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2019.10.31

Vol.3 音による新しい気付きのために
細井美裕 インタビュー

Creator's Words / 細井美裕

インタビュー企画「Creator’s Words」、第3回にご登場いただくのは、山口情報芸術センターとNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]という日本のメディアアートの2大拠点で展示を同時開催しているヴォイスプレイヤーでプランナーの細井美裕さん。どちらの会場でも細井さんの声のみを素材に、22.2チャンネルというフォーマットで作られた楽曲『Lenna』を展示。複雑な音楽空間を味わえる楽曲になっており、それぞれの会場で異なる展示形態を展開している。また、細井さんは『Lenna』をアルバムの中の1楽曲としてリリースするだけでなく、クリエイティブ・コモンズとして配布するなど、重層的な取り組みを実践中だ。そんな彼女に、『Lenna』のことはもちろん、山口情報芸術センターで行われるコンサート『Sound Mine』や作品と社会との関係、これまでの歩みなどを尋ねた。
まだ聴いていないという人は、インタビューを読んだあと、実際に会場へと足を運んでほしい。

* * *

――山口情報芸術センター(以下YCAM)の展示シリーズ『scopic measure』の第16弾(2019年11月17日まで)、およびNTTインターコミュニケーション・センター[ICC](以下ICC)で開催中の『オープン・スペース 2019 別の見方で』(2020年3月1日まで)にて展示されている『Lenna』は、どのような作品なんですか?

細井美裕22.2チャンネルのフォーマットで制作された作品で、私の声だけを素材にしています。22.2チャンネルというのは、22個のスピーカーと、0.2の部分にあたる低音を補強するためのサブウーファーが2つという環境です。それは、NHKが8Kの衛星放送における音の規格に想定しているフォーマットなんですね。NHKが開発したのですが、オープンにされている規格で。でも、若いアーティストが気軽にアクセスできるものにはまだなってなくて、フォーマットを開発したところなど一部の人々しかコンテンツを作れていない状態なんです。外から見ている音界隈の人間として、そのシステムだから可能な作品を生み出したい!と考えて作曲家やエンジニアと一緒に作ったのが『Lenna』です。

――音だからこそ作り出せる空間の複雑さを味わえる作品だと思いました。ICCの展示で聴いたとき、楽曲自体がある特定の印象を生み出さないようにしているように感じました。

細井:はい。もともと私が合唱をやっていたということも大きいんですが、合唱ってオペラと違って、匿名性が高い声じゃないといけないんですね。ひとつに聴こえるためには、ひとりだけ目立っちゃいけないんで。匿名性の高い声が私のオリジナリティと言うと変なんですが、ヴォイスプレイヤーとして外部からオファーがあったこれまでの作品でも、その声を求められることが多くて。それはひとつのアイデンティティなのかな、と。匿名性の高い声を活かすためには、明快なメロディーやエモーショナルな要素を入れてしまうと、その部分だけが引き立ってしまうので、聞いた人の感覚を引き出す曲にするためにとにかく削ぎ落として削ぎ落として作っていきました。だから『Lenna』に関しては歌詞とかもなしにしていて。あと、子音だけにしたり。作曲をお願いした上水樽(力)くんは、合唱もよく聴いていて、マニアックなことも知っていたので、これまで話したことを前提に作ってくれるだろうと考え、ざっくりコンセプトは伝えましたが、音楽的なオーダーはほとんどしてないです。
また『Lenna』に関してはメインビジュアルを作っていないんですけど、それは作ってしまうと音のイメージがそこに集約されてしまうと考えたからで。PV制作の話などもあったんですが、受け取ったときのイメージを固定してしまうような視覚的な情報は出さないようにしていて。

――現在2箇所で展示が行われていますが、制作時から展示形態でのアウトプットが頭にあったのでしょうか?

細井:『Lenna』は、もともと作っていたアルバム『Orb』の中の1曲で、展示の予定が具体的にあったわけじゃなかったんです。それでCDをリリースした際にYCAMから展示の話があり、2階ギャラリーで展開できることになって。そのあとICCのキュレーターの畠中(実)さんからもメッセージをもらって、無響室を使わせてもらうことが決まりました。

――では展示の同時開催というのは偶然なんですね。

細井:そうです。そのおかげで、展示の仕方をいろいろと実験をすることができました。展示の際は、与えられた空間に対してまずコンセプトを考えて、それを実現するために楽曲をどう再構築するかエンジニアチームに相談して進めていくんです。
YCAMのギャラリーは、広い階段を上がったところにある特徴的なかたちの空間なんですね。残響がすごくあって。しかも、空間の正面がガラス張りになっていて、目の前に中央公園という開けた場所があり、その先に山が見えるんですね。私はその景色がすごく好きで、それを展示に活かしたいな、と。天気が悪いときもあれば、湿気が多いときもあって、それにより空間の雰囲気も変わるし、階段の下の広場では中学生が勉強していてその声が聞こえたり、そんな外的要因が聴いている人の印象になんらかのかたちで作用するような展示にしたくって。だからギャラリーという空間、ホワイトキューブというものを変に意識して、作品と外的な要因を隔離するんではなくて、視覚的にも聴覚的にも外の情報も取り込んだ展示を目指しました。

