• Twitter
  • Facebook
2021.10.05

interview オンライン上に映画祭を生み出すために
濱治佳(山形国際ドキュメンタリー映画祭 東京事務局長)

Creator's Words / 濱治佳

10月7日(木)からはじまる山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)は今年、1989年から続く30年以上の歴史のなかではじめて完全オンラインでの開催を決定しました。世界中の映画人に愛されるのみならず、山形という土地に根付き、人と人と親密な交流の場でもあるYIDFF。オンラインという環境においてなお映画祭という場を維持するためには、どのような試みが模索されたのか、開催を決断するまでの葛藤、上映方式の選択理由や、コロナ禍を経た世界のドキュメンタリーの状況、新たな交流の場として立ち上げた「オンライン香味庵クラブ」や「ドキュ山!ラジオ便」、そして地元・山形の方々からの応援・支援について、東京事務局長の濱治佳さんにお話を伺いました。いよいよ始まる2021年のYIDFFをより楽しむために、ぜひご一読いただければと思います。

================================================================
山形国際ドキュメンタリー映画祭 オンライン開催
2021年10月7日(木)〜14日(木)

YIDFFオンライン特設サイト YIDFF ONLINE! https://online.yidff.jp
YIDFFオンライン上映サイト YIDFF ONLINE! Theater https://screening.ol.yidff.jp/
YIDFF公式サイト https://www.yidff.jp
YIDFF公式Facebook https://www.facebook.com/yidff/
YIDFF公式Twitter www.twitter.com/yidff_8989
YIDFF公式Instagram instagram.com/yidff
===============================================================

 

■オンライン開催決定までの経緯

――まず、2019年から現在に至るまで、山形国際ドキュメンタリー映画祭がどんな動きをなされていたのかについて、お話を伺いたく思います。

濱:この期間の活動を振り返りますと、山形国際ドキュメンタリー映画祭は東京と山形にそれぞれ事務局がありまして、私は東京事務局の者ですけれども、東京事務局と山形事務局の動き方の違いは明確に出ていましたね。
まず皆さんもご存知の通り、山形は感染者が増えたこともありましたけども、基本的に東京ほどの状況には陥っていなかった。とはいえ、もちろん影響はありました。そのひとつに山形国際ドキュメンタリー映画祭には山形ドキュメンタリーフィルムライブラリーという、これまでの受賞作品などを保管しているアーカイブがあって、そこの試写室で過去の上映作品を隔週金曜日に無料上映する催し(「山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー金曜上映会」 )があるんですが、その上映会もやはり昨年の3月から5月の間は中止になりました。またここ数年で力を入れていたこととして、高校生にこの映画祭やドキュメンタリー映画に関心を持ってもらえるように始めた「ドキュ山ユース」というものがあります。これは山形映画祭にボランティアで参加した高校生有志を中心にしたチームが上映会を計画する試みで、それができなくなってしまったことがやはり大きかったですね。金曜上映会などは感染対策をしながら6月以降は続けられたものの、やっぱり学生の方を絡めた企画を続けるのは難しかった。
同時期に映画館や映画祭がオンライン上映でいろんな試みを始めていたことに刺激を受け、我々も別のかたちでユース世代に映画鑑賞に触れられる機会を作るために「10代のための映画便」という、過去の受賞作品4本の無料配信上映を昨年の11月にやりました。4月くらいから話は出ていたものの、予算の関係もありますし、配信用素材も新たに作る必要などもあって時間がかかってしまいましたね。
開催の先行きが見えなかったので、作品募集も例年の9月スタートから後ろ倒しまして、昨年の11月から作品の募集を始めたわけですが、コロナの状況もまだ先が見えず、やはり開催は厳しいのか、それとも可能性があるのか、そんな心の揺らぎを抱えつつ作品に向き合う日々が続きました。その同時期に、前年の山形での上映作品を都内の映画館で上映する「ドキュメンタリー・ドリームショー 山形in東京2020」を予定通りに開催しました。この時期は東京の映画館はもう普通に営業していたものの、やはりトークイベントなどは少なめで。以前は海外から受賞監督を招聘したりもしていたのですが、東京在住の監督を中心に最小限のイベントを組んで実施することになりましたが、想像よりもお客さんが来られていて驚きましたね。やはり尖った作品や見られる機会が限られている作品にはお客さんがかなり集まりまして。やはりこれは東京だからこその動きだなと。私が聞く限りの範囲ですと、やはり地方の映画館の状況は、その頃もそんなに明るいものではないと伺っていましたから。

