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2020.07.21

今石洋之 x スーパーログ
ジャック・カービーにたどり着くために ——『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』をめぐって

レポート / 今石洋之(TRIGGER Inc.), スーパーログ

アメリカン・コミックス史における最も重要なアーティストにして、キャプテン・アメリカ、ハルク、ソー、ファンタスティック・フォー、シルバーサーファーの創造主、ジャック・“キング”・カービー。2019年12月に刊行した『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』は、そんなカービーをめぐる決定版評伝であるとともに、その驚くべき作品の概観を一望できる最上のカービー入門書です。
今回はジャック・カービー、そしてアメリカン・コミックスに多大なる影響を受けながら数々の名作を世に送り出している『プロメア』の今石洋之監督、そして本作の設定に参加され、現在マーベルで「IRON MAN 2020」などのカバーイラストなどを手がけるイラストレーターのスーパーログさんのお二人にお話を伺いました。対談には本書監修を務めた吉川悠氏にも参加いただき、氏の貴重なカービー・コレクションとともに、アメコミの魅力について、カービーの偉大さについて、そして本書の重要性についてじっくり語っていただいています。どうぞお楽しみください。

聞き手:吉川悠+フィルムアート社

 

アメリカン・コミック/ジャック・カービーとの出会い


今石洋之監督(左) スーパーログさん(右)

——お二人がアメリカンコミックに関心を持たれたきっかけはどういったものだったのでしょうか?

今石洋之(以下、今石):うちの父親が海外出張に頻繁に行くような仕事をしていたんです。土産で買ってきてくれた最古の記憶はそのときに読んだ「スパイダーマン」。J・ジョナ・ジェイムソンの息子が、月から持って帰ってきた石でオオカミ人間になってしまう話で、「マンウルフ」だったかな。それとファンタスティック・フォーがゴジラと戦っているコミック。

——「ゴジラ(GODZILLA: KING OF THE MONSTER)」誌ですね。

今石:小学生の頃アメコミって言ったらその2冊しか知らなくて。で、たまに「アメコミのお土産欲しい」って言って。そのうちのひとつにバットマンの何周年か記念のコミックがあったんです(「ANNIVERSARY ISSUE・400」)。十何人かの有名なアーティストが参加していて、その中でビル・シンケビッチ(Bill Sienkiewicz)が表紙と本文5ページくらい描いていた。それを見て「なんなんだこれ?」と思ったのが小学生か中学生くらいの頃。それからしばらくちゃんと読んでいなかったんですけども、大学生の頃、マイク・ミニョーラ(Mike Mignola)とかサイモン・ビズレー(Simon Bisley)とかが出てきた頃に「まんがの森」で海外コミックが輸入販売されるようになったのがきっかけで再燃して。それからずっとちまちまと掘ってたんです。

スーパーログ僕は90年代にジム・リー(Jim Lee)が「X-MEN」を全部リニューアルした頃に日本でもいろんなとこからアメコミ、アメトイ専門誌が出てまして、その影響でアメコミを買い始めたのですが、その前の記憶だと小学生高学年くらいかな、近所の兄ちゃんが持ってた光文社の翻訳単行本(「光文社マーベルコミックス」)の「スパイダーマン」と「ファンタスティック・フォー」の単行本をちょっと読んでて。当時は子供心的に「ダセえ」と思ってたんですよ。モノクロだから塗り絵みたいだし(笑)。

でも当時読んだのが「ファンタスティック・フォー」の第1巻だとすると、それこそカービーの作品だったんですよね、その頃はダサいと思ってたんですが、今でも線の圧とか忘れられないくらいインパクトはありましたね。

今石:僕もカービーは昔から認識していたわけではなくて、ちょうど10年くらい前、アニメのイベントに呼ばれたり、作品のロケハンで海外に行くことができて本国でアメコミを買えるチャンスが生まれたんですが、その時期に「マーベル・マスターワークス(Marvel Masterworks)」というシリーズの廉価版のソフトカバーで「ファンタスティック・フォー」が出ていて。「そういや好きだったな〜」くらいの軽い気分で買ったんですが、実際に読んでみたら描き手がカービーかカービーじゃないかでこんなに違うのかと感じて。

それまで、僕は相当マイク・ミニョーラにハマってたんですけど、ミニョーラってエフェクトを全部丸で描くんですよ。最高にかっこいいけどなんであれやってんだろ?と思っていたら、その元ネタはカービーだった(笑)。