――ICCの展示とはかなり違いますね。

細井:真逆です。今回、ふたつを同時期に展示させてもらえたので、意図的に逆にしたところもあります。
YCAMだと、会場にセンサーを取り付けていて、お客さんが空間に入ることで作品が始まるようにしているんですね。ボタンを押すことで作品が響き始めるというような展示方法にしたくなくて。ボタンを押すことで作品が始まるというのではなく、作品と外部がつながっていて、作品という環境に入るといった状況にしたかった。そういう点でも、ひとりだけで部屋に入ってもらい、説明を受け、電気が消え……と順を追って進行していくICCとは大きく違います。
今、電気の話をしましたが、ICCの展示は無響室で行われていて、無響室自体にはなんの情報もないんですね。外的要因から遮断されていて、音の反響もない。なので視覚情報もシャットダウンして暗闇にしたいと。YCAMとは対称的に外部を全部取っ払いたくて。YCAMは外の状態を受け入れながら空間として音を聴いてもらいたいと思っていて、ICCはすべての外の情報をシャットダウンして、お客さん自身の中から生まれる感覚を作品のイメージにつなげてもらいたいと考えていました。
例えばICCの展示を体験した人の感想で「真っ暗なんだけど、お花畑みたいな感じ」とか、逆に「死後の世界」みたいなバラバラな感想をもらうんですね。それは、私が提示したものというより、その人が自分の中からどう想起したかだと思うんですね。

細井美裕《Lenna》2019年 撮影:木奥恵三(写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC])

――YCAM、ICCの展示方法の落差を知ると、細井さんは唯一の正しい再生方法というものを想定していないように感じます。それが個人的にはとても面白いのですが。

細井:そうですね、YCAMとICCの展示方法について付け加えると、YCAMは22.2チャンネルで展示していて、ICCは2チャンネルにしているんですね。前方に2つ並んでいるんではなくて、耳の結構そばに2つ配置していて。なんで2チャンネルにしたかと言うと、まずこの配置は無響室でしか成立しないんですね。反響があるとちゃんと立体的に聴こえない配置で、無響室でしか成立しないシステムを作らないと、無響室でやる意味がないではないか、と考えて組んでいるんです。
そのうえで、音って突き詰めれば正解がないなって。いい音、わるい音論争みたいなのものは永遠になくならないと思いますが(笑)、ただ、適した音はあるし、気持ちいい音とか、気持ちわるい音というのは生理的な感覚で皆の中にあると思うんです。いい、わるいって音に関して、正解を出すことは私にとってはナンセンス。私がいいと思って出したものでも、聴いてくれた人にとっての感想がその人にとっての正解じゃないですか。『Lenna』に関しては、音楽として聴いてもらうというより、音を再生する空間とか、聴く空間に意識を向けてもらえる作品にしたかった。
『Lenna』で目指したものは、今まで説明してきたような、マルチチャンネルで作ったうえでいろいろな場所で展示して、「広い空間だからこう聴こえるんだ」「無響室の環境だからこんな感覚を覚えるんだ」と観客の人に思ってもらえるような、同じ作品だけど展示する空間によって聴こえ方が変わる作品にしたいというのがひとつ。もうひとつは、クリエイティブ・コモンズとして外に出して、社会に実装していくということです。

――空間の話はこれまでの説明で理解できるのですが、一定のルールのもと再配布やリミックスを許すクリエイティブ・コモンズにする理由を知りたいです。それと社会に実装するというのはどういう状態ですか?

細井:CDを出したり、配信サービスにアルバムをリリースするだけでは、消費で終わってしまう可能性が高いと思っていて。音環境を考えるまで進んでほしいと思っているんです。私の言う社会に実装するというのは、聴いた人が自分に置き換えて考えるような状態なんですね。それがクリエイティブ・コモンズとして配布している理由なんですが、ただクリエイティブ・コモンズにすればいいということではもちろんなくて。それを手に取って、実践するところまで機能させないと意味がない。だからオリジナルチームである私たちが、2チャンネルという振り切った再構築をしてICCで展示したんです。もっとめちゃくちゃにしてもらっていいし、やりたいことのための素材として使ってもらえたら、という気持ちが伝わるかなと。そういう意味でクリエイティブ・コモンズでの配布と展示は、私の目標にたどり着くための両輪なんです。
それと先ほど話した子音だけにしたというのは、削ぎ落とすためという理由以外に、エンジニアの人からの「子音が入っていたほうがサウンドチェックに使いやすい」というアドバイス受けてそうしたんです。だからエンジニアや研究者のほうにも向いている機能的な作品でもあって。

――なるほど、『Lenna』についてよくわかりました。ではYCAMで2019年11月15日と16日に開催されるコンサート『Sound Mine』についても伺っていいですか?

