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あなたの悩み、文学作品で解消します。『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』刊行記念イベントレポート 金原瑞人さん×辻山良雄さん

イベントレポート / 辻山良雄, 金原瑞人

『百年の孤独』、『華氏451度』、『秘密の花園』、『老人と海』、『一九八四年』、『嵐が丘』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『ねじまき鳥クロニクル』…。古今東西の名作文学作品はあなたの悩みに効く「薬」になるかもしれません。
「片想いをしている」「死ぬのがこわい」という悩み、そして「足の小指をぶつけてしまった」「風邪をひいてしまった」という痛み。それらを癒してくれるのはどんな文学作品なのでしょうか。
読むべき時に読めば、小説は人生を変えてくれます。『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』を読めば、小説のそんな不思議な力を思い出すことができます。

本書の刊行を記念して、翻訳者の金原瑞人さんと荻窪の本屋Titleの店主・辻山良雄さんのトークイベントを開催。海外文学のプロである金原さんと、本屋の店主である辻山さんは、ぶつけられた「悩み」=お題に対してどのような本をを処方したのでしょうか。
(この記事は2017年7月20日にTitleにて開催されたイベント内容を再構成したものです)

 

辻山:みなさんこんばんは。本日は、『文学効能辞典 あなたの悩みに効く小説』の刊行記念トークイベントにお集まりいただき、ありがとうございます。本日はゲストとして、本書の翻訳者である金原瑞人先生をお迎えしております。

金原:どうもこんばんは、金原です。よろしくお願いします。

辻山:この本には、われわれが日常の中で直面するいろいろな悩みや病気がたくさん収録されています。そして「こういう悩みや病気にはこういう文学作品を読むといい」というようなことが書かれています。つまり文学作品を薬として処方する、という内容の本です。本日は金原先生と私が、与えられた「お題=悩み」に対してみなさんに本を処方してみようという企画です。

(写真左より:辻山良雄さん、金原瑞人さん)

見出しだけで読んでも面白い。どこまで本気なのか、よくわからない。

 

辻山:では、本題に入る前にいろいろとこの本についてお聞きしたいと思います。本書の「訳者プロフィール」を見て知ったのですが、こちらの本は金原先生のちょうど500冊目の翻訳書になるんですね。

金原:そうなんです。でも僕は共訳も多いんですよ。これも石田文子さんとの共訳ですし。それに共訳者の方とは別に翻訳の付け合わせの作業をしてくれる方もいらっしゃいます。なので訳書の数としては多いけど、3で割ると、500割る3ですからそんなに大したことはないんです。それに文庫化された本も1冊と数えての500冊ですから。

辻山:この本は、どういういきさつで金原先生が翻訳することになったのですか?

金原:フィルムアート社とは『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』という本ではじめてお仕事をさせていただきました。これを持ってきてくださったのが編集者の薮崎さん。今回も薮崎さんからのご提案でした。目のつけどころがいいのは、僕ではなく薮崎さんです。

辻山:なるほど。本屋さんというのは、発売の何日か前に出版社や取次から「こういう本が出ます」っていうような案内をいただくんですけども、この『文学効能事典』は、タイトルを見た時に「あんまりこういう本が今までなかったな」と、直感的に面白いなと思いました。金原先生は、『文学効能事典』の企画をフィルムアート社さんから提案された時に、どう思いましたか?

金原:うーん、そうですね。思わず笑ってしまうところが、あちこちにあって、例えば「ところどころ飛ばし読みする傾向がある人のために」という悩みの解決法が載っているんですよ。ちょっと読んでみます。

会話やセックスやスキャンダルやドラマチックな場面を求めて先へ先へと急ぎ、細かい描写などは読み飛ばしてしまう傾向があるとしたら、それは出来のよくない小説を読んでいるせいかもしれない。その場合は本書を参考にして、よい本を選ぶようにしよう。

辻山:なるほど(笑)。

金原:笑う意外無いでしょ? もう読みながら笑ってしまって。例えば「セックスしすぎのとき」にこういう本がいいとか、その次の項目では「セックスレスのとき」にはこういう本がいいとか。見出しだけで読んでも面白い。どこまで本気なのか、よくわからない。「結婚相手をまちがえたとき」には、ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』を読むといいとあって、そこに「できることなら、そもそも結婚相手をまちがえないようにしよう。」って書いてある。

辻山:まあ、それはそうですよね(笑)。

金原:最初は、これはトンデモ本なのかもと思ったんですけど、一方、新しい作品もたくさんあがっていて、例えばマイケル・オンダーチェなんかも3冊も出てくる。よく読んでるなと思うし、そういう意味ではある種のバイアスのかかったブックガイドなんだと思います。いくつか拾い読みして「これは訳しましょう」ということになりました。

辻山:金原先生は「文学の効能」みたいなものはあると思っていらっしゃいますか。

金原:例えば猪熊葉子さんという児童文学の翻訳者の方がいらっしゃるのですが、猪熊さんはある意味、不幸な子供時代を送っていらっしゃって。お母さんが葛原妙子という有名な歌人の方で、子育てをするのにこんなに不適当な人はいないだろうっていうような人なんです。葛原妙子の短歌を読んでも、よくわかる。そのような辛い状況の中で、猪熊さんは、本があったから私には今があるということをおっしゃってます。そういう人がたまにいらっしゃる。猪熊さんの『大人に贈る子どもの文学』(岩波書店)はとてもいいエッセイ集です。

しかし、僕の場合は逆で、本は全てエンターテインメントなんです。辻山さんはいかがですか?

