マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第15回目の今回は、シャザム(キャプテン・マーベル)が活躍する『レジェンズ』から、イメージ・コミックス設立、インターネット以後のグローバル化までをたどります。レーガン政権の「強いアメリカ」から90年代のコミックショップ・ブーム、変化する社会と産業のなかで、ヒーローと作り手はどのように変化していったのでしょうか。
疎外されるヒーローたち
第二次世界大戦をその流行の背景に持つ1940年代アメリカのスーパーヒーローたちの活躍は、戦争へ向かおうとするアメリカ合衆国でのナショナリズムの盛り上がりを基盤としたものでした。
中にはアトランティスの王であるサブマリナー/ネイモアのような人間の身勝手さに怒り、アメリカ社会に牙を剥くキャラクターもいなくはないですが、基本的にはこの時代のヒーローたちはコミュニティのモラルに忠実で、スタティックな正義に従って社会秩序を回復する物語を演じるひとたちです。ジャスティス・ソサエティのメンバーが戦争協力を訴えたり、ヒューマントーチとネイモアが枢軸国のスパイや軍隊と戦うために共闘してみせたのも、当時のコミックブックがアメリカ合衆国に対する忠誠心を説くメディアだったからだといえます。
これに対して、戦後、特に1960年代のマーベルヒーロー登場以降のスーパーヒーローコミックスは、ヒーロー自身の社会からの疎外を主要なテーマのひとつとして描くようになりました。
時代に取り残されたキャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャースの苦悩やスパイダーマン/ピーター・パーカーの不遇な現実生活への嘆きはその典型ですが、チームとしてのジャスティス・リーグやアベンジャーズの物語も、次第に超人コミュニティとアメリカ合衆国社会の対立をテーマとして描くようになっていきます[1]。
マーベルコミックスでは1970年代後半からアベンジャーズと合衆国政府との対立関係が描かれはじめ[2]、映画化もされた2006年のクロスオーバー『シビルウォー』[3]でこのテーマの頂点ともいえる作品をつくりだしますが、ここでは1986年にDCコミックスでおこなわれたクロスオーバーイベント『レジェンズ(Legends)』[4]を紹介しましょう。
まず前提として、この時期のDCコミックスの世界観は、1985年から1986年までおこなわれたフルスケール・クロスオーバー『クライシス・オン・インフィニット・アース』で、それまでの多次元並行世界の設定を一旦整理し、DCユニバースを単一の共有世界にまとめなおしたものでした。
この『クライシス・オン・インフィニット・アース』での設定再編を受けたDC最初の大型イベントが『レジェンズ(Legends)』です。
『クライシス・オン・インフィニット・アース』は、ユニバースの再設定をおこなう関係上、DCコミックスがライセンスを取得した他社の人気キャラクター、フォーセット・コミックスのキャプテン・マーベルやチャールトン・コミックスのブルービートル、ピースメイカーなどを改めてDCユニバースの物語世界に組み込む意味も持っていました[5]。
続く『レジェンズ』は『クライシス・オン・インフィニット・アース』以前はユニバースが分けられていた1940年代の自社キャラクター、ジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカのメンバーなども含めて、新しくメインストリームのDCユニバースに参入したキャラクターたちの設定や再編世界での位置づけを具体的に説明し、読者に対して改めて紹介する意味を持った企画でした。
そのため、このクロスオーバーではキャプテン・マーベルが物語の主人公のひとりとして活躍しています。
アメリカでもっとも愛されたヒーロー
前述のようにフォーセット・コミックス出身のキャプテン・マーベルは、1940年代、スーパーヒーローコミックスの黄金期におけるスーパーマン最大のライバルのひとりでした。
フォーセット・コミックスは1938年の『アクション・コミックス』1号でのスーパーマンの成功を見て、当時の雑誌出版大手だったフォーセット・パプリケーションズ[6]が設立したコミックブック出版社で、キャプテン・マーベルはその新会社における目玉コンテンツとなるべくつくられたキャラクターです。1940年刊行の『ウィズ・コミックス(Whiz Comics)』2号で初登場したキャプテン・マーベルの最大の特徴は、その正体がビリー・バットソンという12歳の身寄りのない少年だという点にあります。
スーパーマンをはじめ、大人のキャラクターが主流だった当時のコミックブック・ヒーローたちの中で、キャプテン・マーベル/ビリー・バットソンは同年に『ディテクティブ・コミックス』38号でデビューしたロビン/ディック・グレイソンと並ぶ少年ヒーローの先駆けでした。バットマンの相棒であるロビンは、1940年代のコミックブックで、キャプテン・アメリカにおけるバッキー(Bucky)[7]やヒューマン・トーチに対するトロ(Toro)[8]などの、大人のヒーローの相棒としての少年、少女キャラクター[9]の原型になりますが、ビリーは相棒ではなく彼自身が主人公であり、しかも変身すると大人のヒーローになります。
恵まれない境遇にある少年が魔法使いによって世界の守護者に選ばれ、呪文を唱えると変身し、無敵の力を使えるようになるという、このキャプテン・マーベルの物語はすぐに人気を博し、ほどなく彼を主人公としたコミックを掲載するコミックブックの発行部数はスーパーマン関連タイトルの発行部数を追い抜いて「アメリカでもっとも人気のあるコミック」になりました[10]。
後発のフォーセット社は、先行するナショナル・ピリオディカル(DCコミックスの前身)やタイムリー(マーベルコミックスの前身)といったコミックブック出版社の作品群を批判的に参照しており、ビル・パーカー[11]やC.C.ベック[12]といったフォーセットのスタッフたちは、より年少読者を巻き込みやすく質の高い物語を企画段階から練り上げていたのです。
このキャプテン・マーベルの爆発的な人気に対し、ナショナル社は「スーパーマンに対する著作権侵害」であるとして1941年にフォーセット社を提訴、1953年まで続くコミックキャラクターを巡る法廷闘争が始まることになります。
最終的に1950年代にコミックブックの売り上げが低下したこともあってフォーセット社はコミックブック出版から撤退、一旦キャプテン・マーベルはスーパーヒーローコミックスから退場することになりました[13]。
しかし、皮肉なことに、1970年代になると「キャプテン・マーベルはスーパーマンの偽物である」と主張していたはずのDCコミックスが、その人気とキャラクター性の高さに注目して、フォーセットとライセンス契約を結び、キャプテン・マーベルを復活させることになります[14]。その後DCはフォーセットからキャプテン・マーベルとその関連キャラクターのIPを完全に買い取ることになりますが、これはスーパーマンを擁するDCの編集部こそがフォーセット社のキャプテン・マーベルとその物語世界のオリジナリティを誰よりも理解していた証拠でしょう。