——通称「カービードット」と呼ばれるものですね。

『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、242頁。
1972年に描かれたイラストレーション。「カービー・ドット」が全体に散りばめられている。

今石:あ、全部「ここ」にあるんだ、と。そこからもっとカービー調べようという気持ちにつながったのはありますね。

 

日本漫画とアメコミの違い

——日本漫画とアメコミは最初から異なるものだと認識されていたのでしょうか。

スーパーログ:まったく違うものだと思っていました。

今石:読みづらいからね。

スーパーログ:やっぱり当時ジム・リーにびっくりしたんですよね。影の付け方が、それまでのバタ臭いアメコミのベタの感じと違う。ちょっと日本っぽいんだけど日本人は思いつかないような入れ方で、それが単純にすごくかっこいいなと。

吉川悠(以下:吉川):初めてジム・リーの「X-MEN」を読んだとき、見開きの色の洪水に驚いたのを覚えています。それから巻末にわけのわからない年表がついていて。

スーパーログ:「え、こんなことが!? でもわけわかんねえ!」っていう(笑)。

吉川:「なんで宇宙人と悪魔が一緒に出てるの?!」みたいな感じのが(笑)。

今石:僕は「日本にはいないタイプのこんなに絵が上手い人がコミックをやっている」ってこと自体に驚きがあったんです。ビル・シンケビッチみたいなタイプの絵の人がなんでコミックをやってるのかちょっと理解できないくらいで。でもシンケヴィッチはもともとファッション系のイラストを手掛けていたことを後から知って、ああなるほど、と思って。全然「漫画」っていう概念じゃない、完全にイラストに近いというか。

スーパーログ:だからジム・リーの影や色の付け方もそうなんですけど、日本の漫画に比べると一コマ一コマ、イラストとしての絵の強度が高いので、適当に一コマを切り取ってグッズ化がしやすいというか。でも一コマごとの強度が高すぎるがゆえに流れや動きが掴みづらくて、話が頭に入ってこない部分もあって。だから最初は話とか関係なしに絵だけを見ているような感じでしたね。なんども読み返してからやっと話の面白さに気づいたりしてました(笑)。

吉川:スピード感が違いますよね。セリフと同じコマにト書きというか説明のスペースがあったりするんですが、「パンチしてるだけだから0.5秒くらいでしょ、この場面?」みたいなコマに膨大な情報がある。

スーパーログ:一つのコマに二つ以上の情報詰め込んだりするから情報だけとしても強度が高いですよね。だから一コマ一コマ読むのに時間がかかるというか。だから当時はやっぱり日本の漫画の方が読みやすかったというか、スピード感や動きの表現はうまくできているなあと思っていました。

吉川悠氏持参の貴重なカービー関連資料、『2001年宇宙の旅』や『プリズナー No.6』のコミック版など。

 

筋肉と鎧

今石:日本のセルアニメは、色数を少なくして塗り分けだけでどうやって立体感を表現するかという視点で進化を続けていたんですけど、アメコミも同じように色数を抑えた表現で進化を遂げていて、似て非なる所が面白くて。日本の漫画作品だと表現のアイデアの出所は線のタッチなどで想像がつくんですけど、これのルーツは手塚治虫かなとか、これは劇画かな、みたいな。でもアメコミはたとえば岩の描写ひとつとっても「どういうこと?」「何でこんな形にしたんだ?」ってもう想像がつかない。日本ではやらないようなそういうギャップも面白いんですけど。

マイク・ミニョーラの『ヘルボーイ』が出てきた時に、アニメにも転用できるテイストを探っていたら、ミニョーラは情報が整理されていて、タッチをあまり使わず、塗り面だけで背景も同じ密度で画面が構成されていてアニメっぽいなと気づいて。カービーが一番ノリノリだった頃も、黒と黒じゃないところの面取りがパッキリした、ものすごく明瞭な塗り分けですべてを表現してる。線のタッチよりは日本のセルアニメのように塗り面だけでどうやって表現するのかがアメコミの醍醐味なのかなって。

それからアメコミのキャラクターって基本的にすべてを筋肉で表現しているというか、あらゆるデザインが筋肉を表現するために作られているように見えて。日本の多くのロボットやコスチュームのデザインは、身体にいろんなパーツをくっつけることで強さを表現するわけです。でもアメコミのコスチュームのデザインの多くは、普通に描いたらつるっつるの何もないただの全身タイツでしょう。そこに筋肉をゴリゴリに描いてキャラクターの強さを表現してる。