――当初は例年通りの山形市内での開催を明確に検討されていたということですね。

濱: そうですね、8月2日に記者会見でオンライン開催の発表をしましたが、それを決定したのは7月の半ば頃、6月下旬までは何らかの形で会場開催を残すことを模索していたんです。状況の変化に仄かな期待もしつつ、しかし大きな視野では状況は変わっておらず……。できればギリギリまで、会場開催とオンライン開催の双方の準備を並行して進めて、直前の選択でどちらにするかを決められたらベストだったのですが、やはり事務局のマンパワーや予算の関係上、その選択はできなかった。オンライン開催は初めてのことになるので、国内の映画祭や団体で配信上映をやられているところにもお話を伺って、作品選考の合間に事前のリサーチに時間を費やし、配信プラットフォームを決定しました。

 

■日時指定配信を選択するということ

――本年の開催はオンラインでの開催となりましたが、ひとつ特徴的なのは上映日時が定められた日時指定配信上映になっていることだと思われます。

濱:ええ、今回の上映形式は、期限内であれば作品をいつでも見られるビデオ・オン・デマンド(VOD)方式ではなく、日時指定配信を選択しました。映画祭に関わっている人間はみんなそうだと思うんですが、やはり映画祭では出来る限り会場で上映された映画を一緒に観てもらうという体験をしてもらいたい。でも会場に集うことはできない。じゃあこの状況でどのような形であればその体験が残せるかを考えたんです。
たしかにVODは観客の利便性としては高いわけですが、それを選択しなかったことにはいくつか理由があります。まず、これは実体験でもあるのですが、VODでいつでも見れるとなると、実は逆に作品をなかなか見なかったりするんですよ。私も海外のオンライン映画祭に審査員としての立場で参加することがあるのですが、じゃあ日常業務の間に映画を見る時間を作れるかというと、それはやはり難しかったんです。「この日のこの時間にこの作品が上映される」というふうに限定されることで、映画を見るという体験に能動的になれる部分があると考えたんです。コロナ禍以降、仕事も文化的な活動もあるいは飲み会もすべてオンラインでやるようになって、社会的なコミュニケーションがどんどんプライベートな生活に浸食してきているわけですが、あえてそうした生活の中に映画を見るだけの時間をつくる機会を提供する、そういう試みにしたいと考えたんです。また、日時指定上映にした結果、上映スケジュールが細かく重なっていますけれども、これはいつもの映画祭と同じ条件ですよね。VODに慣れている方だと「全部見れないのか!」と思われることもあるかもしれませんが、あえてその条件のもとで見る作品を選択することも、映画祭の醍醐味だと思うんです。
まだどうなるかわかりませんが、このコロナ禍が終わったあとで再び映画祭を会場開催にしたとき、もし今回VODで開催してしまったら、この映画祭がこれまで培ってきた何かが失われてしまうと思ったんです。それについての議論はなかなか厳しかったですね。もちろんVODにすれば時間の制約がなくなることで、たとえば育児中の方だったり介護があったりするような、そもそも移動が難しい方々に映画祭へのアクセシビリティをより高めることができる。逆に言えば日時指定がそうした方々への可能性を狭めるという意見もあった。それはその通りだと思います。ただ、映画祭の姿勢として今回はそうした形を選ばなかったということです。