辻山:私もそうですね。大学生ぐらいに読み始めて今に至るっていう感じなんですけども、自分の場合は本が近くにあるのが当たり前なんですよね。ただ、それに生きる術を求めるとか、あまりそういうのは無くて。

金原:本屋さんをなさっていてもですか?

辻山:はい。こういうとすごいサバサバしてますが、半分はやっぱり商品として見ているので。当然、好きだから本屋をやっているんですけど。

金原:でも、本当に切実な気持ちで本と向き合っている人ってのはたまにいらっしゃって、そういう方の話を聞くと、心を打たれるんだけど、僕とは違うなと感じます。僕は本当に、面白いから読む。子供時代からそうですね。

辻山:では、この本に書かれているように文学を読んで何か自分が変わったとか、そういうことはあまりありませんでしたか。

金原:本を読み続けることで変わってきたことはあるのかもしれないけど、実感はないなあ。

辻山:なるほど(笑)。では、そろそろメインのトークテーマに移りたいと思います。この『文学効能事典』は、さきほどご説明させていただいたような内容の本なのですが、出版社のほうから事前にお題を5ついいただいておりまして、それに対して、私と金原先生が「こういう本を読めばいいんじゃないか」という提案していきたいと思います。

金原:二人でビブリオセラピストになってみますか。

辻山:はい。ちょっとそういうことを今からやってみたいと思います。

 

「孤独なとき」に読む本

 

辻山:まず、1番目のお題が、こちらです。「孤独なとき」。

孤独といってもいろんな意味合いもあるでしょうし、それをどう解釈するかというのもあると思うんですけども、人は孤独なときにどういう本を読めばいいかというアドバイスをそれぞれ2冊ずつしていきます。

金原:では、僕から行きましょうか。一つはパオロ・ジョルダーノというイタリアの現代作家の『素数たちの孤独』(早川書房)という本です。もうタイトルが孤独ですよね。素数というのは、「その数と1以外には割り切ることのできない数」のことです。

アリーチェという女の子がスキーの事故で足を折ってしまうのですが、それ以来お父さんに対して心を閉ざしてしまって、外とのコミュニケーションもうまく取れなくなってしまう。もう一人数学にしか興味が見い出せないマッティアという男の子がでてきます。この二人がやがて、出会うんですよ。素数のような二人の出会いがおもしろい。ラストは言えませんが、とても素晴らしい。まさに孤独ってのはそういうもんなんだなあっていうことがしみじみ伝わってくる、そういう作品です。

僕は西崎憲さんたちと日本翻訳大賞の選考委員をやっているんですが、その最初の年にこれがあったら絶対に票を入れてましたね。確か映画化もされて、映画にもなっているはずです(『素数たちの孤独』監督:サヴェリオ・コスタンツォ 2010年イタリア)。

辻山:文学者は素数に限らずよく数学を取り上げますよね。ロマンチックな部分がありますし。それしか無いっていう、唯一絶対性みたいなところに惹かれるのかもしれませんね。では、もう1冊をご紹介いただけますか。

金原:『石原吉郎全集1』(花神社)です。僕は小説の翻訳はたくさんやっているんですが、詩はほとんど訳したことが無いんですよ。でも僕は本の中で、何が一番好きかって言われると、詩と短歌なんですよ。

辻山:そうなんですか。

金原:小説よりもはるかに面白い。その中でも何か1冊と言われたらもう『石原吉郎全集1』。とにかく文章がかっこいいんですよ。こんな文があり得るのかなあと。例えば「さくら」という詩がありまして、

 

さくらが舞ったいわれを
舞いながら大路へ
散りしいたいわれを
そのままに いちどは
死に場所へ向った
あけくれはそのままに
散りしくいわれで
あったから
一度は とうなづきあって
足ばやに大路を
はしりぬけた

 

ってそれだけの話なんですけども

こういう文章っていうのは、石原吉郎以外に知らないですね。まさに孤独に裏打ちされた力強さとリズムがあります。この人は、命令調とか断言調が特徴で、例えば他にも「受け皿」という詩

 

おとすな
膝は悲しみの受け皿ではない
そして地は その受け皿の
受け皿ではさらにない
それをしも悲しみと呼ぶなら
おれがいまもちこたえているのは
錐ともいえる垂直なかなしみだと
おそれずにただこたえるがいい

 

じつに、気持ちいい文体なんです。だから一人ぼーっといる時にはこの本を引っ張り出してきては読むんです。『石原吉郎全集1』が家に3冊あります。古本屋で見つけて安いとつい買ってしまうんです。

辻山:石原吉郎というと、シベリアに抑留されていましたが、そういう経験が詩にも現れていたりするんですか?

金原:そういう指摘をする人が多いんですが、僕はそこはどうでもいい。とにかくかっこいい。詩人の蜂飼耳さんも、石原吉郎のことを、そろそろシベリア抑留のことを抜きにして語ろうよ、ということを書いていらっしゃってます。僕もそう思うんですね。ぜひ、読んでみてください。

辻山:では次は私の方から。みなさまもご存知だと思うんですが、池澤夏樹さんの『スティルライフ』(中央公論新社)という作品です。

孤独な時って世界と自分との距離を測り兼ねているときなんじゃないかと思うんです。例えば、「あいつらはいつも楽しそうだけど、俺は全然楽しくない」とか。周りが良く見えたりとか。そうすると「自分はなんて孤独なんだろう」っていう風に思っちゃうと思うんですよね。池澤さんの初期の作品には、理学とか宇宙とか、そういうものと文学を融合して書いた作品があります。いきなりもう1行目が「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。」という感じで始まるんです。孤独な人が読むと、はじめは「何でだ!」と思うかもしれませんが、ただ、よくよく読んでいくと、「世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。」とあって自分という存在を、他人との距離じゃなくて星との距離で測るんだ、みたいなことが書かれているんです。