スーパーログ:その最たるのがカービーの生み出したシルバーサーファーですよね。つるっつるですもんねえ。

『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、181頁。
1970年「シルバーサーファー」誌18号より。

今石:僕がアメトイにハマったときに衝撃を受けたのは、昔のコミック版のハルクバスターのフィギュアを見たとき。「かっこいい」と思ったんだけど、色んなメカパーツのデザインがすべて上腕二頭筋・三頭筋などの筋肉の配置に合わせて作られていて(笑)。シルエットで筋肉が表現できるようになってるのが目からウロコで(笑)。日本のフィギュアだと背中の造形ってそんなに筋肉的な独創性がないんですよ。どちらかというとバックパックとかの装備のリアルさに行く。アメリカのフィギュアにはいろんな人にとっての理想の背中、理想の筋肉表現みたいなものがある。

ガンダム等のメカの立体ってやはり機械か鎧として表現されていますよね。関節がいかにリアルかという表現はするけど、筋肉としては作らない。

スーパーログ:機械なんだから筋肉は直接表現しない、ってしますよね。

今石:設定上中に筋肉がありますとか、そういうメカでもやはり外部に装甲をつけるみたいな。それが日本のバイオレンスの表現だったんでしょうね。デザインとしての。

アメリカだととにかく筋肉。そこがいいですよね(笑)。

——たとえばここでお二人の仕事に繋げさせていただくと、『プロメア』で描かれていたメカというのは、まさに筋肉を基調とした外殻を持つデザインであるように思われました。

今石:そういうところはあるかもしれません。僕とコヤマシゲトさんでやると「メカってことは筋肉だよね」みたいなのが共通として。

スーパーログ:アメコミヒーローは日本の仏像みたいなところもあるんですかね。仁王像とかみたいに無理矢理筋肉を動かない方向まで誇張させて、一目で凄さを単純にわからせるような。

今石:アメコミの作家に比べて日本人は『北斗の拳』みたいな作品は別として、あまり筋肉を描かないですよ、背中は特に描かない(笑)。カービーは背中だけで決めゴマを描いたりするわけですから、すごい(笑)。

 

カービーの真剣な嘘の気持ち良さ

今石:もうひとつ僕がアメコミで面白いと思っているのはメカの謎のディテール。たとえばサイモン・ビズレー(Simon Bisley)が描く銃ってわけのわからない形をしているんですよ。アメリカは銃社会なのになぜこんなにリアルから離れて描くんだろうな、筋肉はこんなにリアルに描くのにと……まぁ子供向けだから描かなかったと思うんですけど、にしても謎メカすぎるだろと思って。

日本のアニメで『マクロス』とかが流行っている頃、たとえば宇宙船の側面をどれだけ線を増やしてリアル風に描くか、といったことが強く意識されていたんです。そういう観点では日本のアニメのメカの描き方って進んでいる気がしていたんですが、一方でアメコミのメカの独創性は日本にはないもので。たんなる幾何学模様なんだけど、でもそれっぽい。

スーパーログ:カービーの描くメカも、実は整合性や立体感がいい加減なのにそれっぽさがすごいんですよね。

今石:そう。だからデザイン性としてはすごい高いというか。

スーパーログ:キャラクターだとオライオンなんかまさにそうで。でも他のアーティストが描くとちょっと面白くなっちゃうんですよ(笑)。あれは本人しか描けないなあと。ブラックレーサーもカービーの絵で見るとかっこいいんだけど、他の人が描くと変な格好してる人がスキーやってるみたいになっちゃう(笑)。

『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、193頁。
1972年「ニュー・ゴッズ」誌1号表紙に描かれたオライオン。

――そのようなカービーのメカデザインの影響も『プロメア』には関わっているのでしょうか。

今石:大きな嘘をついたままリアルに存在するという感じでしょうかね(笑)。

スーパーログ:『プロメア』でレスキュー・ギアが背負うコンテナの絵を描かせてもらったんですね。板状のものが箱になるやつなんですけど。アニメは初めてだったので動きや展開図を考えながら描いてたんですけど、どうしても理屈ぽくなって面白くならないんですが、悩みつつもそのまま今石さんに返したんです。そうしたら今石さんから「そこは魔法なんで」って突然板が箱になる嘘を教えてもらいました(笑)。本編では物理ではありえない経緯で板が箱になってるんですが、違和感はないというか、むしろその嘘が見てて快感があるというか。そういうところはやっぱりカービーの絵の嘘の気持ちよさに近いものがあると思います。

——カービーの絵の嘘の気持ち良さというのはとても核心をついた表現ではないかと思います。キャラクターデザインにも同じものを感じられますか?

