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2018.11.22

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる人々に、フィルムアート社から刊行していただいた書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第10回目は弊社刊行の伝説的舞踏家・大野一雄さんをめぐる書籍について、その2冊目となる『魂の糧』の著者でありご自身も舞踏家である息子の大野慶人さんにお話を伺いました。

 

大野一雄三部作と私

魂の糧』は、うちのマネージャーの溝端さんが整理したすごい数の写真を床に広げて、フィルムアート社の津田さんを聞き役に、私が大野一雄について語ったものです。写真はちょっと驚くほどの量でしたよ。床一杯にありましたからね。その2年ぐらい前にも『稽古の言葉』(1997年4月刊)という本をフィルムアート社さんが出してくださっていたんです。大野一雄が稽古で話した言葉を、詩のように並べた本ですね。よくわからない言葉も多いですけれども(笑)。その『稽古の言葉』が意外と売れたんだそうです(笑)。それで、その続編をつくろうということになったと聞いています。『稽古の言葉』は言葉中心だったから、第2弾はイメージの分析をしようということになったそうで、写真を見て私が語ることになった。

大野一雄は私が生まれてひと月で戦争に行ってしまったんです。だから、父親に初めて会ったのは、9歳のときです。そして10歳で初めて一緒に住むようになった。そういう意味では父親に対する思い入れが深い。写真でしか見たことがなかったから、私にとっては不思議な人で、「お父さん」とは一度も呼べませんでしたけどね。同時に、そういう離れていた時間があったから、大野一雄を父親としてでなく、踊り手として客観的に見られる眼を持っていた。だから、この本の語り手としてはぴったりだったんでしょうね。大野一雄について、これだけまとまって話すという機会はそれまでなくて、「顔」や「壁」という具合に、ざっくりとある視点から多くの写真を見ることができて、自分でも今まではっきりしていなかったことが、「ああ、そういうことだったのか」と語りながら腑に落ちて、発見が多かったですね。

目、耳、手というふうにパーツに分けて話してますけど、大野一雄のパーツは、独立させてもそれだけで強いのだということも、改めて感じました。今、一番印象に残っているのはと聞かれれば、手ですね。手は尋常じゃなかった。手の表現がね。本人もパーツまで十分に意識していた。そういう、からだの部分部分への意識があって、その上に「立つ」だとか「歩く」だとかいうことを、実によく細かく分析していましたね。そして、ひとつひとつをとことん追求しておいて、本番になるとすべて捨てるという大胆さがあった。それはやっぱり、戦争を通じてできるようになったのではないかと思います。命と密接に関わっていた。命とは何か、生きるとは何か、死とは何か。戦場に行った者として、それぞれを違うものとして分析できたうえで、ひとつの「生」につなげていく強さを持っていたというんですかね。

この本が出た頃、大野一雄が目の手術をするんで入院しまして。もう90歳を過ぎていましたからね。まだ海外公演にも行っていましたが、だんだん大きな劇場での公演は厳しくなってきたかな、という時期だった。実際、そのすぐ後のニューヨーク公演が、海外公演の最後になりました。そうやって、どこまで舞台に立ち続けられるか、まあ、本人は踊りが大好きで、どこででも踊れれば幸せな人でしたが、周りで支える人間としては、不安に思う訳ですよね。そんな中で出版された本だったので、喜びもひとしおでしたね。

その後、フィルムアート社さんには、『大野一雄 百年の舞踏』(2007年2月刊)という本まで出していただきました。言ってみれば、フィルムアート社大野一雄三部作です。三冊もよく出してくれたものだと思います。有難いことです。

自分で言うのも変ですけど、今読み返してみても、これは、いい本ですねぇ(笑)。どの写真を見ても、ひとつも古く感じない。今でも十分に通用する新しさがあると思います。本のタイトルも、改めて見ると、私と大野一雄との関係を表していて、ちょっとびっくりしますね。私にとってはまさしく「魂の糧」、「魂のたべもの」だったのだなと、今日、気づかされました。

 

大野一雄 魂の糧

大野慶人゠著

A五判|254頁|定価 2,200円+税|ISBN 978-4-8459-9997-2

 

大野一雄 稽古の言葉

大野一雄゠著

A五判|224頁|定価:2,100円+税|ISBN 978-4-8459-9766-4

プロフィール
大野慶人おおの・よしと

1938年東京に生まれる。1959年土方巽の「禁色」で少年役を演ずる。60年代の暗黒舞踏派公演に参画。69年初リサイタル後に舞台活動を中断、85年「死海」で大野一雄と共演、カムバックした。86年以降大野一雄の全作品を演出。ヴッパタール舞踊団ダンサーとの共演「たしかな朝」(2010)、音楽家アントニーとの「Antony & Ohnos」(2010)などコラボレーション作品の他、ソロ作品「花と鳥」(2013)はヨーロッパ(2014)、ブラジル(2015)、中国(2016、2017)を巡演。近作に、アノーニとの共演「たしかな心と眼」(2017)。

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