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2020.02.05

第5話 ピカチュウの日の話

〇〇の日の話 / 大前粟生

 みずはちゃんはピカチュウが好きで、ピカチュウになるほどだった。中学三年のとき、ピカピカ、ピカピッ、ピッカッチュウ、ピカピッ。ピカピカピ~カ~ピ~と、ピカチュウ語しか話さなかった時期がある。あれは、おもしろかった。
 どれだけ先生に注意されてもみずはちゃんは自分がピカチュウであることを貫いて、保護者を呼び出されまでした。先生がみずはちゃんのことをおかしいと決めつけるものだから、みずはちゃんのお母さんは怒って、いっしょにピカピカいうのだった。
 そのことを、私がれいんに話したからかもしれない。従兄弟のれいんもピカチュウになって、れいんの幼稚園の友だちも全員、ピカチュウになった。
 中学の帰り、私は従兄弟のれいんを幼稚園にお迎えにいくことになっていた。近くまでいくと、なにか音が聞こえる。お迎えのためにまだ残っている子どもたちが一斉にピカチュウ語を話していた。
 しかも、先っぽが黒くて他は黄色い、手作りのピカチュウの耳までつけていた。
「あんまりみんながかわいいからいっしょに作ったんですよ~」って、ばら組の先生が教えてくれた。
 ピッカー、と私に抱き着いてくるれいんの写真と動画を撮って、叔母さん叔父さんとのグループラインに送る。天使。天使すぎ。秒で返信がきた。
 叔母さんたちの仕事が終わるまで、れいんは私の家で待つことになっている。手を繋いで歩いてるあいだ、れいんはピカチュウ語しか話さなかった。ピカチュウになっちゃったんだね~。
 一生ピカチュウから戻れないよ……。
 私はいじわるするつもりでれいんにいったけど、れいんは逆によろこんじゃって、それから何日もピカチュウの言葉しか話さなかった。
「そっかあ、たいへんだねえー」って、一足先に人間に戻ったみずはちゃんはいった。なんで人間に戻ったのか聞いたら、「まあ受験前にやりたいことをやっておきたくてね」とみずはちゃんはいった。
 私も、叔母さんも叔父さんも、今や人間でしかないみずはちゃんもれいんがなにをいっているのかわからなかったが、ばら組の先生だけはれいんの話すことがわかった。
「子どもたちはかわいいですからね」とばら組の先生はいった。私も、高校受験の前にやりたいことをやっておこうと思って、アイフォンで映画を撮っていた。ピカチュウになったひとや周囲のひとにインタビューして、ドキュメンタリーにするのだ。
 幼稚園にお迎えにいったとき運動場の滑り台のそばで、ばら組の先生とれいんがピカチュウ語で話してた。
 先生はいつもみたいにれいんの目線の高さまでしゃがみ込んではいなくて、ただ仲間と話してるだけみたいにリラックスしている。
 笑ってるれいんと、笑ってる先生を見てるとどうしてか、悔しいみたいな気持ちになって、小声でピカピカいいながら、私はふたりに近づいていった。ああ私もピカチュウになってる、と思いながら。

プロフィール
大前粟生おおまえ・あお

1992年、兵庫県生まれ。京都府京都市在住。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が『GRANTA JAPAN with 早稲田文学』の公募プロジェクトにて最優秀賞に選出され小説家デビュー。同年、「文鳥」でat home AWARDの大賞を受賞する。2017年には、第2回ブックショートアワードで大賞に輝いた「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」が、塩出太志監督により短編映画化された。著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス、2017年)、『回転草』(書肆侃侃房、2018年)、『私と鰐と妹の部屋』(書肆侃侃房、2019年)がある。2020年3月に、新刊『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社、2020年)が刊行予定。

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