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2026.09.25

マンガ研究者・小田切博によるアメリカン・ヒーロー・コミックスを解説した連載。第16回目の今回から全3回にわたり「クロスオーバー」の歴史をたどります。DCコミックスの『クライシス・オン・インフィニット・アース』を中心に、スーパーマンとバットマンの共演からマルチバースの誕生、そしてユニバース全体を巻き込む「イベント」へ。複雑化する物語は、コミックスの作り方そのものをどのように変えていったのでしょうか。

文学におけるメタフィクション

主に文芸分野で使われる用語に「メタフィクション(metafiction)」という言葉があります。
簡単にいえば、そのコンテンツの受け手(読者、観客等)に対して当該コンテンツがフィクション(虚構)であることを意識させる手法が用いられた作品、もしくはそのような手法それ自体を指す言葉が「メタフィクション」です。

英語圏における文学用語としてのメタフィクションは、第二次世界大戦後のフランスで1950年代に出現した新しい傾向の小説「ヌーボー・ロマン(nouveau roman)」[1]の影響から出てきたものでした。19世紀以降の近代的な小説の様式を疑い、実験的な叙述技法を導入したこのフランス文学での動きに応えるかたちでアメリカの作家たちによるそれまでのアメリカ文学のスタイルを解体するような作品が1960年代に登場しはじめ、ウィリアム・H・ギャスが1970年に刊行した『フィクションと人生のあり方(Fiction and The Figures of Life)』[2]において自分たちの創作手法の一部をこの言葉によって定義したことから「メタフィクション」という概念は広がっていくことになります[3]。

このように1960年代に言語化され、1970年代に用語として一般化したメタフィクションですが、じつはその種の作劇手法自体は演劇でも、小説でも、映画でも、コミックスでもそれ以前から当り前に劇中で使われてはいました。

そのほとんどが16世紀に書かれたシェイクスピア劇では舞台上の登場人物が観客に向かって語りかけますし、1615年に出版されたセルバンテスの『ドン・キホーテ』第二部では10年前に出版された第一部の読者が物語に登場します。1914年につくられた最初期のアニメーション映画のひとつであるウィンザー・マッケイの『恐竜ガーティ』[4]では、マッケイ自身が画面に登場して観客に向かって恐竜のガーティを呼び出してみせ、同じように初期のコミックブックでは物語の最後でナレーターや主人公が読者に向かって「次回もお楽しみに」といった読者への呼びかけをして終わるのがお決まりのパターンのひとつでした。
物語世界とその受け手を隔てる、いわゆる「第四の壁」[5]の存在は作り手にも受け手にもはじめから自覚されていたのです。むしろ、物語世界が「(受け手が生きる)現実と同種のリアルである」ことを自明の前提とするような作劇のほうが近代的なものだといえます。

アメリカ文学史では、この1960年代から1970年代にかけての動きを「ポストモダン文学」[6]と呼び、この世代の作家たちは小説の形式、ナラティブ面での実験を精力的におこない、テレビ番組や音楽、映画、コミックス、広告などのポピュラーカルチャーからの引用やパロディを大量に含んだモザイク状の物語構造を持つ新しい文学潮流を形成していきました。[7]

イベントとしてのクロスオーバー

現在、スーパーヒーロー・コミックブック出版においては、夏や年末におこなわれる大規模なクロスオーバー展開のことを「イベント」と呼ぶのが慣例になっています。
数か月から下手をすれば半年、一年の期間を、数十冊のコミックブック・タイトルをまたいでおこなわれる現代の大型クロスオーバーは、インターネットや情報誌などを介して事前にリリースされていく設定、プロット、ビジュアルの情報公開も含め、まさにリアルタイムに「体験」していくイベントに他なりません。

いってみれば、それはマーベルユニバース、DCユニバースという大型アミューズメントパークで年一回、期間限定でおこなわれる特別なアトラクションのようなものです。
期間中は常設のアトラクション、カフェ、レストラン等、すべてがその企画に連動しているため、訪れたユーザーはイベントと無縁ではいられず、敷地内のどこにいっても必ず事件に巻き込まれることになります。
アメリカのスーパーヒーローコミックスが日本のマンガやアメリカの「スーパーヒーロー以外」のコミックスともっとも異質な点が、この「イベント」の存在に象徴される、作品、コンテンツ同士の相関性の高さです。IPを企業が管理しているのか、作家個人がライセンスしているのかといったこと以上に、それぞれタイトルの異なる個々のスーパーヒーローコミックは独立した作品ではなく、じつはそれぞれがより大きな物語の一部であり、日本のマンガのようにある特定の作品の連載を追いかけていればそれだけで物語が理解できるような創り方をされてはいません。

