• Twitter
  • Facebook
2018.08.27

第5回目:カネイリミュージアムショップ 菅原匠子さん

書店員さんがオススメするフィルムアート社の本 / 菅原匠子

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。フィルムアート社の本と読者をつないでくださっている全国の目利きの書店員さんに、オススメのフィルムアート社の本を紹介していただく本連載。今回はせんだいメディアテークの中にあるカネイリミュージアムショップの菅原匠子さんにオススメ本を紹介していただきました。

 

WindowScape 窓のふるまい学

東京工業大学 塚本由晴研究室=編
A5判|352頁|3,500円+税|ISBN 978-4-8459-1058-8

 

本書は、世界各地の窓を実測や聞き取りなどのフィールドワークを通して記録し、窓に集められたふるまいを観察するものです。

各章は、「にじみの窓」「眠りの窓」「窓の中の窓」など、それぞれの窓のふるまいに見合ったカテゴリに分けられ、気候風土や宗教的規範、建物の用途、窓と周囲の寸法のデータを、写真とエスキースとともに綴っています。

そして、収められているさまざまな窓の写真は、窓からの風や熱、その街の喧騒が紙面越しに感じられるほどにいきいきと美しく、豊かな表情に溢れています。

私自身が各国の風景に触れる機会は主に映画にありますが、印象的な窓の描写を思い返してみると、窓のあちら側とこちら側で変容する世界の要素に惹かれることが多いと感じます。

たとえば、グランド・シャルトルーズ修道院のドキュメンタリー「大いなる沈黙へ」では、室内を撮影している場面に於いて、特に光の存在を強く感じました。アーチ状の天井の回廊を映したシーンでは、上部にある飾り窓から差し込む光が天井の造形と重なって影を生み、長く続く回廊に美しい光の筋をつくり出していました。この場面で、わたしは光が降る音を初めて聞きました。それは、同じ光源であっても、外の風景シーンでは感じられなかった「光の音」が、たしかに窓のふるまいによってもたらされた作用であると思えます。

また、ポルトガルのドウロ河流域の街を舞台にした、マノエル・ド・オリヴェイラ監督「アンジェリカの微笑み」でも、窓は圧倒的な存在を示していました。若くして死した娘アンジェリカの撮影を依頼された青年の住む部屋には、バルコニーにつながる大きな窓があります。窓の外からの光と部屋の暗さの対比は、繰り返す日常と不安定な心情の狭間で憂苦する、青年の内部そのまま映しているようでした。生と死の境目が次第に曖昧になっていく青年は、最後にアンジェリカとともにその大きな窓から外へ飛び去ってしまいます。

本書には「銀河鉄道の夜」の一文が引用されていますが、日常と自分の内部の隔たりの大きさが銀河へまでその鉄道の旅を導いてしまったように、窓は単に建物の内と外の交通を図るディスクロージャーというだけではなく、生と死、日常と幻想を超えた、はるか彼方の場所へと飛び立つ入口にもなっているように思えます。

闇を閉じ込め、光を操り、風を集め、空間を行き来する。計り知れないふるまいを持つ窓についての考察を巡らせるための、道標となる一冊です。

プロフィール
菅原匠子すがわら・しょうこ
東北芸術工科大学卒業後、せんだいメディアテーク内NADiff bis勤務。2011年、震災により閉店。
2012年、同館にオープンしたカネイリミュージアムショップ6に勤務。書籍の仕入れの他、音楽部門のセレクトも担当。
過去の記事一覧