スーパーログ:カービーが描くとすごいカッコ良くて説得力があるんですけど『ニューゴッズ』のキャラクターはみんな難しいですねえ。前に今石さんがtwitterにダークサイドのイラストをアップされてましたけども、ダークサイドは描く人を選ぶと思います。僕は今石さんみたくカッコ良く描けないなあ、と。


『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、184頁。

「ニュー・ゴッズ」のために描かれるも使われなかったカービーによるダークサイド。

今石洋之監督によるダークサイド。

 

今石:ダークサイドって最初は「なんなのこのおばちゃん?」って思った(笑)。僕はアメコミにフィギュアからハマったところがあって、マッチョな奴が好きなんですよ、ハルクとかダークサイドみたいな。でもダークサイドってマッチョだけどコスチュームがスカートみたいなんだよね、体型もズドンとしてる。

スーパーログ:マーベルにいる似たキャラのサノスはツノとか各部分にパーツがあって、黄色が入っているので、カッコつけやすいんですが、ダークサイドはほかに特徴がないのでカッコ良く描くのが難しいんですよ。

今石:そう、筒に顔がついているみたいな。これをどうやったらカッコよく描けるんだ、と思って。

スーパーログ:『ニューゴッズ』のどの回か忘れましたけど、オライオンの部屋にいつの間にかダークサイドが椅子に座っている場面があるんですよ。「お前いたのかよ!?」みたいなコマで、それが本当によくて。その「ちょっと間違うと面白デザイン」の二人が同じ部屋にいて。真面目な話するシーンなんですが笑っちゃうんですよ。

でもカービーっていつも真剣だから、笑ってはしまいますけど結果的にはカッコもいいんですよね。そのページも部屋に飾れるレベルでカッコいい。デザインに「笑わせよう」という意識が働いてたらそうならないんじゃないかなと。

でも今回の評伝に「ファンタスティック・フォー」を自分たちでパロディした作品が載ってましたよね。カービーがこんなことするんだって驚いてそっちで笑っちゃいましたけど。一方で、ドゥームがカービーとスタン・リーの編集室に入ってくる楽屋落ちみたいな回も載ってるんですが、こっちは「笑わせよう」って意識はないのかなあ、と思います。すごいカッコもよかった。真剣に描けばカッコよくなるんじゃないかなぁとも思います。このコマポスター欲しいなあ。

『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、130頁。
1970年「ファンタスティック・フォー」誌10号より。
「スタンとジャックが、自身のコミックの登場人物になっている。……ただし、たえず自身の顔を隠しているヴィランの親玉と出会う場面なので、二人も同様に顔を隠している」(キャプションより)

——これほどの画力でそういう遊びするのかと驚きますよね。

スーパーログ:そう、ドゥームの方は割と真剣な話ですもんね、笑わせようとはしてない。でもドゥームって普通にドア開けるんだ、壊して入ってきたりしないんだなって(笑)。

今石アメコミキャラのよくあるギャップですよね。仮面とマントつけた非日常な格好して普通に椅子に座ってるとか、日本人の感覚ではツッコミどころ満載ですけども。

でもカービーの描いたものには不思議な良さがありますよね。

 

カービーらしさとは何か

——以前今石監督は、日本の漫画を原作にするとき、アニメ化の際にどうしても失われてしまうものがあるとおっしゃっていました。そこでは、絵に色と音と動きがつくアニメーションよりも、むしろ漫画の方が多くの情報量を有しているというお話をされていたかと思います。

今石: 日本の漫画だからこそできる情緒って、機械的にセルアニメにすると工業製品のようになって、どんどん失われてしまうんですよ。これはあくまで日本漫画が基本的に個人作業だからだと思います。僕がGAINAXで『フリクリ』とか『彼氏彼女の事情』とかを作ってる頃、漫画をそのままアニメにしようという動きがあったんですが、漫画でどんなに髪の毛の照り返しで色っぽさを表現していたとしても、アニメにすると誰にでも塗れるようなデザインに落としこまねばならなくて、アニメってむしろ逆に情報量を減らしてしまうんです。漫画の方がむしろ情報量が多いというのは、その経験を経てなるほどと思ったんですよね。