「強いアメリカ」の時代
ごく簡単にいえば、『レジェンズ』はDC世界の悪神ダークサイドが「言葉によって人間を操る」能力を持つ配下を地球へと遣わし、テレビ伝道師の姿を借りたこの悪の使者に大衆を扇動させることで、アメリカ社会からヒーローたちを排斥しようとする物語です。
内面は少年だが、外見上は大人の男性で、無敵の力を持っているキャプテン・マーベルは、このヒーロー・バッシングを引き起こすために世論からスーパーヴィラン致死事件の責任を押しつけられ、本人も人を殺してしまった後悔から変身することに恐怖を感じるようになります。
一方で、若手ヒーロー中心の育成チームのような位置付けだったこの時のジャスティス・リーグはダークサイドが送り込んだ凶悪なモンスターを退けることに失敗し、自信を失ったチームは活動を停止。侵略者が化けたテレビ伝道師は、マスメディアを使って倫理面、能力面でのスーパーヒーローの有害さをアジテートし、アメリカの各都市では扇動された一般市民による反スーパーヒーロー暴動が起きるようになっていきます。
最終的には、その純粋さから「言葉」に惑わされない子どもたちがヴィランの正体を暴き(この部分のプロットで「中の人」が少年であるキャプテン・マーベルが重要な役割を果たすことになります)ヒーロー側が勝利を収めるのですが、このイベントのコンテンツ展開的な目的は、先に述べた新規参入キャラクターの再配置とともに、地味なローカルヒーローチームのような位置付けになっていたジャスティス・リーグをオールスターチームへと回帰させ、当時としては実験的な試みだった政府による犯罪者を含めたメタヒューマン(超能力者)利用チーム「スーサイド・スクワッド」[15]を導入するなど、DCユニバースに世界設定レベルでのリニューアルをおこなうことでした。
いってみれば「決して終わらない大河長編物語」を展開し続けているスーパーヒーローコミックスでは、DCもマーベルもこの時期以降、全体としてはこうした設定レベルでの調整をおこないつつ、毎月個別のレギュラータイトルが出版されるという複雑な構造のストーリーテリングが恒常的におこなわれるようになっていきます。
つまり、月刊の各コミックブック・タイトルでは三号から六号程度で完結する各キャラクターの独立した物語が語られるとともに、その劇中では年一回程度のペースでおこなわれるユニバース規模のクロスオーバー・イベントに向けた伏線が張られ、さらにDCでいえばスーパーマン、バットマン、ジャスティス・リーグといったグループごとの中規模な物語展開、設定や人間関係の変化が常に平行して進行しているのです。
そうした現代スーパーヒーローコミックスの出発点にあたり、現在の目から見ればまだシンプルな構造の話である『レジェンズ』ですが、おもしろいのは物語内に当時のアメリカ大統領であるロナルド・レーガン[16]がそのまま登場し、アメリカ市民の「スーパーヒーロー反対運動」を受けて合衆国での「ヒーロー活動禁止」を布告するという展開をしている点だと思います。
1981年から1989年までの二期8年の大統領任期をつとめたアメリカ合衆国第40代大統領ロナルド・レーガンは、元映画俳優という当時としては異色の経歴の政治家であり、いまだソビエト連邦が健在で東西冷戦構造が続いていたこの時代に、外交的には直接的な軍事行動も辞さず強硬な反共政策をとるタカ派として知られていました。
この作品でのレーガン大統領はそこまで戯画化されたり悪意を持って描かれているわけではありませんが[17]、柔軟性を欠く判断から結果的に事態を悪化させていると受け取れるような描写をされており、正義として描かれてはいません。その辺りから、反体制ではないものの気分として体制翼賛的にもなれないという、当時のアメリカのコミッククリエイターや読者のあいだにあったカウンター・カルチャー的な空気感が感じられます。
1980年代のレーガン政権期は合衆国政府によって内外に「強いアメリカ」が強調された時代でした。
ただ、一方で当時はそうした保守的な価値観に対する反発も強く存在し、そういう「リベラル」な層が強調したのが国際連合[18]を介した国家的利害を超えた「国際協調」の実現です。
第二次世界大戦後の米ソ関係は、1962年に起きたキューバ危機[19]以降、いわゆる「デタント(緊張緩和)」の方向に進んでいました。
全面核戦争の恐怖が現実化しかけたことにより、アメリカ大統領とソビエト連邦の書記長のあいだにはホットラインが設置され、1960年代から1970年代にかけて国際連合を舞台に交渉による軍縮の道が模索されていたのです。
ソビエト連邦が1979年にアフガニスタンに軍事介入をおこなった[20]ことでこの時代は終了し、「反デタント」を外交政策として掲げて大統領に就任したレーガンは実際に東西冷戦の終わりを象徴する1989年の「ベルリンの壁」の崩壊を大統領として見届けることになりました。
レーガン大統領は、内政的には「レーガノミクス(Reaganomics)」と呼ばれる規制緩和と減税を中心とした大規模な景気刺激策をとり、現在では「アメリカの景気を回復させた大統領」という評価を受けています[21]。
つまり、1980年代のアメリカはレーガン政権の下で、衰弱していくライバルとしてのソビエト連邦を横目で見つつ、国内は好景気にあるという、ベトナム戦争やウォーターゲート事件[22]によって失った「国家としての自信」を回復していった時期だったといえます[23]。
ただ、レーガン大統領の強権的な政権運営は「デタント」時代の「国際協調」路線を支持していたリベラル層からは嫌われていたわけです。
興味深いことに『レジェンズ』で合衆国政府やアメリカ国民との間に疎隔を生じたジャスティス・リーグは、これ以降こうしたレーガン政権期の「強いアメリカ」に合わせたアメリカ一国主義的な作劇へと向かうのではなく、その活動を国際連合と連携した国際協調的な方向に変化させていきます[24]。
国際連合は第二次世界大戦への反省から、1945年に国際的な紛争の調停や国家による非人道的なおこないを抑止する目的で設立された国際機関ですが、戦後の国際社会の中で必ずしも有効に機能してきたとはいえません。ただ、いまだ生々しい核戦争の恐怖と第二次世界大戦時の全体主義体制への不安が当時のアメリカには残っており、1980年代後半から1990年代にかけてのスーパーヒーロー物語の中では「強いアメリカ」ではなく「国際協調」の象徴としての国連への接近が見られたのではないかと思います[25]。
コミックショップとアーティスト
物語の中で理想主義的な「国際協調」が説かれるいっぽう、現実世界では1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990年のソビエト連邦の民主化によって1945年から半世紀近く続いた第二次世界大戦後の東西冷戦は終了しました。
