、身の回りのひとたちがピカチュウのまねをして、ピカチュウの言葉しか喋らない時期があったのだ。そのときの映像と、現時点での本人たちへのインタビュー。こういうのってネットフリックスが好きそうだし買ってくれないかな。そんなこと思いながらでも、きちんと説明会にもいったし面接にもいった。カーペンターズ&上沼恵美子は地方の漫才大会で優勝した。お客さんが撮っていた動画が人気になってテレビに出たし今度カルチャー誌の表紙を飾る。私はさびしかった。なんで私はカーペンターズでもないし上沼恵美子でもないんだろう。私はいったいだれなんだろう。心を閉ざすように面接にいって、エントリーシートに書いた思ってもないことをいった。そんなある日、カーペンターズ&上沼恵美子は解散した。
 恵美子が本物の上沼恵美子と共演したことをカーペンターズが嫉んで、こういったのだ。
「うちらはじゃあカーペンターズに会おうと思ったら死ぬしかないわけ?」
 普段はこんなこという子たちじゃないんだ。疲れてたんだ。疲労は、余裕のなさは簡単にひとをのっとるんだ。
「落ち着いてよ。AIカーペンターズが作られるのを待とうよ」
 口論の場に駆けつけた私はそういったが、カーペンターズのAIなんて作られないだろうってこと、その場にいるだれもがわかっていた。そのとき私は、私が撮った映像を買い取るという連絡がネットフリックスからきたばかりで上機嫌だった。心に余裕があったから、その場で泣き崩れたカーペンターズのことをいつもより心配することができた。ちょっとだけ大げさに演出するように感情移入して、私も泣いた。それが気持ちよかったんだ。そしたら恵美子も泣き出して、しくしくと泣く声はいつの間にか歌声に変わった。
 しくしくしくしくしくしゃららららうぉううぉう……