私はこれを学生時代に読んだのですが、何だかすごい爽やかな感じになりました。ウジウジ悩んでる自分を上から俯瞰して見るような、そういう気持ちよさに溢れている作品です。ここにいる自分の小ささがわかると、正確に自分が見えてきて、孤独から解放されるんじゃないかという風に思いましてこの作品を選びました。

金原:池澤夏樹さんの作品は面白いですよね。小説以外でも京都大学で行われた講義をまとめた『世界文学を読みほどく: スタンダールからピンチョンまで』(新潮社)という本がありますが、何度も読み返してますし、よく授業にも使わせていただいています。

辻山:そして私が選んだもう1冊は詩集なんです。茨木のり子さんの詩集『茨木のり子詩集』(岩波書店)です。

孤独という言葉を聞いた時に、いつもなんとなく思い出す「一人は賑やか」という詩があるんです。茨木さんって背筋をぴんと伸ばして一人で大地の上に立っている姿が似合うかっこいい女性だったと思うんですが、1文抜いてみると、

一人でいるのは賑やかだ
誓って負け惜しみなんかじゃない
一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい
おおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな

満たされているっていうのは、たぶん心が賑やかだっていうことだと思うんですけども、そういうことを書いてらして、やっぱり充実していれば、孤独は怖くないんだなっていう風に思った1冊ですね。

 

「片思いのとき」に読む本

 

辻山:じゃあ、2番目のお題「片思いのとき」にいきたいと思います。

金原:僕がもってきたのは『親愛なるミスタ崔: 隣の国の友への手紙』(クオン)という佐野洋子さんのラブレター集です。

佐野さんは37歳の時、勿論まだ作家になる前、子供と旦那をうちに置いてベルリンに留学するのですが、そこで韓国の留学生と恋に落ちるんです。その崔さんという方にラブレターを書くんですよ。佐野洋子さんって『100万回生きたねこ』が有名ですが、僕はあの人のエッセイやエロい話なんかが大好きなんです。その原型がね、既にここにある。崔さんに向けて延々と書く。崔さんの返信は素っ気なくて短いんですけども、その人へ延々と書く。

例えば、1967年6月13日のラブレターですが、

ずっと前、男と女のどっちが詩的であるかと論争したことがあったけど、その時最後に、ある男が、女は小便で大地に字を描くことが出来ないから、男のほうが詩的であると言ったら、みんななんだかそんな気がして、オシッコで、地面に字を描くことがとても素晴らしいことのような気がして、本当に、それが宇宙的なひろがりを持つえも知れぬことに思えました。今もとてもすてきだと思う。

「私地面にオシッコするのとても好きです。」って言っているんですね。こういうラブレターもらったら男はもうどうしようもないですよ。この話が終わったかと思うともう一回ね、おしっこの話が出てきて、佐野洋子らしいなあと。それに対して崔さんが当時のことを回想して、私はサンドバックみたいなものだったと書いてて。いや、そんなサンドバックならなってみたいと僕なら思うんですけどね。

佐野洋子の片思い的な気持ちをぶつけたラブレター集として非常に面白いです。この崔さん、韓国に帰ってから、大学の先生になったりジャーナリストになったりして、韓国に佐野洋子を紹介した人でもあるんです。

辻山:では金原先生の次の1冊。ジョン・グリーンの『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)ですね。

金原:これは僕の訳した本です。これは両思いの高校生の話なんですよ。甲状腺がんが肺に転移してしまっているヘイゼルという女の子と、骨肉腫で片脚を失ったオーガスタスという男の子の恋の物語です。先にいってしまいますと、オーガスタスは癌で亡くなってしまいます。残されたヘイゼルもかなり癌の進行が進んでいます。両思いの二人なんですけど、言うまでもなく、待ち受けているのはすぐ目の前の死なんです。片思いのときに、読んでもらうといろいろと思う事があるのではないかと思って、1冊だけ、訳書から持ってきました。

辻山:ありがとうございます。じゃあ、次は私の番ですね。実はこのお題が一番難しかったです。あまり恋愛小説を今まで読んでこなかったので。私の読書傾向としては、人文書とかノンフィクションとか芸術、それに海外文学なんかが多いのですが、ただよく考えてみるとだいたいの小説には恋愛要素というのは入ってますね。

で、私がお持ちしたのが最近人気が高まっている詩人の文月悠光さん。この『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)っていうのは、エッセイ集なんです。

片思いの女性の気持ちを美しく書いたような詩集は幾つもあるんですけども、文月さんは、どちらかというと、自意識が高まりすぎて、変な行動をしてしまうような状態とか、後から見るととても恥ずかしいようなことを、ものすごく赤裸々に書かれるんですよ。

おそらくみなさんも身に覚えのあるようなことかもしれませんが、片思いのときというのは、「例えば好きな人がいて、その人の前に行くと何も喋れなくて、結局変なことを口走って帰ってきてしまった」とか、そのあいだは他人からすると滑稽な姿にも見える時期です。文月さんはエッセイの中で、滑稽にも見える自分をつらつらと書かれてて、読み終わったらすごく勇気が出るんです。作家としてはそういうものを正直に出していくというのはとても勇気が要ることだと思うのですが、読んだ人にその勇気が伝染して、頑張ろうというような気になることってあると思うんですよね。そういう等身大の言葉で書かれたエッセイですので、片思いのもやもやの中にいる人にこれはすごくオススメです。

金原:僕、『洗礼ダイアリー』っていうタイトルがついているからどんなに楽しいことが書いてあるのかなと思ったんですけど、これね『受難ダイアリー』ですよ、タイトルとしては。