続く1990年代は、コミックブック業界にとっては、コミックショップという小売とその流通が整備されたことでバブル的なブームが到来した時代になります。
コミックブック専門店の登場は、大手コミックブック出版社のビジネスを大きく変えましたが、影響はそれだけではなく、中小の独立系出版社のコミックブック出版への参入を容易にしました。アーティストが自作したコミックでコピー誌をつくり、ショップに持ち込めばそのまま売ってもらえる環境ができたことによってクリエイターがオリジナル作品を発表する機会が増加し、このことが現在「オルタナティブ・コミックス」、「グラフィックノベル」と呼ばれるコミックスが隆盛している直接的な要因になっています。
また、少部数からコミックブックを流通させられるコミックショップ専門流通の成立は、アメリカにおいてより多様なコミックスが出版されることにもつながりました。
その「多様化」のあらわれのひとつが海外作品の英訳版の出版です。
フランス語圏の作品を中心に出版するNBMパブリッシング[26]の設立は1976年と若干早いですが、1986年には日本の出版社である小学館のアメリカ販社であるVizコミックスが活動を開始していますし、スペイン、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ圏、ラテンアメリカ系の作家たちの作品の英訳もこの時期からさまざまなかたちで出版されるようになっています。
スーパーヒーローコミックスの分野では、1990年代に先に述べたようなストーリーにおけるラインプロデュース的な作劇手法が整備されていくのですが、もうひとつこの時期が特徴的だったのは、コミックス情報誌が商業化し、「ヴァリアントカバー」のようなアイテムとしてのコミックブックに付加価値をつけていくマーケティング手法が定着したことによって、かつてないほど作画を担当するアーティストの存在とその「アート」が注目されていたという点です。 特にジム・リー[27]、トッド・マクファーレン[28]、ロブ・ライフェルド[29]という三人の若いアーティストたちはXメン、スパイダーマンという人気チーム、キャラクターのヴィジュアル面での刷新を担い、70年代まではまったく考えられなかったコミックブックが100万部を超える売上を記録していく市場環境創出の立役者になっていきます。
コミックショップは、もともとファンのあいだでの私的なコレクション取引の延長線上にあるものとして発展してきたビジネスでした。
そのため、ショップでのコミックブックの小売価格の設定には常に理由が存在しています。
商品のコンディションの良し悪しやタイトル、号数、そこで語られている物語内容や登場するキャラクターなどによってコミックブック・タイトル各号に対するファン/コレクターのニーズは異なり、ニーズの高いコミックブックは高値で取引され、逆にニーズの低いタイトル、イシュー(号)は定価割れで販売されることになるのですが、コミックブックのプライスガイドや情報誌がメディアとして定期刊行されるようになったことで、小売店とコレクターはより詳細なレベルでの付加価値情報を共有できるようになりました。あるキャラクターの初登場がなんというコミックブックの何号なのかといったコンテンツ面での情報、さらにあるコミックブックに関して脚本、作画はもちろん、誰がカバーイラストレーションを担当し、ピンナップイラストを誰が描いているのかといったスタッフレベルのデータまで比較的容易に知ることができるようになったのです。
「ヴァリアント・カバー」という表紙イラストレーションの違いによる希少価値の設定は、こうしたショップにおける小売価格の設定に新たな変数を持ち込んだギミックでした。
この限定カバーの出版が常態化したことで、コレクターはコミックブックの同じ号を複数買い求めることも珍しくなくなり、1990年代には定価の引き上げの影響もありコミックブック出版は発行部数、売上ともに驚異的な上昇を経験することになります。
いっぽう1980年代を通じて、メディアと連動した新しい市場環境が整備されていったことでファンダムではコミック・クリエイターの偶像化が進み、1990年代初頭には人気のあるクリエイターの参加、特に文字通り一目でわかる人気アーティストによる作画やカバー、ピンナップイラストの提供はそれだけで売上や小売価格を左右するものになっていきました。
そして、マクファーレンやライフェルド、ジム・リーは、まさにそういう時代の寵児たちだったのです。
若きスターアーティストたち
コミックショップ市場の成長とともに名声を獲得していった彼らは、先行世代のコミック・クリエイターたちとはまったく違ったキャリアを歩んでいます。
コミックブック黎明期の開拓者たちのように、何もないところで試行錯誤しながら表現や市場を切り拓いていった訳ではありませんし、ニール・アダムスのような既に出来上がった労働環境の中で自分のスキルと名声を利用して環境を改善しようと試みた改革者でもなく、少なくとも1990年代初頭の時点での彼らは、キャリア的にはたまたまヒットタイトルに恵まれた若手アーティスト(三人ともにまだ二十代でした)以上の存在ではありませんでした。
しかし、ファンダムとコミックショップ、情報メディアが整備されたあと登場した彼らは、作品が注目を集めるとすぐにコミック・コンベンションや情報誌の誌上、さらに1990年代に入ってからは新聞やテレビなどの一般向けニュースメディアでも「スーパースター」としての扱いを受けることになります。
これについては、1980年代半ば以降、急速に成長したコミックブックとその周辺市場が一般マスコミにおいて、主に「経済」ニュースとして報じられていたことがその原因のひとつになっています。特にマーベルコミックスに関しては、1989年に当時派手な買収劇を成功させて財界人として注目されていたロナルド・ペレルマンが経営権を取得したため、一般メディアや投資家向けの経済誌からは文化的な関心ではなく、その動向が目新しい経済ニュースとして注目を集めていました[30]。
多数のマーベルコミックス関係者に取材して書かれたノンフィクション『マーベルコミックス:アントールド・ストーリー』[31]の中でジャーナリストのシーン・ハウ[32]は驚異的な売上増の中で、熱に浮かされたようになっていた当時の社内の空気について、編集者のジョー・ダフィ[33]のコメントを引いて「突然、誰もが映画スターやロックスターみたいな金銭感覚でモノを考えるようになっていた」と書いています。
実際には当時のマーベルを取り巻く状況は、まったくコミックスにもスーパーヒーローにも興味のない経営陣が、急増した売上とキャラクターの知名度を武器に株式や社債を濫発して投資家や銀行から融資を募り、そこから投資会社が得た収益はマーベルの経営には還元せず、ひたすらコミックブックやスーパーヒーローキャラクターに関連する企業を買収することで新興のコミックショップ市場での自社商品の占有率をあげようとする、という1996年の経営破綻に至る一本道を突き進んでいたのですが、マーベルコミックスの制作や営業、マーケティングの現場はかつてない売上増に舞い上がっていた訳です。
