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2020.01.16

第2話 禁酒の日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 お母さんに買ってもらったばかりのアイフォンを自慢したくて、お父さんにビデオ通話を繋いだ。
「元気そうだね」とお父さんはいう。
 お父さんは元気じゃなさそう。お酒をやめようとしてやめられなくて、お母さんと離婚してもやめられなかった。お酒をやめられない自分のことが好きなんだよ、とお母さんはお父さんのことをいっていた。私もちょっとそう思う。
「今日は1月16日だよ」と私はいった。「えっとねえ。禁酒の日なんだって。むかし、アメリカで禁酒法が、えっと、この漢字なんて読むの? コウフ? された日」アイフォンを使いこなしているところを見せたかったし、お父さんにいじわるしたかった。早くちゃんとお酒をやめて、帰ってきてほしい。私のそういう想いが、お父さんを傷つけているとかは、全然気づかなかった。お父さんは大人で、私は子どもで、大人はとても弱くて傷つきやすいものだということを私は知らなかった。
「そうなんだ」とお父さんはいった。にこにこしていて、こういう顔のときお父さんはイライラしている。
「それだけじゃなくて、いろりの日だって。いろりってなに?」
「調べればいいだろ? アイフォン買ってもらったんだから」
「そっか」調べると、いろりは囲炉裏という漢字で、こたつみたいなやつだった。
 うん。調べればわかる。そんなこと知ってて、お父さんと会話がしたくて聞いたのに。別に話したい内容とかなかった。ただお父さんと、会話してるっていう時間がほしかった。調べればいいだろ? なんて、いわないでほしかった。私は黙って、お父さんも黙った。ふたりとも、飲み物を何度も飲んだ。コップのなかが空っぽになっても、飲んでいるふりをした。私はお父さんの目をまっすぐ見て、お父さんの目はどこにも焦点が合っていなかった。突然、お父さんが飲んでいるのはお酒なんじゃないかと思った。私が小三のとき体験授業で作ったぐにゃぐにゃの焼き物のコップで、お父さんはお酒を飲んでいる。そう疑ってしまったから、もうだめだった。
「最低」と私はいって、通話を切った。何度もお父さんから着信がきたけど、出なかった。通話のあと、お父さんは本当にお酒を飲んでしまったんじゃないかな。大人になったいまでは、想像できる。