――そこには明確な意思があるわけですね。しかし逆にVOD以上に技術的な面では困難が多いのではないでしょうか。

濱:やはりこうしたシステムを動かすには人間の手がかかります。何かトラブルがあったときのために技術者さんが配信上映中は常時待機していないといけない。さらに、視聴トラブルを考慮して配信時間を設定したりと単純な配信設定以上の細かなプラットフォーム設計作業が多々生じています。これは上映だけでなく、監督とのQ&Aでも同じですね。今年のQ&Aは上映終了の10分後に生配信で行う形式になります、つまり例年の映画祭の進行と全く同じ段取りでやるということです。しかしこの準備が大変で……みんなでいちから勉強している状況なのですが、会場でやれたらよっぽどシンプルなのに、と。
オンライン開催と会場開催を並行して準備するのはやはり本当に難しいことがやっていくうちにわかりました。ほかの映画祭さんでオンラインと会場開催を並行して準備していて、最終的に質疑応答はなしで、会場上映のみの開催を選択したところもあると伺っていて、それを聞いたときは「どうしてオンライン質疑応答をやらないんだろう?」と勝手なことを考えたんですが、今ではそのことを申し訳なく思います。コロナ禍で映画館でのオンラインのティーチインなどがたくさん行われていますが、山形映画祭のように様々な国からのゲストを相手に、同時に複数のQ&Aを生配信で行う体制をつくるのは本当に大変なことだと実感していますね。

――具体的にはどのような点でしょう。

濱:まず一番大きいのは時差の問題ですね。それから、オンラインでのやりとりにはどうしても個々人の接続環境に左右されてしまう要素があるところです。ネット環境や、たとえばZoomというプラットフォームにしても、これは決して世界中どこでも使えるものではなく、ブロックされている国もある。そのあり方に政治性が垣間見えることは事実としては面白いんですけども……やはり配信にはポジティブな面もあれば、それを選択することで不可能になってしまうこともあるということはお伝えしておきたいと思います。それは、作品上映についても言えますね。インターナショナル・コンペティション、アジア千波万波に選ばれた全ての作品を配信上映することは不可能でした。細かい理由はそれぞれありますが、共通して言えるのは監督や作品権利者が配信上映を望まなかったからです。これは作家としてのひとつの姿勢の顕れですので、映画祭としてはもちろん尊重しています。同時に配信に合意してくださった作品にも感謝しています。常にどこかアンビバレントな状況に置かれてますね。

 

■映画をめぐる平等とは

――今回のパンデミックにおいて、オンラインで様々な仕事や体験が代替できるという議論はポジティブな面が強く押し出されることが多かったように思います。しかし映画祭という場については、必ずしもそれは当てはまらないということですね。

濱:やはりどんな映画祭でも、その場所に実際に人が集まるということが大きな魅力のひとつなんですよ。作品と観客がリアルに出会え、作家と言葉を交わす、他者とともに暗闇でスクリーンの光を見つめる、観客の息遣いを作家が感受する、などなど会場上映でしか体験できないことはたくさんあります。また、配給の方であれば、ある映画祭について事前に細かくラインナップを調べて予定を立てていたとしても、現地でたまたま会った関係者の「これが面白いよ」という一言が特別な作品との出会いにつながることもある。だからこそ、延期も含めて会場開催をギリギリまで検討していました。
ですが最終的には作品が世に出ないという最大のデメリットを回避すべく、オンライン開催の決定に至りました。応募規約にも「開催形態が変わるかもしれない」と明記していましたが、何らかの形で映画を観客の皆さんに届ける、映画祭本来の姿勢を全うしたいという選択です。
チェコのイフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭という、上映作品のオンデマンド配信をしたりいくつかの映画祭と共同で上映作品をパッケージ売りするなど、商業的にも積極的な姿勢のある東欧の映画祭があるんですけども、そこがヨーロッパの映画祭で東欧のドキュメンタリー映画が年間にどれくらい上映されていたかという統計を出しているんですよ。例年ではだいたい2700本くらいが計上されるのですが、今年の5月に発表ではそれが2000本程度に留まっていました(Variety誌「Documentary Festivals Report 22% Drop in Selected Films During Pandemic」)。つまり全作品のうちで5分の1くらいが発表の場がなくなってしまった。作家側からしてみればある作品を完成させても、それから1年以上経過してしまうと映画祭に応募もできなくなってしまう。そうしたことも考えると、映画祭について中止・延期をするという判断は簡単にはできないんです。