この1990年代初頭のマーベルとコミックブック出版業界のバブリーな環境を踏まえないと、1992年に起きたロブ・ライフェルドとトッド・マクファーレンが主導したイメージコミックスの独立という事件とその影響はうまく理解できません。
当時のマーベルコミックスは現在のような制作部門のトータルプロデュースがなされていないにもかかわらず、マーケティング部門の発言力が強く、制作面でのスケジュール管理やクォリティコントロールを度外視してセールスのためにコミックブックタイトルやキャラクターをひたすら増やしていくという方針で出版企画が展開されていました。
Xメンを人気タイトルに育てあげた立役者である脚本家のクリス・クレアモント[34]をはじめ、そうしたマーケティング、営業企画主導の現場に嫌気がさした多くの有名クリエイターたちがこの時期にマーベルコミックスとの契約を解消し、その制作現場から離れていますが、マーベルに限らずアメリカのコミックブック市場ではマーケティング・ギミック重視の傾向が1990年代末まで続くことになります。
こうした時代の中で、1991年に『Xフォース(X-Force)』1号、『スパイダーマン』1号でそれぞれ記録的な売上を達成し、セールスプロモーション的な意味も含めマーベルからは「スーパースター・アーティスト」として喧伝されていたロブ・ライフェルドとトッド・マクファーレンもまた自分たちの扱いに対して不満を抱くようになっていました。
マクファーレンは編集者や脚本家からの作品内容への口出しを嫌って『スパイダーマン』誌ではライターも兼任し、一方では自身の画稿がポスターやTシャツ等に二次使用されているにもかかわらず自分のもとにはまったく収入が入らないことに不満を抱いており、ライフェルドは自分のオリジナル作品の企画やキャラクターデザインがマーベルでの担当作品のそれと酷似していることを指摘され、それぞれ独立を考えるようになります。
現在の観点からすると彼らの不満はジェリー・シーゲルやジャック・カービーが受けた搾取や無理解と比較できるようなものだとは考えられませんが、1990年代に入ると彼らはインタビューなどで隠然とマーベルでの仕事に不満を表明するようになり、1991年にはすでに独立系のコミックブック出版社グループとして活動実績のあったマリブコミックス[35]を発行元として自分たち独自のコミックブック出版社の設立を画策しはじめました[36]。
マクファーレンとライフェルドは自分たちの独立劇がマーベルコミックスにとってより大きな影響を与えるように同調者を探しはじめ、まずジム・リーとマーク・シルヴェストリ[37]の同意を取り付けると、最終的にエリック・ラーセン[38]、ジム・ヴァレンティノ[39]、ウィリス・ポルタシオ[40]という人気キャラクタータイトルの作画を担当するアーティスト7人の連名での新出版社イメージコミックスの設立をアナウンスしたのです。
巨人と英雄たち
実際に1992年にイメージコミックスからライフェルドの『ヤングブラッド(Young Blood)』、マクファーレンの『スポーン(Spawn)』、ジム・リーの『ワイルド・キャッツ(Wild C.A.T.S.)』の三作品が発売されると、その創刊号はそれぞれ100万部以上の売上を記録し、当時のコミックブック業界に衝撃と興奮をもたらしました。
では、独立された側のマーベルコミックスの経営陣がこの事態にどう対処したのかといえば、じつはほぼ何もしていません。
当時マーベルコミックス社の社長だったテリー・スチュワートはマクファーレンらとの交渉には応じたようですが、さほど熱心に引き留めたわけでもなく、それどころか彼らの離脱の影響をジャーナリストから問われて、投資家に向けた不安材料の否定として「コミックブック産業においてクリエイターはキャラクターほど重要ではない」と発言し[41]、ファンやメディアからは完全に悪役視されることになります。
この社長のコメントによって、この時期のアメリカのコミックブック産業では「新世代の改革者たちが業界を牛耳る巨人であるマーベルコミックスと戦う」というストーリーとしてイメージコミックス設立は語られるようになったわけです。
その後も、情報誌の誌面ではまるでポップスターのような写真付きでインタビューが掲載され、コミック・コンベンションのサイン会では最後尾が見えないほどの長蛇の列ができるなど、1992、3年頃のイメージ設立アーティストたちは、アイドル的な人気とカリスマ性を誇っていました。ただ、その人気はほどなく陰りを見せることになります。
アーティスト主導で設立されたイメージコミックスの初期タイトルははっきりと脚本が弱いものが多く、アートにこだわる姿勢は刊行の遅れを定常化させることにつながりました。
特に後者の刊行遅延と発売のキャンセルは末端のコミックショップのキャッシュフローに対して重大な影響を与えるもので、彼らの改革者としての鍍金は90年代前半でほぼ剥げ落ち、以降はスターたちより年長で、豊富なインディー・パブリッシャーでの経験を持っていたエリック・ラーセン、ジム・ヴァレンティノの二人が独立系コミックブック出版社としてイメージコミックスの経営を立て直していくことになります。
いっぽう、看板アーティストが抜けたマーベルコミックスをはじめ、1990年代のアメリカのコミックブック産業では彼らの穴を埋めるようにマイク・デオダト[42]、ロジャー・クラッツ[43]らブラジルをはじめとした中南米諸国のアーティストが活躍を始めていました[44]。1970年代にもコミック・アーテイストたちの労働条件闘争に対抗するために、当時のDCコミックスの編集責任者、カーマイン・インファンティーノがトニー・デズニガ[45]、アレックス・ニーニョ[46]らのフィリピン人作家を雇用し、これをきっかけとしてフィリピン人作家たちがアメリカのコミックブック産業に進出した事例があったのですが、劇中で説かれていた「国際協調」の理想とは裏腹に、20世紀中のコミックブック出版の制作現場の国際化はじつは一貫してクリエイターからの権利要求に対する反動によるものだったのです。
インターネットの普及とグローバル化
1990年代はまた、WindowsやMacintoshなどパーソナル・コンピュータのOS[47]にグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)[48]と通信機能が標準的に実装され、ワールド・ワイド・ウェブ[49]が開発されたことで、現在のインターネット環境の基盤となる技術的、ハードウェア的なインフラが急激に整備されていった時代でした。