しかしそもそもの話、アメコミって最初から集団作業なんですよね。カービーだってペンシラーしかやっていなくて、ペン入れも着色も他の人が担当してる。そういうところにアニメの作り方に近い不思議な面白さがあるんじゃないのかな。アニメを監督するようになってから、デザインなどでアメコミから引用することはどんどん増えてますね。

スーパーログ:『ジャック・カービー』の中で、カービーが描いたスーパーマンが修正された比較の図版が載ってますよね。誰が描いてもキャラが変わらないように、アニメで良くあるような作画修正をされている。

『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、188,189頁より。
1971年「『スーパーマンズ・パル:ジミー・ オルセン」誌143号に描かれたスーパーマン。
左がカービーによる元の鉛筆画、右が最終的に仕上げられ掲載されたもの。髪型を含め、明らかに変化が加えられている。

吉川:この頃のアメコミには「ハウススタイル」といって、マーベルならジャック・カービーに、DCならスーパーマンの顔はカート・スワン(Curt Swan)に似せなさいっていう方針があったんです。もっと後期の作品だとカービーの描いたスーパーマンがそのまま見られたりしますが。

スーパーログ:2015年のカービーの生誕100周年のとき、マーベルからの依頼でフィン・ファン・フームのヴァリアントカバーを描いたんですよ。カービーらしい絵を描こうと思ってはいたんですが、顔だけを龍みたいに勝手に全部変えてラフを送ったんです。それを送ったらマーベルから「思ってもいなかったアレンジのイラストでいいね!」って返事があって、「え、いいのかよ!?」って思ったんですがそのまま仕上げて送ったんです。

スーパーログ作「フィン・ファン・フーム」のヴァリアントカバー(2017年5月発売「Monsters Unleashed! #5」)

とはいえ、やっぱりカービーが描く顔をまんま描いておけばよかったなあ、とちょっと後悔もしてたんですね。でもこの『ジャック・カービー』を読んだら他の作家さんに対する似た話が載っていて、カービーをまんま真似することはしちゃダメなんだ気づきました。カービーらしさって「新しいものを作る」ことでアイデアなり技術を組み合わせて個人では思いつかないようなものができる集団作業ならではの楽しさなのことなのかな、と。

今石:俺の真似をするな、もっと自分のことをやれということですよね。この前、カービーの従軍時代のドキュメンタリーを見て、すごく腑に落ちたことがあるんです。カービーって何でこんなにバイオレンスがうまいのかなってずっと思ってたんですよ。人をぶん殴ってる絵とかの説得力が異常。でもドキュメンタリーを見て納得したのは……ああ、この人は戦争で人を殺してしまったことがある人なんだ、と。

スーパーログ:書籍の最後に著者がカービーに「上司のいじめで悩んでる」って話をしたら、カービーが速攻でその上司のところに「ぶん殴るぞ、てめぇ!」って電話したっていう話もありましたよね。

吉川:活動の初期の頃、スタジオにナチが殴り込みに来たって電話を受けて受付に迎え撃ちに行ったという話もありました。

今石:本の中に収録されてる『ストリート・コード』は自伝的な作品ですけども、子供の頃にレンガを使って喧嘩してたってのはだめですよね、死にますよ。


『ジャック・カービー アメコミの”キング”と呼ばれた男』、30-31頁。
自伝的作品『ストリート・コード』の中でも圧巻の見開きページ。

スーパーログ:カービーはあと具体的に家族を食わせるってわかりやすい目的がありますよね。建前がない。なのでカービーは最後まで怒ってるなあと。『ジャック・カービー』を読むと余計怒らざるを得なかったのかな、って思いますけど。

今石:日本だと「金よこせ」って言いづらいじゃないですか。でも普通はやめますよ、こんなに嫌なことがあったら。いくら当時コミックを描く仕事の選択肢がないとはいえ。でもそこは別のものに変えたくなかったんだね。

スーパーログ:絵以外の仕事はいっぱいあったはずで。マーベルともDCとも喧嘩別れをした後に戻ってきているのを見ると、やっぱり絵を描きたかった人なんだなと。僕が強くカービーに憧れるというか安心感を覚えるのは、なにもないところからのスタートでカービーはキングになってるってところですね。この本の表紙のイラストは選んだのはカービーじゃないですけど、「まさにこれ!」って言うのが選ばれてますよね。怒りの拳。

