第6回目:「つくりかけ」の本──『つながるカレー』加藤文俊さん | かみのたね
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2018.10.26

第6回目:「つくりかけ」の本──『つながるカレー』
加藤文俊さん

本がつくられるということ−−フィルムアート社の本とその作り手たち / 加藤文俊

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる人々に、フィルムアート社から刊行していただいた書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第6回目は、コミュニケーション学を専門に、学生たちとユニークなワークショップ型のフィールドワークを実践する加藤文俊さんにご寄稿いただきました。

 

 

「つくりかけ」の本──『つながるカレー』

 

原稿の目処が立って、いよいよ本のタイトルを決めようということになり、恵比寿のカフェで、ちいさな「編集会議」が開かれた。いくつかの案が出たが、結局のところ『つながるカレー』にしようということになった。もともと、同じタイトルでブログを書いていたので、それがそのまま採用されたことになる。
本の内容も、書き溜めていたブログの記事を元に、加筆・修正しながら構成した。近年、さまざまな場面で「つながる」ということばが多用されているが、私たちには、「つなげよう」とか「つながろう」といった気負いはない。ごく自然に「つながる」という体験が続いていたので、それを素直にことばにしただけだ。
幸運が続いて、「カレーキャラバン」という活動をはじめてから2年ほど経ったところで、本を出すことができた。そのおかげで、自分たちの活動を「もっともらしく」語れるようにもなった。ことばでは語りえない体験をしていることは間違いないのだが、それでも、ひとたび本という形になると、説得力を持ちはじめるから不思議だ。

本にかぎらず、論文やエッセイなど、文章を書くことは私の仕事の大きな割合を占めている。計画的に執筆をすすめて、しめ切りはきちんと守るように心がける。ひととおり書き終えたら、しばらく寝かせておく。ひと晩でも、文章は少しばかり熟成するので、ふたたび読み直して仕上げるのが理想だ。もちろん、自分で推敲を重ねる。校閲者に恵まれると、誤字脱字や誤変換のみならず、日本語としての表現や内容にまでアドバイスをもらえるので、何度かやりとりしながら原稿を完成させることになる。
もう大丈夫だろうと思えるまで、しつこいくらいに読み返しているはずなのに、実際に刊行されると、誤りが見つかる。必ずと言っていいほど、「もっとちがう表現をすればよかった」「もう少し丁寧に描いておきたかった」などと悔やむ。
個人差はあると思うが、いちど文章を書き終えて入稿しても、ひと息できるのは束の間で、未完成のまま世に送り出してしまったのではないかと自責の念にかられることさえある。それが、つぎを書こうという動機につながっているのかもしれない。いずれは、「完璧」だと呼べるような文章を書くことができるのだろうか。

今年のゴールデンウィークは、岩手県の奥州市に出かけてカレーをつくることになった。そのきっかけは、一通のメールだった。私たちの書いた『つながるカレー』を読んで考え方や活動に共感し、メッセージを送ったとのことだ。これまで、本に挟まっている「読者カード」の類いは、いちども送ったことがない。そのせいもあってか、読者から直接メールが届くようなことは、想定していなかった。だが、あらためて考えてみれば、本を読むということは、遠くの誰かと出会うということだ。ことばは、場所も時間もこえて、見知らぬどうしを結ぶ。
驚きもあったが、そんなメールが届いたら、断る理由は見つからなくなる。私たちは、迷うことなく旅程を組んだ。まさにタイトルどおり、「つながる」ことは嬉しいことなのだ。当日、私たちを招いてくれた青沼さんに会ったとき、初対面とは思えなかった。私たちが書いた本を介して、すでにしばらく前に出会っていたからだ。
一通のメールで出かけることになった奥州のまちは、のびやかな空気に充ちていた。水が引かれたばかりの田圃が広がり、眩しく光っている。鍋をかき回しながら、「つながる」ことの面白さについて話をした。

あのちいさな「編集会議」から、すでに4年が経った。『つながるカレー』は、誰かに読まれるのを静かに待っている。焦らずに、のんびりと「つながる」のを待っている時間は、とても豊かなものだ。本をきっかけに誰かと出会うたびに、定着させたはずの文章が、ふたたび動きはじめる。そう考えると、私たちの本は、まだ完成していないことになる。いまだに推敲をくり返している、「つくりかけ」の本なのかもしれない。

 

 

つながるカレー ──コミュニケーションを「味わう」場所をつくる
加藤文俊+木村健世+木村亜維子=著
四六判|208頁|定価 1,800円+税|ISBN 978-4-8459-1431-9

プロフィール
加藤文俊かとう・ふみとし

1962年京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ラトガース大学大学院コミュニケーション研究科Ph.D.課程修了(Ph.D., Communication)。専門は、コミュニケーション論、定性的調査法。2004年ごろより、「キャンプ」と呼ぶワークショップ型のフィールドワークを考案、大学生たちとともに全国のまちを巡りながら実践している。また、アートプロジェクトにおける実践をとおして、地域や人びとの暮らしを理解するための「方法」を探究している。たとえば「墨東大学」(2010-2011)、「三宅島大学」(2011-2014)、「カレーキャラバン」(2012-)、「茨城県北芸術祭 KENPOKU ART 2016」(2016)、「松戸アートピクニック」(2017)など。主な著書に『キャンプ論』(2009、慶應義塾大学出版会)、『つながるカレー』(共著、2014、フィルムアート社)、『おべんとうと日本人』(2015、草思社)、『会議のマネジメント』(2016、中央公論新社)、『ワークショップをとらえなおす』(2018、ひつじ書房)など。

 

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