コンピュータを利用した情報通信技術の開発が始まったのは1960年代ですが、最初のコンピュータ通信ネットワークであるARPANET[50]が実用化されたのが1969年、現在標準的な通信プロトコルになっているTCP/IP[51]が実装され、コンピュータ通信ネットワーク同士を接続した「インターネット」という概念が提唱されはじめたのが1983年です。1990年代に入るとローカルなコンピュータネットワークや個人所有のPCをインターネットと接続する民間のインターネット・サービス・プロバイダが登場しはじめ、あわせて世界各国で通信回線の整備、標準化が進んでいったことによって、2000年代以降はインターネットを介した情報通信サービスが世界的に一般化しました。2010年代にはスマートフォンという携帯情報端末が普及したこともあって、動画配信サービスや電子書籍によるコンテンツ利用が一般的なものになっていきました。
このインターネット環境の整備による情報共有の即時化、世界化は、まず経済面、そして文化的な面でも現在、国境を超えた地球規模での相互依存、相互影響関係の拡大、いわゆる「グローバル化」を進行させています。
グローバル化という言葉は1990年代になって急速に普及した概念[52]ですが、その背景にはインターネットとともにヨーロッパの共産主義諸国の崩壊に伴うアメリカ型の資本主義の世界化があるとされ、2000年代に入ると主に経済的な側面からその進行を歓迎する声がある一方で、さまざまな批判もされている社会状況の変化を指す言葉です[53]。
たとえばフランスの歴史学者、エマニュエル・トッドはグローバル化した現在の欧米社会を資源や工業生産の他国への分散化、生産と金融資本の分裂といった問題に起因する「産業構造の空洞化」に陥っているとして否定的に語っています[54]。
文化的な影響への批判としては、カナダの哲学者、ジョセフ・ヒースとジャーナリスト、アンドルー・ポターがその共著『反逆の神話』[55]で書いている、グローバル化した大衆消費社会においては「カウンターカルチャーの反逆こそが消費資本主義を新たに活気づけ」るものだとする指摘は重要でしょう。コミックブック産業において1990年代のマクファーレンとライフェルドが演じた「大資本としてのマーベルコミックス」への反逆と「カウンター・カルチャーとしてのイメージコミックス」の(一時的な)成功はヒースとポターの論点をそのまま証明する事例になっています。
しかし、こうした批判的な観点を踏まえたうえで、なおインターネットの存在によって情報通信環境が世界化され、スーパーヒーローが映画やドラマ、アニメーション、ゲームなどのメディア・フランチャイズとして共有されるIPとなったことで、結果としてコミックブック産業の制作現場は多国籍化しました。
かつての理念的な「国際協調」の提唱でも労働環境の問題から低コストで雇えるアーティストが必要とされるといった経済的な事情からでもなく、遠隔地同士でデータ通信を用いて企画書や画稿をやり取りできるようになった21世紀アメリカのコミックブック業界では、より企画にあったアーティストやライターが、日本を含む世界中から集められるようになっています。
特にマーベルスタジオの映画『アベンジャーズ』がヒットした2012年以降のスーパーヒーロー・フランチャイズでは、コミックス出版においても、映画やドラマ等の他メディアでの展開も視野に入れつつコミックブック・タイトルの企画、制作が進められるようになり、映画の制作、公開にあわせてメディア展開予定のキャラクターの新しいコミックシリーズやコミックブック誌上でのイベントが展開されるなど、マーベルやDCというブランドレベルでは強くトータルプロデュースされつつも、個別の作品では以前以上に多様な人材が必要とされる環境が整えられていきました。
また、動画や電子書籍によるアメリカ産コンテンツのグローバル化が進むとともに、20世紀から見られる日本のアニメやマンガの人気、インド映画や韓国映画への評価や韓国産プラットフォームであるウェブトゥーンの進出など、21世紀になって、アメリカの国内市場もかつてないほど海外の大衆文化を受け入れているように見えます。
そんな中でスーパーヒーローフランチャイズにおいて注目すべき現象は、海外の作家、出版社とコラボレーションした自社キャラクターのローカライズ作品の増加です。
日本でもスーパーマン、バットマン、スパイダーマン、デッドプールなどのさまざまなアメリカのスーパーヒーロー・コミックス・キャラクターの日本オリジナル作品が制作されていますが、日本以外にも2004年にインドで発売された『スパイダーマン:インディア(Spider-man: India)』[56]のような作品も出てきました。
こうしたグローバル化したスーパーヒーローコミックスの現在を象徴するのが、世界14か国のアーティストたちがバットマンをテーマにオリジナル短編を書き下ろした2021年刊行のオリジナル・アンソロジー『バットマン:ザ・ワールド(Batman: The World)』[57]の出版でしょう。
日本でもアメリカでも「多様性尊重」のようなテーゼを「政治的正しさ/ポリティカル・コレクト」の押しつけとして批判的に言及する保守的な「ファン」層からの発言がメディアに掲載される批評やSNSでの発言に見られますが、現在起きているスーパーヒーロー・コンテンツの多様化、多国籍化は映画の世界同時公開やインターネット配信によって、その市場自体が多様化、多国籍化していることを反映したものです。
理念としての「国際化」や「反逆の神話」、あるいは「ポリティカル・コレクト」を支持したり、否定したりするのではなく、まずこの現状の変化をこそ私たちは直視すべきなのではないでしょうか。
注
[1] マーベルコミックスの場合は1963年に一般の人間からの差別対象となっている「ミュータント」のヒーローチームX-Menを登場させたことで、劇中のアメリカ社会はミュータント、一般人、(ミュータント以外の)スーパーヒーローという三重構造になっている。
[2] この種の描写は1977年刊行のJim Shooter脚本, John Byrne作画, “Avengers”#165でアメリカ安全保障局のエージェントであるHenry Gyrichが登場した辺りから前面に出てくる。
[3] Mark Miller脚本, Steve McNiven作画, “Civil War”, 2006, Marvel Comics
[4] John Ostrander, Len Wein脚本, John Byrne作画, “Legends”, 1986, DC Comics
[5] Oliver MacNamee, “Interviewing Marv Wolfman On New Teen Titans And Crisis On Infinite Earths At London Film And Comic Con”, “ComiCon.com”, http://www.comicon.com/2017/08/01/interviewing-marv-wolfman-on-new-teen-titans-and-crisis-on-infinite-earths-at-london-film-and-comic-con/