辻山:そうですね。

金原:文月さん、最初っからあちこちで酷いこと言われてね。まさに受難の記録みたいな感じのダイアリーですよね。

辻山:でもなんかそれが結局、悲しい自分じゃなくて笑い話になっているのがいいですよね。

私のもう一冊はミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』(集英社)です。

片思いの人に読んでもらうにはどうかなあとか思うのですが、ただ恋愛への憧れというか、そういうのを植え付けるのには非常にいい小説だなあって思っています。

舞台はチェコです。女たらしのお医者さんが、いろんな女の人に手を出していくんです。ある日、純朴な女性に出会って、やっぱりその人ともそういう関係になるんですが、次第にその人からいろいろ学んでいくというか、そういうドン・ファン的な自分を捨てて、一回亡命して隣国に行くんですけど、またチェコに戻ってきて…というお話です。

これ『存在の耐えられない軽さ』っていうタイトルですけど、「軽い」と「重い」というメタファーで、いろいろ哲学的な思考というのが挟まれてきているんだと思います。一人の女性と添い遂げていくっていうのは、重いけども幸せなことなんだと。ただ、そういう重さに対して奔放に生きる女性というのが後に出てきて、その人がどんどん軽みの上の方まで行って、それが幸せなのだろうか、ということを考えさせられるんです。「哲学的かつ極上の恋愛小説」というとなんか安っぽいコピーですが、恋愛を知るっていうには面白い1冊かなと思って持ってきました。

 

「死ぬのがこわいとき」に読む本

 

辻山:次のお題は「死ぬのがこわいとき」です。

金原: キャンデス・フレミング著の『ぼくが死んだ日』(東京創元社)はタイトルからしてぴったりですね。これは僕と一緒に『BOOKMARK』という雑誌を出している三辺律子さんの翻訳です。

主人公の男の子がふと墓地に足を踏み込むんですが、その墓地というのが10代の子どもばかりを埋葬した墓地なんです。そこで7・8人の子供から、何で自分は死んだかってその自分の死に至るときの話を聞かされるという物語です。結構エグい話や残酷な話があるんですけどね。でも雰囲気的にはレイ・ブラッドベリのような話もあり、あるいはスタンリイ・エリンのちょっと怖い感じの作品あり、あるいは最後にひねりのある作品もあったりします。ある意味「死」というものを題材にしたエンターテイメント作品です。

辻山:ありがとうございます。ではもう1冊。かなり分厚い本ですね。

金原:はい。『日本の生死観大全集』(四季社)です。今は亡き立松和平さんなど3人で監修して作った本です。これはね、1冊あると3年ぐらい、いや一生、読み返して飽きないかも。もう目次を見るだけで面白い。

辻山:へえ。

金原:「聖徳太子から夏目雅子までほぼ1500年の遺言・遺書・辞世・絶筆を網羅した出版史上最大の『生と死の資料集成』。」とあります。例えば千利休、豊臣秀吉、歌川広重、岡倉天心、森鴎外、檀一雄、北一輝などの最期の言葉が綴られているんです。

辻山:これはそれぞれの人の死を書いている本なのですか?

金原:というか、その人のいわゆる辞世の句や最期の言葉を集めています。日本初のピストル自殺をした川路聖謨の言葉なんてものも収録されています。

一休宗純から始まって沢庵和尚の話、それから幕末維新の頃の西郷隆盛、坂本竜馬、森有礼、沖田総司辺りの最期の言葉が書いてあって。後は夏目漱石、国木田独歩、南方熊楠、なんと田中絹代の言葉も収録されている。

辻山:女優の田中絹代さんですね。

金原:そうです。女優の田中絹代。

桜の咲くころは、きっと鎌倉の家へ帰ってお花見するからね

っていう言葉を残していて、なんかね、ジーンときたりします。

辻山:よく調べましたよね、これだけ。

金原:それから「昭和の遺書傑作選」という項目もあります。誰のが聞きたいですか? 芥川龍之介、吉行淳之介、菊池寛、石川達三などたくさんありますよ。では円谷幸吉のをご紹介しましょうか。円谷幸吉ってわかる方どのくらいいらっしゃいますか? マラソン選手で東京オリンピックで3位になって、その後自殺するんですけど、その時の遺書です。お父さんとやお兄さんに宛てた手紙です。

 

父上様母上さま、三日とろゝ美味しうございました。干し柿、もちも美味しうございました。
敏雄兄、姉上様、おすし美味しうございました。
勝美兄、姉上様、ブドウ酒、リンゴ美味しうございました。
巌兄、姉上様、しそめし、南ばんづけ美味しうございました。
㐂久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
(中略)
父上様母上様、幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒お許し下さい。
気が休まる事なく、御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。

 

金原:淡々と書いているんです。でも泣けてきてしまう。それ以外にも、お葬式の追悼文も収録されています。松田優作が死んだ時に原田芳雄が読んだ追悼文、石原裕次郎に対する勝新太郎の追悼文、三船敏郎が死んだときの黒澤明の追悼文などが掲載されています。

辻山:そういうものがひたすらずーっとカタログのように。

金原:そうです。死について考えるときにはぜひ読んでみてください。

辻山:じゃあ、次は私の番です。

これドラマにもなったので知っている方も多いと思いますが、脚本家の木皿泉さんの『昨夜のカレー、明日のパン』(河出書房新社)という作品です。

木皿さんの作品って、この本に限らず、ドラマとか見てても、普通に死んだ人が出てくるんですよ。死んだ人がそこにいるのが当たり前というか。そういうのって昔からなんとなく日本人が思ってきたようなものかもしれませんね。