――今回の選択は、ひとつの映画祭という枠を超えたところにも理由があるということですね。

濱:今回の選択がどういう反響を呼ぶのかはわかりませんし、ご批判を頂戴する懸念ももちろんあります。ですが、会場上映と配信上映のハイブリッドでの開催は避けたいと思っていました。簡単に言えば、一部の作品が山形市内で上映されて、一部の作品が配信されるという形態になりますが、そこで難しいと思ったのは「線引き」です。たとえば海外の国際映画祭では、事前にPCR検査で陰性証明を取得したりワクチンを接種していることが参加の条件になることも多いようですが、ワクチンを接種することを躊躇されている方もいますし、単純に予約が取れずに受けられない方もいる。PCR検査だって日本では有料でなかなか普通に受けられるものではない。そうした要素に関わる線引きを、映画祭という組織が引いてはいけない、個々人の事情についてなるべく区別をするようなことをしてはいけないと考えたんです。

――つまり観客に対してだけでなく、作品や作家への平等性も担保することも選択には関わっている、と。

濱:そうですね。たとえば海外映画祭の中には、上映期間、審査期間、授賞式といった期間を分けることでリスクを最大限に減らす選択をとられているところもありますが、山形映画祭はそうした形での区別をするということはできないと考えました。
ただ今回は、審査員に限って山形に来ていただき、スクリーン上映で作品を鑑賞してもらう形をとることにしました。もちろんこの選択にも異論は出てくるだろうと思うのですが、ここは非常に強くこだわった点です。これも私自身の体験なのですが、オンラインでの視聴環境は途中で作品が止まってしまって見られなくなってしまうようなことが典型ですが、作品の鑑賞という体験がどうしても個々人の環境に左右されてしまうところがある。映画祭という場において、審査員同士が同じ環境で映画を見られないというのは、やはり作品にとって良いことではないという判断をしました。

――そうした様々な選択を経てもなお、今年も豊かなラインナップが提示されています。

濱:もしVODにしてしまったら、配信上映できた作品はもっと少なかったと思いますね。作家や配給会社からすれば、VODでの上映は興行に近いかたちになってしまうわけですから。映画祭だからこそ幅広く作品を提供してもらっているわけで、そうであるのなら我々もできる限り映画祭のかたちを維持する必要がある。日時指定配信上映だからこそ、これだけの作品が上映できるということでもあるんです。

 

■本年の作品について

『ルオルオの怖れ』

『ルオルオの怖れ』

 

――本年は準備期間がコロナのパンデミック期と重なっていたわけですが、この状況を扱われた作品も応募があったのでしょうか。

濱:ええ、多くはなかったですが、ありました。そうした状況を扱う作品においては積極的に上映したい、いろんな人に観てもらいたいと思えるクオリティのものはあまりなかったというのが事実です。ただその中で一本、「アジア千波万波」で上映される『ルオルオの怖れ』という作品がありました。「インターナショナル・コンペティション部門」で『自画像:47KMのおとぎ話』が上映されるジャン・モンチー(章梦奇)監督が関わっている、「草場地ワークショップ」という中国のインディペンデント組織があるんですけども、このワークショップに監督のルオルオ(洛洛)さんが参加されたことで生まれた作品なんです。このワークショップは、地域や地元の人に聞き取りをしたり、一緒に身体パフォーマンスをしてコミュニケーションをとられるような活動をされているのですが、パンデミック後もオンラインで活動をずっと続けられていたそうなんです。コロナ禍のもと、ルオルオさんは年配のお父さんと二人暮らしをされていて、感染を避けてビクビクしながら生活していたようなのですが、このワークショップに参加したことがきっかけとなり、映画を制作するに至ったと。ジャン・モンチーはアドバイザー的に参加されたそうです。映画の最後の方に、みんなでこの状況への不安を語る場面があるのですが、これまでになかった開放感、安心感が得られているようで、とてもいい映画なんです。