[6] Fawcett Publications 1919年に謄写版刷りのユーモア雑誌“Captain Billy’s Whiz Bang”の刊行から始まったアメリカの出版社。1920年代に創刊された“Mecanix Illustrated”の成功から、ホビー系の雑誌を中心に人気雑誌を多数輩出。1940年代からコミックブックとペーパーバック小説の分野にも進出。1977年にCBS Publicationsに買収されて消滅した。
[7] Bucky Barnes 1941年刊行の“Captain America Comics”#1(Timely Comics)で初登場した第二次世界大戦時のキャプテン・アメリカの相棒。MCU映画ではスティーブ・ロジャースと同年輩の兵士だが、1940年代のコミックブックでは十代の少年である。
[8] Toro 1940年刊行の“Human Torch Comics”#2で初登場したオリジナル・ヒューマン・トーチの相棒。彼はアンドロイドではなく人間の少年で、現在の設定では一種のミュータントだと考えられている。
[9] いわゆる“Sidekick”。もともとは副官、相棒、従者、補佐役といった意味だが(“sidekick”, “Meriam-Webster”, https://www.merriam-webster.com/dictionary/sidekick)、スーパーヒーローコミックスでは大人のヒーローに付き従う少年少女ヒーローを指す。
[10] P. C. Hamerlink, “The Fawcetts Could Do It As Well, Or Better, Than Anybody: The Roscoe K. Fawcett Interview”, “Fawcett Companion”, 2001, Two Morrows Publishingによれば1940年代半ばには“Captain Marvel Adventure”は毎号130万部以上を売り上げていたという。
[11] Bill Parker Fawcett Publicationsの編集者。1939年のFawcett Comics立ち上げに参加し、同社初期の主要なキャラクターの設定やストーリーを構築したが、1940年に第二次世界大戦に従軍。大戦終結後Fawcett Publicationsで編集に復帰するも、コミックス部門には戻らなかった。1963年没。
[12] C. C. Beck アメリカのコミック・アーティスト。キャプテン・マーベルのデザインと作画でよく知られる。1989年没。
[13] C. C. Beck, “The World’s Mightiest Waste of Time and Money. Ludicurous Litigatin: The DC vs. Fawcett Court Battles”, “Fawcett Companion”, 2001, Two Morrows Publishing
[14] Denis O’Neil脚本, C. C. Beck作画, “SHAZAM!”#1, 1973, DC Comics 裁判によりFawcettがCaptain Marvelの出版ができなくなり、1967年にMarvel ComicsがFawcettの同名キャラクターとはまったく関係ない自社オリジナルキャラクターのCaptain Marvelを商標登録した。このためDCではタイトルにCaptain Marvelが使えなくなり、変身の呪文である“SHAZAM!”がタイトルになっている。
[15] Suicide Squad 設定的には1959年の“The Brave and the Bold” #25で初登場した怪奇現象に対応するためのアメリカ政府の特殊部隊。このオリジナルチームは軍人のリック・フラッグ大佐をリーダーに科学者を中心に集められた部隊だった。内容的にもスーパーヒーローものではなく、「空想科学冒険活劇」といった性格のものである。その後、掲載誌が戦記物アンソロジーの“Star Spangled War Stories”に移り、ミリタリー色が強くなるが「空想科学冒険活劇」という性格は変わらない。“Legends”ではフィールド・リーダーがリック・フラッグであることを除き部隊の性格が全く異なったものに変更されており、ここではじめて諜報機関が危険度の高い任務に従事させるために超人犯罪者を中心に編成した特殊部隊という設定になった。2016年(David Ayer監督)、2021年(James Gunn監督)の二度映画化された“The Suicide Squad”はこの“Legends”以降の設定を利用した、政府によって強制的に危険度の高いミッションに派遣されるスーパーヴィランたちのチームである。
[16] Ronald Reagan アメリカの政治家、アナウンサー、俳優、共和党の第40代アメリカ大統領。1980年の大統領選挙ではトランプ現大統領に先駆けて“Make America Great Again”の標語を掲げていた。2004年没。
[17] 同年発表のFrank Miller, “Batman: The Dark Knight Returns”ではより風刺的な意図を感じさせるかたちでレーガン大統領が登場する。
[18] 「国際連合:その憲章と機構」, 『国際連合広報センター』, https://www.unic.or.jp/info/un/
[19] アメリカが1959年から1960年にかけてイギリス、イタリア、トルコに核ミサイルを配備したのに対し、1962年10月にソビエト連邦はキューバに核ミサイルを配備。この決定に対して米軍はキューバに空爆をおこなうなど全面核戦争の危機が高まった。
[20] 1978年に起きた革命によって共産主義政権が発足したアフガニスタンだったが、革命政府が国民の支持を得られず、国内にイスラム教過激派を中心とする反乱が頻発するようになる。ソビエト連邦は共産主義ブロック防衛の観点から翌1979年に信頼できない当時のアミーン政権を見限り、直接の軍事侵攻をおこなった。これに対してアメリカ、パキスタン、サウジアラビア、エジプト、イギリス、中国は武器や資金の供与などでイスラム勢力を支援。「ソ連にとってのベトナム」ともいわれる10年近い泥沼のゲリラ戦を経て、ソ連軍はアフガニスタンから1989年に撤退した。なおこのアメリカやパキスタンの支援によって強大化していった「mujāhidīn(ジハード戦士)」と呼ばれるイスラム教過激派たちは21世紀に入るとアメリカ同時多発テロ事件を起こし、皮肉なことにイラク戦争、アフガニスタン紛争とアメリカの主要な敵になっている。
[21] Paul Craig Roberts, “The Real Reagan’s Record”, “National Review”, 1992, National Review, Inc.
