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2020.02.03

第4話 節分の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 通っていた中学の近くに自然公園があって、そこでよく行事が行われた。運動会やマラソン大会、2月の節分の日には、学年全体で豆まきをした。
 私はそのとき二年生で、二年生は84人いた。全員で、学年担当の先生と、カウンセラーさんの計10人に向かって豆を投げる。
すべって転ぶといけないから、豆は特別なものを使う。土に還りやすく、鳥や野生動物がたべてもお腹を壊しにくいもの。けれど、あたるとそこそこ痛い。
 かわいそうだから、私は公園の遊具で死角になったところのベンチに座って、先生たちと生徒からは距離を置いていた。みんな、楽しそう。カウンセラーさんは生徒全員と交流の機会があるわけではなかったから、「投げてこい! ほら! こいよ!」と、プロレスラーみたいな煽り方をしていて、その日から早速みんなにまねをされて人気になった。
 自然公園には一般の利用客もいる。そのひとたちに豆を投げると失格になる。事前に地域の住宅に学校側からチラシを配っていて、もし協力してくれるひとはニセの鬼として参加してください、と募っていた。国語の先生と同級生の酒屋の樹里さんなんかは、わざわざいつも先生が着ているジャージ姿で曲がり角から現れて、たくさんの生徒を失格にした。
 私は、本を読むことにした。体操服の上着のポケットは大きくて硬く、文庫本を入れるのにちょうどよかった。カバーを外した岩波文庫なんか読んでいると、気持ちがよかった。
 ときどき聞こえてくる先生や生徒の楽しそうな声に、私はうまく混ざれなかった。
「なに読んでるの?」
 突然、声がした。本に影がさして、顔を上げると、知らない大人がいる。ニセ鬼のひとかな、と思った。
 ズボンの方のポケットには、豆が30個入っていた。ニセの鬼に豆をあててしまうだけでなく、これがすぐになくなったり、逆に、ぜんぜん使わなかったりしても失格だ。公園には監視カメラがあるから、捨てたりしてもバレる。失格になると、学年度末の大掃除の範囲が増やされる。チャイムが鳴る瞬間に最後のひとつを鬼に投げるのが理想とされていた。
 私はまだひとつも豆を投げていなかった。
 このひとに使おうかなと思った。
 私は、失格になりたかった。
 それも、あんまり目立たないかたちでだ。失格になる理由として、ひとつも豆を投げないというのは、ちょっと不自然なことだ。変わってるひと、という認定をされる可能性があった。すでに豆の数が減り過ぎているひとに豆を売るという手もある。プリントにはそれが禁止とは書いてなかったから、大丈夫だろう。でも、豆を売れるほど仲のいいひとはいない。
 大掃除のとき、早く掃除が終わったりしたら、クラスメイトとなにを話したらいいかわからないでしょ。だから私はここで失格になっておいて、大掃除の時間を増やしたい。
「ニセの鬼さんですか?」と私は聞いた。
「なに読んでるの?」
「えっと、ヴァージニア・ウルフを」
 ちなみに、鬼やニセの鬼でないただのひとに豆を投げると、怒られる。
 でも、怒られるだけ。
「ニセの鬼さんですか?」ともう一度聞く。
 返事はない。ニセの鬼でなければ、否定をすればいい話だ。なにもいわないということはニセの鬼なのだろう。
「おにはそと」
 私は豆を投げた。茶色いユニクロのパーカーの胸の部分に、ぽすんとあたった。
 それは、ちょうどそのひとが、「いいじゃん」と私の選書にいったときだった。
 いいじゃん……いいじゃん……じゃん……ゃん……
 エコーがかかったように「いいじゃん」は響いて、だんだん、そのひとの姿と共に、消えていった。
 ええーーー??「いまの、見た? ねぇ、見ましたか?」近くにいた同級生に手当たり次第に話しかけて、起きたことを説明した。「たぶんあれほんとの鬼ですよ」という私の言葉、だれひとり信じてくれなかったけど、なぜか私は面白がられ、そこそこ友だちができた。大掃除の日も大丈夫だった。

プロフィール
大前粟生おおまえ・あお

1992年、兵庫県生まれ。京都府京都市在住。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が『GRANTA JAPAN with 早稲田文学』の公募プロジェクトにて最優秀賞に選出され小説家デビュー。同年、「文鳥」でat home AWARDの大賞を受賞する。2017年には、第2回ブックショートアワードで大賞に輝いた「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」が、塩出太志監督により短編映画化された。著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス、2017年)、『回転草』(書肆侃侃房、2018年)、『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房、2019年)がある。2020年3月に、新刊『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社、2020年)が刊行予定。

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