――特別招待作品として、武漢を被写体とした『武漢、わたしはここにいる』という作品も上映が予定されていますね。

濱:昨年、たまたま武漢で劇映画を撮ろうとしていた武漢近辺出身のラン・ボー(蘭波)監督とそのクルーが、ロックダウンで武漢を出られなくなったことがきっかけで、劇映画用の機材を使い街中で撮影された作品です。重症患者の方や高齢者の方など、本来ならば診断を受けられるはずの人々が取り残されたロックダウン直後の武漢で、ボランティアの方がネットを駆使してサポートや物資を集めるような動きがあったり、監督たちクルーも同じようにボランティアの主体として参加しながら、非常時下の動きを追っていく作品です。だからもちろん撮影などに粗いところはあるけれど、緊迫感はとても高く、コロナ禍のロックダウンによって社会がどう変わっていくのか、何が変わってしまったのかを写し撮っているように思います。

『武漢、わたしはここにいる』

『武漢、わたしはここにいる』

濱:とはいえ、決して何かを声高に告発したり批判するような作品ではないのですが、やはり中国においては、非常にセンシティヴな作品でもあります。今回が世界初上映になるのですが、彼らは2020年に「武漢ではこんなことが起きている」と、世界に知らせるために短い10分程度の動画を発表していたんですよ。それはあくまでも物資を集める目的のためのものだったので現在もアップされています。今回のコンペには、香港での民主化運動を題材にした『理大囲城』という作品の上映もあるのですが、こちらにも近い状況があるように伺っています。

――本年を含め、近年の作品に感じられる傾向や特色というものはあるでしょうか。

濱:近年の作品は、やはり映像や音のクオリティが劇映画並みに高く仕上げられた作品がほんとうに増えてまして、SD画質時代の荒々しい映像が懐かしいくらいなんです。たとえ個人制作でも、機材環境が以前よりも圧倒的に良いものが揃えられるようになって、DCP上映がスタンダードになったことも拍車をかけているのだと思いますが、とにかく「美しい」作品が増えた。確かに美しい、けど、そこに何かが映ってないなと感じることも増えたんです。
今年のコンペ、実は一本だけ16ミリフィルムで撮影されて、本来の上映素材も16ミリの作品があるんですよ。『彼女の名前はエウローペーだった』というドイツの作品で、これはオーロックスという17世紀に絶滅した牛種についての作品です。この牛種についての研究者たちへのインタビューやアーカイブも使われているのですが、それらをただ単純にまとめていくだけではなく、その探求がどのように帰結しなければならなかったかをファンタジックに問うていて、その面白さが伝わってくれると良いなと思っています。

『彼女の名前はエウローペーだった』

『彼女の名前はエウローペーだった』

濱:この作品、実は会場上映を検討していた際には16ミリでの映写を検討していたんですけども、そこで衝撃的だったのは、今の日本には16ミリフィルムに字幕をつけられるところが全然ないってことでした。英語字幕はフランスのラボで非常に低価格で入れられるそうなんですが、これはなかなかショックなことでしたね。

――やはり映画の素材には明確に時代性というものが刻印されていますよね。

濱:それとはまた別のケースですが、同じくコンペで上映される『発見の年』という作品は、コロンブスのアメリカ大陸到達500周年を迎えた1992年のスペインを題材にしているのですが、当時ニュースなどのアーカイブ映像に加えて、本作のために撮影したインタビューもあえてHi-8カメラで撮影した素材を使用している、挑戦的・実験的な作品です。

『発見の年』

『発見の年』

 

■映画祭をより楽しむために

――本年は会場開催ではありませんが、例年と同じく映画祭を楽しむための様々なグッズがオンラインショップで販売されています。カタログなどを扱っているYIDFFショップのほかに、YIDFF ONLINE!「応援グッズ&山形のおいしいもの」という、とても楽しげなショップがあります。