一応この小説のストーリーだけ簡単に言うと、結婚して夫を亡くした女性が、夫の実家の義父と今でも一緒に住んでいるんです。やはり何かそこを出られないような想いがあったりとかすると思うんですけども、ただ一方で新しい恋人もいるわけなんですよ。で、新しい恋人は、その女の人と結婚をしたいです。でも、その女の人は勿論新しい恋人は好きだけど、亡くなったその元夫と義理のお父さんも好きだし、みたいな感じでいると、亡くなった夫がしょっちゅうその辺に出てくるんですよね。

金原:うん。

辻山:死んだ夫が、お前もまだ生きなきゃいけないんだから、新しい人のところに行けみたいな感じで背中を押すシーンがあって、緩やかに「ああ、あの人は亡くなったんだ」っていうのを受け入れていくんですね。日本人の死生観を、今風に明るく表現しています。こういうのを読むと、別にそれが本当かどうかもわかんないけど、死ぬことがそんなに怖くなさそうだなみたいなという気持ちになるので、これは面白いです。

もう1冊、結構これも似ているような気がするんですが、歌人の東直子さんの『とりつくしま』(筑摩書房)という小説作品です。

例えば死ぬときに「そういえば私が死んだらあの子はどうやって生きていくんだろうか」とかいろいろ思い残すことってあると思うんです。もし死んだあとで自分が何かの物になって、その人のそばにいたらどうなるだろうかというのをファンタジーのように書いた1冊ですね。

例えば、野球をやっている息子さんのお母さんが亡くなったという話では、ピッチャーをやっている息子の側にいるために、お母さんがロージンバッグになるんです。で、そこから息子のことを見守るという。また他の話では、娘さんが先に亡くなって、耳の悪いお母さんの付けている補聴器になったり。死んだ人と生きている人のあいだに、つかのま心が通い、少し泣かせる物語です。

 

「仕事中毒のとき」に読む本

 

辻山:じゃあ、4番目のお題は、「仕事中毒のとき」です。

金原:はい。仕事中毒のときに僕がよく読むのは、ジョルジュ・バタイユです。

辻山:おー。

金原:生田耕作訳の『眼球譚』(河出書房新社)。エログロナンセンスを突き詰めた話です。光文社古典新訳文庫で中条省平さんの新訳『マダム・エドワルダ/目玉の話』(光文社)というタイトルでも刊行されています。ここに持ってきたのは、こちらです。

この本の内容紹介に「目玉、玉子など球体への異様な嗜好を持つ少年少女のあからさまな変態行為を描いた」って書いてあるのですが、まさにその通りなんです。それをいかにグロくエロく書くかというところに命をかけたような作品です。こんな作品が出ていいのかと思うような作品なんですけども、もう古典として残ってしまいました。何を間違えたか、周りの人々が持ち上げてしまって。バタイユってもう、本当に変な人なんでしょうね。でも好きなんですよ。

僕が監修している『12歳からの読書案内』(すばる舎)という中高生向けのブックガイドがあって、いろいろな方に若者にオススメの本を紹介していただいています。その中で、豊崎由美さんがケッチャムの『隣の家の少女』を紹介しているんです。で、僕が豊崎さんとの対談の時、冗談半分に「あれ、若者に勧めますか?」といったあとすぐ、あ、僕も『目玉の話』を紹介してることを思い出しちゃいました。ケッチャムよりきつい。でも、本当に読むのが楽しい、文章を追っていくのが楽しい。文章を追いながらイメージするのはこんなに楽しいのかと思えるくらい。究極の、自分の想像力を試すような作品なので、もう仕事中毒になったらこれを読みながらぼーっとします。

うちの娘が高校生の頃、いきなり電話をかけてきて「パパ、『眼球譚』読んだよ」って。それで、電話で『眼球譚』について5分ぐらい話したのをよく覚えています。生田耕作訳の『眼球譚』の訳と中条省平訳の『目玉の話』があるのですが、うちの娘は昔の『眼球譚』の方が好きだっていってます。僕は『目玉の話』のほうが好きですね。生田耕作の『眼球譚』は、あちこちによくわかんないとこがあるんですよ。で、新訳の方を読むと誤訳だったんだというのがわかる。バタイユの文章はもともと難しいのかもしれない。生田耕作のかっこいい文章が好きな方は『眼球譚』、素直に楽しみたい方は中条省平訳でお読みください。

辻山:ありがとうございます。ではもう1冊。

金原:僕は仕事の合間に必ず読むのは、詩か短歌なんです。なので山田航さん編集の『桜前線開架宣言』(左右社)という本をもってきました。

この本では1970年代以降に生まれた若手の歌人を40人紹介していて、見開き2ページにその歌人の代表的なというか、編者の山田航さんが選んだ短歌がぎっしり詰まっています。本当に今の歌人の方には面白い人がたくさんいるなあと思って。

辻山:今すごくいっぱい出てきてますよね。

金原:それに、みんな面白い。こういう短歌もあるんだという驚きがある。短歌の嫌いな人や読んだことのない人も多いと思うんですけど、まず絶好の入門書として、これを紹介しようかなと思います。

辻山:なぜ仕事の合間に短歌を読むのですか?

