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2020.09.23

第27話 お墓参りの日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 急な坂でスピードを緩めたら転落すると思った。私は運転席でほぼ真上を向いていた。鎖骨を中心に塗りつぶされるように重力がかかっていた。私にのしかかっているこれは因果だ、と思った。坂をのぼりきっても胸から上で感触が続いていた。
「うぇ。うえ~ん」
 後部座席の、鏡からは見えないところで声がした。むくくと起き上がった妹は、もう着いたの? といった。小学生みたいな声だった。のんきそうで、めちゃくちゃ長いこと眠っていたのに車酔いひとつしていないみたいだった。とつぜん私は思い出した。友だちのみずはちゃんと一年間、口を聞いていなかったことを。私と妹は犬になっているのだった。私の顎がぐっと突き出した。膝がかくんと地面に落ちた。喉の奥から唸り声がする。えっえっえっ、と妹がいった。
「えっ」
 私もいった。なぜお墓の砂利の上に膝をついて、舌を突き出しているのか一瞬、理解できなかった。私は犬になっていたのだった。それは、何十年も前のことだった。そう頭では理解している。けれど体には時間が溜まっていて、いまさっき噴き出した。やっぱりあれは因果だ、と思った……えっえっえっ、と言い続けている妹に微笑んだ。ズボンにぴったり顔面のように貼りついた膝頭の上でお墓だけにいる赤いノミが潰れていた。私たちが子どものときからこの虫はいる。荷台からお花と線香を出した。あのお墓の花をいける容器とお菓子を置くようの窪みにたまっていたゴミを妹はうれしそうに持参した袋に詰めてあたらしいものに変えていった。現地にきて母親のお墓をきれいにするのはひさしぶりで、妹は体を動かせることが楽しそうだった。
 まだヒグラシが鳴いていて、空はスノードームみたいにきれいな半球に広がって夕方に染まった雲をきれぎれに引き伸ばしていた。だれかに見られているかのように空を見上げると、月が出た。そこから見た私たちは小さい小さい存在で、そのことをどう捉えたらいいのかわからなかった。♪ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー。妹がケーキを持ってきた。両手いっぱいでやっと抱えきれるほど大きなホールケーキ。そうだった。私の誕生日だった。七十歳になった。そして私は七十代で死ぬ。それはいまこの瞬間かもしれないし何年も先のことかもしれない。でも幽霊の私は幽霊の私として生きていた。「だいじょうぶだよ」とあのときいわれた。だから私も「だいじょうぶだよ」という。気がつくとブランコに座っていて、向こうからまだ老いてない私がやってくるところだった。だから私はそれをいった。