[22] Watergate Scandal 1972年から1973年にかけて大統領選挙期間中に当時の現役大統領であるRichard Nixonが民主党の施設や政府高官の執務室に盗聴器を仕掛けさせたことが露見し、1974年に辞任に追い込まれることになった大スキャンダル。陰謀に関連づけられた出来事を「~gate」と呼ぶようになった由来となる事件でもある。
[23] 広田秀樹, 「レーガン政権の対ソ連外交とグローバライゼーションの地平 ―アメリカ国際政治戦略:「力による平和(Peace through Strength)」戦略の軌跡と成功要因―」, 『長岡大学研究論叢』第9号, 2011, 長岡大学
[24] Keith Giffen, J. M. DeMatteis脚本, Kevin Maguire作画, “Justice League”#1, 1987, DC Comics
[25] マーベルコミックスのアベンジャーズも1990年刊行のLarry Hama脚本, Paul Ryan作画, “Avengers”#329から一時国連の平和維持部隊になっている。
[26] NBM Publishing 1976年に設立されたアメリカのコミック出版社。フランス語圏の作品の翻訳と過去の名作の復刻を中心に、他のヨーロッパ諸国やラテンアメリカの作品の英訳版、オリジナルのグラフィックノベルの出版もおこなっている。
[27] Jim Lee 韓国出身のアメリカのコミック・アーティスト、編集者、出版社。1987年にマーベルコミックスでコミック業界でのキャリアをスタートし、1990年代はじめにXメンのアーティストとして絶大な人気を博す。そのアートスタイルは同時代のコミック・アーティストに絶大な影響を与えている。1992年にImage Comicsを設立し、WildStorm Productionのレーベルで自身の構想を元にしたオリジナルのスーパーヒーローコミックスを展開したが、1998年に自身が所有するIPと出版権をDC Comicsに売却。2010年以降DC Comicsの出版者、2018年以降はDCフランチャイズのチーフクリエイティブ・ディレクターを兼任。
[28] Todd McFarlane カナダ出身のアメリカのコミック・アーティスト、ライター、経営者。1984年にDC Comicsからデビュー。1988年からMarvel Comicsでスパイダーマンのアーティストとして注目を集めるようになり、1990年に新創刊された“Spider-ma”の創刊号は驚異的な売り上げを記録する。1992年のImage Comics設立以降はTodd McFarlane Productionとしてオリジナル作品を刊行。1994年に自らのキャラクターをアクション・フィギュア化するためにTod Toysを設立。1998年には自作のメディア・フランチャイズ制作のために映像制作会社Todd McFarlane Entertainmentを設立している。
[29] Rob Liefeld アメリカのコミック・アーティスト、出版者。1986年にまだ10代で独立系のMegaton Comicsからアーティストとしてデビュー。1988年にはDC、マーベルでの仕事もはじめ、1989年からマーベルコミックスの“New Mutants”誌の作画担当になり、文学的で地味なジュブナイル路線でXメン関連タイトルとしては売れ行きの悪かったこのタイトルを謎めいた傭兵キャラクター、ケーブルを登場させることで一躍人気タイトルに押し上げた。1991年頃からTodd McFarlaneとともにマーベルからの独立を画策し始め、1992年にImage Comicsを設立。しかし、度重なる出版タイトルの発売遅延やキャンセルなどが原因で1997年にImage Comicsの経営から事実上追放され、自身の新しい出版社としてAwesome Comicsを設立。オリジナルタイトルと新企画の出版をおこなうが、この新会社でも同様の問題を起こしたため出資者が撤退し、同社は2000年に解散、以降は実質的にフリーランスのアーティストの立場に戻っている。2007年以降はImage Comicsからもコミックブックを出版しているが、同社の経営権は持っていない。
[30] 当時のペレルマンとマーベルは、「コミックスのことなど知らない経済界」と「キャラクターの認知度はあるがマニアックで理解しがたいコミックブックの世界」のギャップを利用して資金集めをしようとしていたように見える。Karen Green, “Marvel Comics Shareholder Reports: A Marriage of Corporate and Creative”, “Columbia University Libraries”, 2021, https://blogs.library.columbia.edu/rbml/2021/12/17/marvel-comics-shareholder-reports-a-marriage-of-corporate-and-creative/によればマーベルは1991年に株主向けの決算報告書をコミックブックフォーマットで制作し、これが経済誌や一般ニュースメディアで大きな話題になったのだという。
[31] Sean Howe, “Marvel Comics: The Untold Story”, 2013, Harper
[32] Sean Howe アメリカのライター、ジャーナリスト。元Entertainment Weekly、The Criterion Collectionの編集者。
[33] Mary Jo Duffy アメリカのコミックブック編集者、ライター。1980年代から1990年代にかけてマーベル、DC、イメージで編集者として働きつつ、脚本や日本マンガの翻訳も行っている。
[34] Chris Claremont アメリカのコミックス脚本家、小説家。1975年から1991年までXメンの脚本を担当し、一躍同作を人気タイトルにするとともにその黄金時代を築いた。
[35] Malibu Comics 1986年に設立されたアメリカの独立系コミックブック出版社。Eternity Comics、Adventure Comicsなど、複数のインディペンデント系コミック出版社の発行元になっており、1992年のImage Comics設立に際してもその発行元になった(1993年にImageは独立)。1994年にマーベルコミックスにその所有IPごと買収されている。
[36] この辺りの事情はMichael Dean, “Image Story”, “The Comics Journal”#229, 2000, Fantagraphicsに詳しい。また、2024年には1990年代のコミックス情報誌に掲載されたマクファーレンのインタビューを中心にまとめたJake Zawalacki編, “Conversation with Todd McFarlane”, University Press of Mississippiが出ている。
[37] Marc Silvestri アメリカのコミック・アーティスト、ライター、出版者。1980年代初めにDC コミックスでミリタリー、ホラーコミックス短編の作画を担当しデビュー。1987年からマーベルの“Uncanny X-Men”の作画を担当し人気を博す。Image Comics設立以降は“Witchblade”、“The Darkness”などのホラー系のタイトルが成功している。