金原:短歌や詩って短いじゃないですか。詩集1冊分の文字量って、すごく少ない。歌集だともっと少ない。気に入った詩や短歌があったらその場で覚えて頭の中に入れておけばいい。時々思い出してその世界に浸ることもできる。そういう意味でも短歌と詩はいいなあと。

辻山:はい。わかりました。では次は私の番です。「仕事中毒のときに読む本」で、1冊目は、ミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店)です。

金原:そこに行きますか。

辻山:はい。すごい、ベタといえばベタですし。小さい頃や、大人になってから読んだ方も多いと思います。仕事をずーっとやっていると、だんだん自分の気づかないうちに目が吊り上がってきてて、鏡見たら「なんて怖い顔だ」って思うことがあるんです。そういう時っていうのは、エンデで言うところの時間泥棒ですよね。

金原:はいはい。

辻山:時間泥棒に時間を盗まれているんじゃないかと思うことがたまにあるんです。『モモ』は、現代人の頭をクールダウンというか覚まさせてくれる本です。書かれたのもかなり昔ですが、今読んでもすごく現代性のある作品です。今の社会っていうのは経済優先であるし、合理的なのがいいし、ということなんですけども、エンデの『モモ』に出てくる大人は、時間を盗まれてから、イライラし始めたり、顔が怒ってたり、そういうことになっておかしいなと思って、モモは冒険しに行くわけですよね。自分が仕事ばっかり考えてて、なんかやばいなあという時に立ち戻ったらいい本かなと思います。

金原:イライラすること多いですよね。特に、コンピューターの動作が遅い時とか、フリーズした時。ここ5年くらいパソコンの前に座ってて舌打ちをする回数が増えて。

辻山:それはいけませんね。

金原:いやー、本当にね。自分でも、いかんって思うんですけど。つい舌打ちをするのは、コンピューターの不具合、フリーズ、あと自分の打ち間違い。あ、これが一番多いですね。

辻山:舌打ちの話でいいますと、東京で編集者をやってて、その後神戸で自分の会社をはじめた方がおっしゃっていたのですが、東京から神戸に行って、何がよかったかって言うと、満員電車で他人の舌打ちを聞かなくなったことだって言ってました。

金原:なるほど。

辻山:私も勤めていた時は、池袋行きの西武線っていうのに乗ってて、まあすごいわけですよ、朝。それで乗ってたら耳元で「ちっ」という舌打ちが聞こえてきて。たぶんそういう舌打ちがいろんな空気を汚していくんだと思うです。もともとみんな穏やかな人たちのはずなんですけどね。

たぶん『モモ』には、そういう現代社会への風刺みたいなところと、子供から大人まで夢中になる物語自体の面白さがあるんですよね。

では、私のもう1冊。リンドバーグ婦人の『海からの贈物』(新潮社)という作品です。

リンドバーグ婦人というのは、大西洋を初めて飛行機で渡ったチャールズ・リンドバーグの奥さんに当たる人です。リンドバーグ婦人はすごく忙しく活動されていて、今でいうキャリアウーマンの走りのような方です。ある時自分が住んでた都市を離れて、海沿いの海と小屋としか無いような場所に何もかもをシャットアウトして1週間くらい滞在したんです。その時に夫人が書いた作品です。

この本は貝が表紙に描かれていますが、本の中身もいろんな貝、例えばほら貝、つめた貝、日の出貝などがそれぞれの章のタイトルになっていて、その貝を素材に女性の人生について語っているんです。これもクールダウンの話になりますが、少し離れたところに自分を置いてみて考えてみる。すると、思考が勝手に向こうからやってくるということをこの人は書いているんです。普段と違う時間の流れ方っていうのを感じるといいんじゃないかなあという意図で選びました。

金原:そうですね、ソローの『森の生活』なんかもそういう作品なんでしょうね。ちなみに、来年、ソローの『森の生活』のマンガ版を訳すことになってます。期待してください。

 

「荻窪で読むといい本」

 

辻山:では、次のお題「荻窪で読むといい本」。今までの4つのお題は、実はこの『文学効能事典』にも掲載されているお題なんです。それだけとつまらないので、このイベント用のオリジナルのお題が欲しいなということで、出版社の方にいくつか考えていただいたんです。他にもいくつかあったんですけど、金原先生は何を選ぶのかなあと思って、これを選んだんですけど、金原先生は思い浮かばなかった、と(笑)。

金原:すいません。僕はパスで。

辻山:ということですので、このお題に対しては私からお答えします。これは本当にベタ過ぎますが、井伏鱒二の『荻窪風土記』(新潮社)です。開店以来、うちの店の文庫本で一番売れてます。

金原:ああ、そうなんだ。

辻山:お店のすぐ近くに環八と青梅街道の交差点で四面道っていうところがありまして、それをちょっと北の方に行った清水というところに井伏鱒二が住んでいたんです。たとえて言えば、「今日は四面道で木山捷平君と太宰治君と落ち合って釣りに行った」というようなことが延々と書いてあるんです。あと、Titleがある横の交差点は八丁って言いますけど、八丁についても書かれてたり。自分の暮らしているところと同じ地名が出てきて、そこに井伏鱒二や昔の、荻窪文士、阿佐ヶ谷文士といわれる人が歩いたことがわかる。本当に繋がっているんだなあと実感できる本です。

この『荻窪風土記』に書かれている荻窪は、川がいっぱい流れてて、そこから水を引いて、田んぼばっかりなんですよ。その中に街道があって、今日は田無まで歩いて行きましたみたいな記述もある。

荻窪だけじゃなくて、それぞれの街にこういう本があると思うので、そういうもののを探して読むと面白いのかなという意味で持ってきました。

金原先生は、旅行に行くときなんかは、行く先の小説家の作品を読んだりしませんか?