原書「KIRBY: KING OF COMICS」(Abrams)書影。

今石:中を見たら「そういうことだったんだ」と思いますよね、これは(笑)。いわくつきの絵だったんだと。

 

ジャック・カービーにたどり着くために

――最後に、まだこの本を読んでいない読者の方にこの本のお薦めポイントを教えていただけますか。

スーパーログ:自信に繋がると思うんですよ。これだけ不遇な目にあったのに、こんなにすごい人がいる。その経緯だけでやる気にさせてくれる人だと思うんです。カービーについて詳しくなるばかりでなく、カービーから力をもらえる本だと思います。これを読んだあとにイラストレーターになりたいと思っても、現代ではここまでの処遇は受けないでしょうし(笑)。僕は今石さんの『 天元突破グレンラガン』が、なにかやろう!絵で仕事をしよう!と思わせてくれたきっかけの作品でした。カービーもこの本もそういうきっかけをくれると思います。

今石:カービーはやっぱり最後にたどり着く人、という感じがしますよね。たとえば日本のアニメを紐解いてみると、ある人を境にその以前以後を明確に発見できる喜びがあります。アメコミでも同じで、ある時代を象徴するような絵があったとして、それが流行りで描かれたものなのか、そうではないのかは実際に見ればわかる。カービーは間違いなく後者のような絵を描いた人だということです。でも、そんなすごい人がこんなに苦労してたんだってことをこの本で知ったのは、ちょっとショックでしたね。

――終盤では、権利関係の訴訟に関する一連の問題が細かく記されていますね。

吉川:特にスタン・リーとの確執ですね。もちろんスタン・リーのことを嫌いになれないっていう人もいるんです。ああいうキャラクターを装っていますけども、本書の著者のマーク・エヴァニアによると本当は傷つきやすいおとなしい人だとも言われていて、近くで接していた人じゃないとわからないところがあったとも思うんですね。スタンとカービーの当人同士も、パーティーで会えばお互い礼儀正しく挨拶をして、一緒に壇上に立っていたわけですので。

スーパーログ:少なくとも二人で戦ってた時代があるわけだから、絆はあったんだろうね。

今石:そういう因縁を知る上でも味わい深い本ですね。カービーのコミックは原書なら今はすごく入手しやすいので、この本を読んでカービーに興味をもったら、ぜひコミックを読んでほしいですね。絵を見てるだけで楽しいですから。

 

(2020年3月収録)

協力:株式会社TRIGGER

ジャック・カービー アメコミの"キング"と呼ばれた男

マーク・エヴァニア=著|ニール・ゲイマン=序文
中山ゆかり゠訳|吉川悠゠コミック翻訳・監修

発売日:2019年12月25日

B5判|264頁|本体 4,800円+税|ISBN 978-4-8459-1825-6


プロフィール
今石洋之(TRIGGER Inc.)いまいし・ひろゆき

アニメーション監督・アニメーター

GAINAX在籍時に「天元突破グレンラガン」「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」の監督を務める。
その後、アニメーションスタジオTRIGGERを設立し「キルラキル」をはじめ、斬新な手法・発想を用いた意欲的な作品を発表し、2007年文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、第7回東京アニメアワードテレビ部門優秀賞・個人賞などの受賞歴を持つ。アニメーターとしても高い実力と人気を誇り、海外からも注目を集めるクリエイター。
2019年に監督を務めたオリジナル劇場アニメ「プロメア」が今も尚、劇場にて絶賛公開中。
現在は最新作「サイバーパンク エッジランナーズ(原題)」に監督として参加中。

twitter
http://twitter.com/shiimai

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プロフィール
スーパーログ

イラストレーター
尊敬するRock’in Jelly bean氏に名前をもらい、今石監督の「天元突破グレンラガン」に啓蒙され2009年よりイラストレーターとして活動をスタート。音楽、プロレス、ゲーム、特撮、漫画など様々なジャンルでTシャツ、ステッカー等のグッズイラスト、デザインに従事。
2015年、MARVEL COMICSの企画による「MARVEL Manga Variant」では日本人アーティストの一人として参加。2019年には「Marvel Monsters #1」にて解剖図アーティストとしても不定期的に担当している。
同年、今石監督の「プロメア」で設定として参加。
現在はMARVEL COMICSで「Ironman 2020」のヴァリアントカバーを6号連続で発表中。

Twitter
https://twitter.com/superlog
Web site
https://www.superlog.info

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