[38] Erik Larsen アメリカのコミック・アーティスト、ライター、出版者。1983年に独立系のMegaton Comicsでライター/アーティストとしてデビュー。1980年代末からDC、マーベルでの仕事をはじめ、1990年代に入ってスパイダーマン関連タイトルのアーティストとして注目を浴びる。1992年にはImage Comics設立に参加。以降はオリジナル作品“Savage Dragon”の制作、出版に注力するとともにJim Valentinoと協力して社内の体制を改革し、人気作家のIPの寄り合い所帯のような体制からクリエイターが自身のオリジナル作品を発表できる独立系コミックブック出版社へと方向転換させた。
[39] Jim Valentino アメリカのコミック・アーティスト、ライター、出版者。1970年代に小出版社から作品発表をはじめ、1980年代半ばにスーパーヒーローコミックスのパロディ“Normal Man”を発表して注目される。マーベルコミックス時代はまだ未来を舞台にしたスペースオペラだった時期の“Guardians of the Galaxy”誌をたんとうしていた。Image Comics設立後は社内の体制を改革し、外部のクリエイターがオリジナル作品を発表しやすい制度を導入した。
[40] Whilce Portacio フィリピン系アメリカ人のコミック・アーティスト。1980年代半ばからマーベルコミックスで仕事をはじめ、80年代末にXメン系のタイトルで注目される。1992年のImage Comics設立には参加しているが、家庭の事情からすぐに離脱している。
[41] Thomas S. Mulligan, “Holy Plot Twist : Marvel Comics’ Parent Sees Artists Defect to Rival Malibu, Stock Dive”, “Los Angels Times”, 1992, https://www.latimes.com/archives/la-xpm-1992-02-19-fi-2444-story.html
[42] Mike Deodato ブラジル出身のアメリカのコミック・アーティスト。父親もコミック作家でブラジルでは父親のスタジオで仕事をしていた。1990年代はじめにアメリカのインディー・パブリッシャーで仕事をはじめ、1992年のイメージ独立後はマーベル、DCで多数の作品を担当する。
[43] Roger Cruz ブラジルのコミック・アーティスト。1990年代にアメリカのコミックブック産業で働きはじめ、マーベルコミックスで多くの作品を担当する。現在はブラジル在住。
[44] Mike Deodatoはウェブメディア“Comic Vine”の取材に答えて、1990年頃にアメリカ市場にブラジル人作家を売り込もうとするエージェントから連絡された旨を語っている。“Comic Vine asks the artist of ‘Dark Avengers’ a few questions!”, 2010, https://comicvine.gamespot.com/forums/mike-deodato-jr-3151/marvel-mondays-five-questions-with-artist-mike-deo-416550/
[45] Tony Dezuniga フィリピンのコミック・アーティスト。16歳からフィリピンでコミック作家として活動し、1962年に広告イラストレーションとグラフィックデザインを学ぶために渡米。1970年ごろからDCコミックスでコミック・アーティストとしての活動をはじめ、Carmine Infantinoを口説いて、若いフィリピン人アーティストたちがアメリカのコミックブック産業で働くきっかけをつくった。2012年没。
[46] Alex Niño フィリピン出身のアメリカのコミック・アーティスト。トニー・デズニガの紹介でアメリカのコミックブック産業に進出した作家のひとり。90年代以降はイラストレーションや映画のプロダクションデザインなどの仕事が多い。
[47] Operating System コンピュータと接続されたハードウェアやインストールされたソフトウェアへの入出力、機械的な処理を管理するシステムソフトウェア。
[48] Graphical User Interface ウィンドウとマウス・ポインターによって、視覚的にユーザーがコンピュータへの操作をおこない、処理結果をモニター上に出力するインターフェースの総称。
[49] World Wide Web コンピュータ・ネット上のテキストデータをハイパーリンクによって相互参照できるようにするシステム。現在のウェブページ技術の基礎になっている。
[50] Advanced Research Projects Agency NETwork 通称ARPANET。アメリカ国防総省の高等研究開発局が開発した、世界初のパケット通信コンピュータネットワーク。
[51] Transmission Control Protocol / Internet Protocol 通称TCP/IP。現在のコンピュータネットワーク上で標準的に使用されている通信規約。これが実装されていることによって、異なるハードウェア、異なるOS間での情報通信が可能になっている。
[52] Paul James, Manfred B. Steger, “A Genealogy of ‘Globalization’: The Career of a Concept”, “Globalization”vol.11 Issue4, 2014, Tylar & Francis
[53] Tim Stobierski, “6 Pros and Cons of Globalization in Business to Consider”, “Harvard Business School”, 2021, https://online.hbs.edu/blog/post/pros-and-cons-of-globalization
[54] たとえばエマニュエル・トッド, 『西洋の敗北と日本の選択』, 2025, 文芸春秋など
[55] Joseph Heath, Andrew Potter, “Rebel Sell:Why the Culture Can’t be Jammed”, 2004, HarperCllins, 邦訳は栗原百代訳, 『反逆の神話(新版) 「反体制」はカネになる』, 2021, 早川書房
[56] Sharad Devarajan, Jeevan Kang, Suresh Seetharaman脚本, “Spider-Man: India”, 2004, Gotham Entertainment Group
[57] Marie Javins編, “Batman: The World”, 2021, DC Comics, 邦訳は中沢俊介訳, 『バットマン:ザ・ワールド』, 2022, 小学館集英社プロダクション