金原:実は僕は旅行があまり好きではないんですよ。旅行するのはそこの土地の本屋に行く時だけ。例えば西海岸のサンフランシスコに行くと、着いてもう夕方から本屋に行って、次の日も同じ本屋に朝から晩まで行って、次の日も行って、で翌日小さな本屋を回って日本に帰ってくる。

辻山:本屋しか行ってない。

金原:そう。何故かというと、アメリカやイギリスの大きな街の書店には、その土地に関する作家、あるいはその旅行本がどーんと一つのコーナーにまとまっているんですね。とてもありがたくて。例えば、フロリダはカリブからアメリカへの表玄関なんですね。だからカリブ系の作家の作品なんかをまとめて置いているんです。カリブのいろんな旅行ガイド本とか。そこがとても大きなスペースで、棚を幾つも使ってそういう本を置いてくれているので、まとめてそういうものを見られるわけです。

辻山:サンフランシスコだとどういう感じですか?

金原:西海岸なんで、ワシントンやニューヨークとは全然品揃えが違っていて、やはりネイティブアメリカンの人々の本などが結構多いですし、元メキシコですから、メキシコ系の作家、ラテン系作家のものなんかが充実しています。あとLGBTQ関係の本も、早い時期からたくさん並んでいました。

そういう意味では、旅行はあまり好きではありませんが、あちこちの書店に行くのは好きといえます。辻山さんは旅行はお好きですか?

辻山:私は結構好きですね。日本も好きですし、外国も。

金原:外国はどういうとこがお好きですか?

辻山:昔はお金無かったんで割と近場のアジアや東南アジア、ネパールに山登りにも行きました。海外に行くときは比較的長い期間行くので、分厚い本を持っていくんですよ。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』(新潮社)も、インドに行った時に読みました。だから『百年の孤独』は、勿論コロンビア、コロンビアというか架空のマコンドという都市の話ですが、アウレリャノ・ブエンディア大佐という名前を聞くと、なぜかインドの光景を思い浮かべてしまうんです。

 

「分厚い本を読む気がしない」とき

 

金原:そういえば、お題で「長い本を読むにはどうしたらいいか」というのがありませんでしたっけ?

辻山:実はこれからそれをやろうと。

金原:そうでしたか。

辻山:この『文学効能事典』には、コラム的に「読書の悩みを解決します」みたいなものが間にいっぱい入っているんですけども、その中で「分厚い本を読む気がしない」って悩みがあるんです。それに二人で答えてみようかと。なので「長旅に行くといいよ」というのが私のひとつの答えではあると思うんですけど。

金原:その時の一番困るのは、分厚い本を持って行って、全然面白くなかった時ですね。

辻山:確かに(笑)。金原先生だと、この悩みに対してはどう答えますか?

金原:『文学効能事典』にも「精神的な障壁を打ち破るために、その本をもっと扱いやすいサイズに切り分けよう。」と書いてありますが、まさにその通りです。本をカットして分冊にします。ロベルト・ボラーニョの『2666』(白水社)は7分冊に割って読みましたし。カルロス・フエンテスの『テラ・ノストラ』(水声社)は10分割して読みました。

辻山:その分割したのを持ち歩くっていうことですか?

金原:はい。僕、活字中毒なんで、常に手元に本が無いとだめなんです。朝、厚い本を1冊持って家を出て、電車の中で読んで、最初の50ページ読んでつまんなかったらどうします? しかたなく続きを読みます? それとも本屋行って、何かほかの本を買います? もしかして、それもつまらなかったら? 僕それが嫌なんで、家をでるときには、3冊ぐらい頭の部分を50ページ持ってくんです、切り取って。

辻山:うーん(笑)。

金原:そうすると、どれかが面白い。全部外れたら本屋に行くんですけど。1回切ってしまえば、あとは幾つに切っても同じだし。一日で読めそうな分を切って持って行って、少し残ったらうちに帰って読むという。先日、翻訳家兼小説家の西崎憲さんとお話したら、彼は僕の本を見て、「えーっ、僕は角を折るのさえ嫌なのに、切るとか書き込みするなんてとんでもない」といわれてしまいました。本当に野蛮人扱いでした(笑)。でも、それが一番です。

辻山:そうですか。

金原:で『文学効能事典』にもこんなことが書いてあるんです。我が意を得たりと思いました。「本を大事にしすぎてしまう」という悩みに対する処方箋です。ちょっと読んでみますね。

だが、そういうことにこだわるのはやめにしよう。本はそのなかの世界を見せるためにあるのであって、将来のために残しておく美しい品物ではない。本を折ったり、開いたままにしたり、書きこみをしたりすることをおすすめする。ここぞと思った部分には下線を引いて、余白に「賛成!」とか「反対!」とか書きこもう。他の人にも扉のページに署名や日付を入れてもらおう。絵を描いたり、電話番号やウェブページのURLをメモしたり、日記を書いたり、友だちや世界の指導者への手紙の下書きを書けばいい。小説のアイデアを書いたり、つくりたいと思う橋や洋服のスケッチを描こう。絵葉書を貼りつけたり、花をはさんで押し花をつくったりするのもいい。

次にその本を開いたとき、最初にそれを読んだときに考えたり笑ったり泣いたりした部分がみつかるはずだ。そして、このコーヒーの染みをつけたカフェで、あのハンサムなウェイターと知り合ったんだわ、なんて思い出すことがあるかもしれない。お気に入りの本は、カバーもつけず、色あせて、破れて、ページも落ちかかっているほうがいい。本を友だちのように、少なくともお気に入りのおもちゃのように愛そう。その本は持ち主とともに歳を重ね、しわを増やしていくのだ。

とあるんです。

辻山:はい。

金原:だから、僕は大学の研究室のDVDと本はすべて、学生に貸しだしてます。学生に貸すと、たまに返ってこない本があるんですよ。ボロボロになってくる本もあるし。でも読まれずにそこにいるよりはいいでしょう。辻山さんはいかがです?

