• Twitter
  • Facebook

第1回目:『天才たちの日課』と『文学効能事典』
金原瑞人さん

本がつくられるということ−−フィルムアート社の本とその作り手たち / 金原瑞人

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる人々に、フィルムアート社から刊行していただいた書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第1回目は、文学を中心に、たくさんの魅力的な海外書籍の翻訳を手がけている金原瑞人さんにご執筆いただきました。

 

 

『天才たちの日課』と『文学効能事典』

本の紹介というのはむつかしい。とくに小説、フィクションはむつかしい。どこがどうおもしろいのか、その説明が面倒だし、かといってストーリーを細かく書くわけにもいかない。キャラが立っているのが魅力の小説にしても、それを伝えるのがややこしい。「ぐだぐだいわず、読め!」といいたくなる。まあ、小説の醍醐味は文章そのものだったり、細かい書きこみだったり、全体の流れだったりするわけなので、粗筋を読んだって、ちっとも楽しくない……と書いているくせに、国書刊行会の『世界文学あらすじ大事典』四巻本(横山茂雄/石堂藍 監修)はちゃんと持っている。もちろん、読んで楽しむためではない。ときどき学生のまえで、偉ぶって、名著の話をするときに便利だからだ。

それはともかく、フィクションのおもしろさは伝えにくい。反面、ノンフィクションの内容は伝えやすい。だから、ビブリオバトルで取り上げるなら、フィクションよりノンフィクションのほうが絶対に有利だ。ノンフィクションにもいろいろあるが、発想と着想がユニークで、緻密で綿密な調査に基づいたものは、ほぼ間違いなく成功しているし、紹介が驚くほど簡単で、インパクトが強い。

ぼくがこれまでに訳してきたものだと、スチュアート・ケリーの『ロストブックス──未完の世界文学案内』(晶文社)なんかはその典型だ。古今東西の著名な作家の、書いたといわれているが残っていない作品、書こうとしたが結局書けなかった作品、書いたのに紛失してしまった作品、著者の死後に夫が燃やしてしまった日記など、「失われた作品」を語りながら、失われていない作品を浮かび上がらせる手法が見事だ。
しかし発想と着想がユニークで、緻密で綿密な調査に基づいていて、もっと一般的に受けるノンフィクションはメイソン・カリーの『天才たちの日課──クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』だろう。これは芸術家、音楽家、思想家、学者たちが、毎日の仕事、食事、睡眠、趣味、人づきあいなどにどう時間を割いていたのかを紹介した本だ。そんな本がおもしろいのかと首をかしげる人もいるかもしれないが、これがおもしろい。どんな時間に仕事をしているのかだけをくらべてみても意外な発見がある。
この本を発見したのはぼくではなく、フィルムアート社の編集者の薮崎さん。それもエージェンシーから回ってきたのではなく、自分でこつこつ探して見つけたとのこと。その薮崎さんが次に持ってきてくれたのが『文学効能事典』。これがまた、めっけもので、原書をざっと読んで、すぐに訳したいと思った。病気や悩みやストレスに効く本を紹介した、読書療法(ビブリオセラピー)の本。本気半分、冗談半分のスタンスがうれしい。「インフルエンザにかかったとき」「花粉症のとき」「悪魔に魂を売り渡したくなったとき」「職を失ったとき」「純真な心を失ったとき」「早漏のとき」などに効く本って、いったいどんな本なんだ……と思った人は買うしかない。じつは東京、大阪、名古屋、京都、福岡、岡山など、全国で30ヵ所以上の大小の本屋さんが、この本といっしょに、この本に紹介されている本を並べてくださった。とにかく、本好きにはたまらない一冊だ。

ここでひと言いっておきたいのだが、これまでに取り上げた三冊は、内容が内容だけに、訳すのにも時間がかかるし、それ以上に調べ物に時間がかかる。さらに索引やら、参考文献やらで編集者も大変だ。しかし、おもしろいと思ったら訳すしかない。さらにこの手の本はマニアックな人には受けるけど、決してベストセラーにはならない。しかし、おもしろいと思ったら訳すしかないのだ! 編集者も翻訳家も大変なのだ。
今年は『天才たちの日課』の続編が出るとのこと。また編集者も訳者も泣くことになりそうだ。乞うご期待である!

 

『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』

メイソン・カリー=著 金原瑞人・石田文子=訳

四六判|384頁|定価1,800円+税|ISBN 978-4-8459-1433-3

 

『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』

エラ・バーサド/スーザン・エルダキン=著|金原瑞人/石田文子=訳

四六変型・並製|424頁|定価 2,000+税|ISBN 978-4-8459-1620-7