細井:現在いろいろな場所の空間の響きを集めていて。コンサートでは、それらの素材を再構成したものを、ヘッドフォンでお客さんに聴いてもらいます。

――ライブなのにヘッドフォンってすごいですね(笑)。

細井:はい(笑)。ただヘッドフォンで流すのは、そうしないと集録した音に会場の響きがかけ合わさっちゃって、ややこしいことになるというのが理由です。今までの話ともつながるんですけど、会場ではないどこかの響きを聴いてもらうというのは、音がどこで鳴っているかとか、どれぐらいの距離からどう聴こえるかとか、受け手の人に考えてもらえるような作品にしたいからで。そのことによって、受け取る人それぞれの中で異なるイメージが組み立っていくようなものにできないかな、と。タイトルのMineには、掘るとか採掘するという意味と、自分のものという意味がかかっていて、自分の音の記憶、音体験を想起するようなコンサートにできればと考えています。

『Sound Mine』イメージイラスト Illustration: Masatoshi Tabuchi (Hekichi)

――音はどこで採取しているんですか?

細井:同じ規定の音を鳴らして、それをマイクで録るということを、YCAMインターラボチームの皆といろいろな場所でやっています。現在(2019年10月24日の取材時)、山口で録った音のみを使用する予定なんですが、楽屋からマンホールの中までYCAMのさまざまな場所で録った音以外に、磯崎新さんがルイジ・ノーノの楽曲の上演を想定して設計した秋吉台国際芸術村や、奈良時代から採掘が行われていた長登銅山でも録音をしました。山口で、しかもYCAMのスタッフと一緒じゃないと実現できないという場所で録ることができました。録った場所は100は越えてないかと思いますが、同じ場所で扉を閉めたりとか机の下とか録り方のバリエーションがいくつもあるので、それを合わせるとゆうに100を越えています。

――どこで録ったか、観客に伝える?

細井:それはしないです。楽屋7・8で録った音というのを教えてから、スタッフに聴いてもらうと「はい、はい、はい」という感じになるんですよ(笑)。それはそれで面白いんですが、どこで録ったかを知ってもらうことが目的ではなくて、それぞれが違うイメージを想起して、組み立ててほしいというのが一番の思いなので、説明はしなくてもいいかな、と。
今回は打楽器奏者の石若駿くんと一緒にやるんですけど、彼の演奏がすごく好きで尊敬しているというのもありつつ、声と打楽器って原始的なのがいいと思っていて。電子楽器みたいに色がはっきり見えたりはしないけど、すごくバリエーションがあるのが面白い。採取したさまざまな空間の響きに、声と打楽器を混ぜ合わせて抽象的な音を作り出すことで、言葉で説明できないような感覚が生まれ、それによってお客さんの過去の音イメージ、それぞれが違うものを想起して、その人なりのストーリーを構築することができるんじゃないかって。
それと、お客さんに自分自身のストーリーを構築してもらいたいので、オーソドックスなコンサートの空間構成とは違うものを考えています。ステージと観客の関係を再考できるようなものにしたい。「演者が空間にいる」という感覚をお客さんに持ってもらえるのが理想です
あとこれは『Lenna』に関しても同じなのですが、ふらっと来て聴いた人が、音楽を聴く以外の気付きを提供することができたら、美術館でやる意義があると思っています。そして、それが社会に実装する第一歩なのかな、と。

プロフィール
細井美裕ほそい・みゆ

1993年、愛知県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。高校時代に合唱部に所属し、現代音楽に触れ始める。合唱部では全国大会や国際大会に出場。大学在学時よりヴォイスプレイヤーとして楽曲、ライブ、サウンドインスタレーションに多数参加する。並行してQosmoのメンバーとしてもさまざまな企画に関わる。2019年6月に、細井の声だけで作られたファーストアルバム『Orb』をSalvaged Tapesよりリリース。同アルバムに収められた『Lenna』は山口情報芸術センターでの企画『scopic measure #16』およびNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での展覧会『オープン・スペース 2019 別の見方で』にて展示される。なお山口情報芸術センターでは2019年11月15日と16日にコンサート『Sound Mine』も開催。公式サイト:https://miyuhosoi.com/

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