辻山:そうですね、そういう人にお勧めしたい小説家っていうので考えてきたんですけど、私だったら、ジョン・アーヴィングをお勧めしますね。

金原:ああ、なるほどね。アーヴィングの何がいいですか? 最初は。

辻山:最初は、何でしょうねえ。『ガープの世界』(新潮社)、『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮社)あたりはどうでしょうか。アーヴィングって訳書がだいたい上下巻になっていて、合わせると600ページくらいになりますが、読み始めると時間もかからないし、読み口も優しいですし、翻訳もよいので、するっと読めてしまうと思うんです。

確かにごついとどこから手をつけていいのか分からないということはあると思うんですが、アーヴィングはちゃんと険しい山に登っていくための登山道のようなものが準備されているような気がしていて、そこから登っていくと読めると思います。それに何よりもエンターテイメントとしても面白いですし。読み終わった時に、いい本を読んだ、文学を読んだみたいなそういう手触りみたいなものもあります。

金原:アーヴィングのユーモアというのが、いいですよね。じゃあ「面白い本をお勧めする」というのが辻山さんの答えになるんですね。

辻山:そうですね。そういう物からじゃあ読んでみたらいいんじゃないかと。

金原:うーん。でもアーヴィングは文庫本で2冊ありますから、やっぱり最初の50ページを切り取るというところから始めるのがいいんじゃないですか(笑)。

辻山:(笑)。あと先生と意見が真っ向から対立するかもしれないですが、分厚い本って、別に読まなくてもいいんじゃないかなあっていう風に半ば思っているところもあるんです。ただ、それは持っておかないといけないですよね。いつか読むから。置いておけば、その本はそれだけで何かしらを発しているから、その人には役に立っているんじゃないか、という意見なんですけど。

金原:僕なんかの場合、やっぱり本相手の仕事なんで、本はたまる一方なんです。そういう意味で「読まないけどもそこにある本」ってのは確かにありますよね。

辻山:ですね。

金原:悩みの種ですよね。だって、1回も読んでないのに、そこにいるわけでしょう。それから、あと『文学効能事典』の中に「文学通に見られたい」という悩みがあって、

「文学通に見られたいという気持ちはよくわかる─読書家、とくに文学に精通している人は、たいてい情緒的に安定していて、成熟しているし、もちろん話していて楽しいからだ」って絶対嘘ですよね、これ(笑)。もうそこから突っ込みが入るんですけど。

しかし、たいして読書家ではないのに、そのふりをしたいという不誠実な態度はよくない。(中略)いいことを教えよう。文学通に見られるためには、そんなにたくさんの本を読む必要はない。ちょっとしたことで、すごい読書家に見られることさえある。適切な本を選んで読めばいいのだ。以下にあげた本は、生涯にわたって、第一印象をよくする役に立つ。運がよければ、ここにあげた本をぜんぶ読み終えるころには、もっと読みたいと思うようになっているだろう。

とあります。僕も、大学で創作表現論っていうのを授業でやってて、毎週、原稿用紙で3枚以上のレポートを書かせるんですけど、隔週で1冊、昔の名作を読んでそれについて書くというのがあります。『オイディプス王』からから始まってダンテ『神曲』地獄篇、シェイクスピアを通って最後は現代小説までいくんです。そうすると1冊読み切れない子も勿論いるんですよ。シェイクスピアは戯曲だから読みづらいとか、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』は長いとか。形式上はちゃんと読めというんですが、その一方で、こういうことにしています。1冊、授業で嫌々ながら途中まででも読んだらね、だいたいの話は分かるだろうから、それまで読んだ中で、気に入った文章とか、「これは何だろう?」という文章があれば書き抜いとけ、と。

すると、その本が話題に出た時に「ブロンテの『嵐が丘』ですか、こういうシーンがありましたよね」といえるじゃないですか。1か所でいいんですよ。「こいつは『嵐が丘』読んでるし、よくそんな細かいところまで覚えているな」って感心されます。これはこれでいいかなと思います。なので、有名な作品は読んだら──読み終えなくてもいいから──気になった部分をメモしてコメント付けておけということですね。忘れちゃったら手帳持ってトイレに行って、そこ開いて、確認すればいい(笑)。

辻山:少しでも作品に繋がりができるってことですからね。それでも読んだことになる。

金原:アメリカの大学生の「読んだフリをしたい本ランキング」の1位がトマス・ピンチョンの『重力の虹』(新潮社)なんです。僕が審査員をやっている日本翻訳大賞第1回目のノミネート作の最後の15冊にこの『重力の虹』が残ったんです。

辻山:はいはい。

金原:15冊を、それぞれ二人が読まなくちゃいけない。で、『重力の虹』が僕に回ってきた。読みました。第3回目のときも、一番長い『テラ・ノストラ』が回ってきた。何故か僕のところに長いのが来ちゃうんです。しかし、どちらも、こういうことでもなかったら、一生読まなかったかもしれません。何かの文学賞の選考委員になるという手もありかも。

辻山:分厚い本を読む気がしないという悩みは解決されましたでしょうか。それでは、そろそろお時間になりましたので、本日のトークイベントはこのあたりで終了とさせていただきます。金原先生、本日はどうもありがとうございました。

金原:ありがとうございました。

(あなたの悩み、文学作品で解消します。『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』刊行記念イベントレポート 金原瑞人さん×辻山良雄さん 了)


 

文学効能事典
あなたの悩みに効く小説
エラ・バーサド/スーザン・エルダキン=著|金原瑞人/石田文子=訳
発売日:2017年06月26日
四六変型・並製|424頁|定価 2,000+税|ISBN 978-4-8459-1620-7
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