濱:ええ、山形国際ドキュメンタリー映画祭の魅力のひとつが、地元である山形市の皆さんのご支援だと思うんです。協賛企業の皆さんもそうですし、ボランティアの皆さんも本当にたくさんの方が参加してくださっていて、この映画祭を自分たちの映画祭だと思ってくださっている。30年以上の歴史があるとはいえ、今回はオンライン開催ということもあって協賛いただけるところは減ってしまうのかなと考えていたのですが、予想以上に多くのところに協賛していただけました。
物資による協賛もたくさんいただいていて、本年はそうしたものをぜひ観客の皆さんに還元したいということで、まずひとつ「山形お届け便キャンペーン」というものを企画しています。映画祭公式Twitter(@yidff_8989)もしくはInstagram(@yidff)をフォローして、映画やイベントの感想をハッシュタグ#yidff2021をつけて投稿していただくと、いま大人気のシャインマスカットやお米、その他さまざまな山形の物産品を抽選でプレゼントする予定です。 スタッフではなく観客の皆様に還元ということで、私たちは残念ながら一粒も食べれないと思うんですが(笑)。それから例年ではオープニングやクロージングのパーティでアサヒビールさんやキリンビールさん、あるいは山形の酒店さんからの協賛品のお酒を振る舞っていたのですが、今年はオンライン開催ということで、グッズを買ってくださった方に先着順で「香味庵セット」としておまけを付けてお届けします。

――また、上映やQ&A以外にも「オンライン香味庵クラブ」という企画がありますね。

オンライン香味庵(※イメージ)

濱:この映画祭の長年の社交の場であった「香味庵クラブ」ですが、昨年に会場を提供いただいていた「丸八やたら漬」さんが営業を終えられました。ですので、今年も会場開催が可能であればそれに近い場所を作りたいと考えていたんです。あの場所で集まって密になるというのが山形のひとつの魅力でしたから。実はすでに別のところからいくつかオファーはいただいていたんですよ。もちろん会場開催を選択できなかったので保留となりましたけれども。
その代わりとして今回企画している「オンライン香味庵クラブ」は、Special Chatというシステムを使って、映画祭に初めて参加する人向けの部屋、ベテランの人向けの部屋、特殊語が公用語の人向けの部屋、あるいは過去につくられたこの映画祭についてのドキュメンタリー作品を流しながら意見を交換する部屋など、10部屋ほどを準備し、だいたい2時間くらい毎晩オープンして、観客の皆さんに無料で参加していただくような仕組みを想定しています。そこでのコミュニケーションがきっかけで、次の日の観賞作品の選択に影響が出ることもあるのかなと期待しています。人数制限があるので入れない方も出てくると思うのですが、そうなってしまった方々が勝手に別の場所で集まってくれていても面白いのかなと。それも香味庵っぽいですよね(笑)。そのほかにも「ドキュ山!ラジオ便」というポッドキャスト放送も予定していて、ここではスタッフや関係者の人たちと不定期に何か裏話のようなものを配信する予定です。

――お話を伺っていて改めて思うのは、本年の山形国際ドキュメンタリー映画祭はオンライン開催をされるけれども、その環境を利用しながらいかにオフライン的な場をつくるのかを最も大事にされているのではないかということでした。

濱:会場開催のように、みなさんが観客として無作為に集まって出会う喜び自体は、もちろんそのまま再現できないとは思うんですが、今回の時間指定上映での開催の根っこには、できる限りそうしたものを再現したいという気持ちがあるように伝わるといいなと思っています。

 

聞き手・構成:フィルムアート社

収録日:2021年9月22日(オンライン収録)

プロフィール
濱治佳はま・はるか

2001年より山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局スタッフ。「沖縄特集」(YIDFF 2003)、「シマ/島、いま――キューバから・が・に・を 見る」(YIDFF 2011) 、「ラテンアメリカ特集」(YIDFF 2015)などをコーディネート。2015年より東京事務局長。シネマトリックス(映画配給)スタッフ。あいちトリエンナーレ2016映像プログラム・キュレーター。髙嶺剛監督作品『変魚路』(2016)の制作にプロデューサーとして関わる。

過去の記事一覧