ただ、それはあくまで2020年代のスーパーヒーローコミックスの話であって、クロスオーバー企画が最初からそういう意味を持つものだったわけではありませんでした。
スーパーヒーローコミックスにおける最初期の「クロスオーバー」の例は1940年代の『マーベルコミックス』でのヒューマン・トーチとネイモアの対決や『オールスター・コミックス』におけるジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカの結成などになるわけですが、この時期のクロスオーバーは「複数の主役級キャラクターが共演すること」自体がセールスポイントになっている素朴なものであり、このギミックが作劇上の仕掛けとして積極的に利用されていくのは1960年代以降のことになります。

ここではDCコミックスのフルスケール・クロスオーバーの変遷を追っていきたいのですが、導入として1950年代から1980年代までの同社のキャラクターたちの共演について簡単にまとめておきます。

まず1950年代のスーパーヒーロー人気の凋落を受けて、DCコミックスはそれまでブランド価値を温存する目的で社内的に自粛してきたスーパーマンとバットマンという二大スターの共演をレギュラー化しました。1952年刊行の『スーパーマン』76号掲載のSF作家エドモンド・ハミルトン[8]脚本によるエピソード[9]でスーパーマンとバットマンが互いの正体を知ると、1954年DCコミックスはもともとはスーパーマンとバットマンの短編を収録するアンソロジー・タイトルだった『ワールズ・ファイネスト・コミックス』をその71号[10]から恒常的に両者が共演するストーリーを掲載するタイトルへと路線変更します。
この動きにやや遅れて、1956年の『ショーケース』4号[11]での1940年代とは全く違う設定、キャラクターとして再創造したDCのスピードスター、フラッシュの新作発表をきっかけに、DCコミックスのスーパーヒーロー・リメイクがはじまりました。そして、その集大成となったのがフラッシュをはじめ、戦後に登場したスーパーヒーローたちを集合させたスーパーヒーローチーム「ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ」を『ザ・ブレイブ・アンド・ボールド』28号(1960)[12]で結成したことでした。
このチームは登場後すぐに人気を博し、その好調な売上を見たマーベルコミックスもチームヒーロー、ファンタスティック・フォーを皮切りにスーパーヒーローコミックスのラインを復活させ、これ以降アメリカのコミックブック産業は第二次スーパーヒーローコミックス・ブームの時代に入っていくことになります。

マルチバースの導入とDCコミックス

1960年代に入るとスーパーマン、バットマンを含め、DCのスーパーヒーローたちはよりカジュアルに共演するようになっていきました[13]が、次の段階として1961年には『ザ・フラッシュ』123号[14]で1940年代のバージョンのフラッシュを現行の物語世界の平行宇宙「アース2」に存在するヒーローとして再登場させ、現在でいう「マルチバース」の設定を導入しました。
前述の『ザ・フラッシュ』誌で このストーリーの好評を受けて、DCコミックスは1963年には『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』の21号から22号[15]にかけてジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカがジャスティス・リーグ・オブ・アメリカと共演するエピソードを展開、翌1964年には『ジャスティス・リーグ・オブ・アメリカ』29号[16]で「悪のジャスティス・リーグ」であるクライム・シンジケートが存在する並行世界「アース3」の存在を明かし、これ以降スーパーヒーローコミックスでは多元宇宙が存在し、存在する並行世界間をキャラクターが移動して物語が展開されることがほぼ定番化します。
ちなみに、マーベルコミックスにおいてこのマルチバースが設定として明示的に登場する[17]のは、これより10年ほど遅く、ジャスティス・リーグのパロディ的な並行世界のヒーローチーム、スコードロン・シュープリームとアベンジャーズが初邂逅する『アベンジャーズ』85号[18]でのことです。また、この時点ではマルチバースの設定自体、DCコミックスのそれのパロディ的な意味合いが強く、積極的に活用されていたわけではありませんでした[19]。

DCコミックスにとって、1960年代から1970年代にかけてこの「マルチバース」という枠組みの導入が有用だったのは、第一に1940年代に展開された物語群と1956年以降の物語との時系列や連続性、設定等の矛盾や齟齬を両者が別世界、別の時代であるとすることによって簡単に解消できたことですが、このギミックは同時に買取やライセンスの取得によって得た他社のキャラクターIPの物語を「別な並行世界」のものであるとして独立性を保ったまま無理なく出版ラインに組み込むことを可能にした点にもありました。
たとえばDCコミックスは、1966年にコミックス出版事業から撤退したクォリティーコミックス社[20]の人気キャラクター、プラスチックマン[21]を主役にしたシリーズ[22]の刊行をはじめ、同様に1973年にはフォーセットコミックスからライセンスを取得したキャプテン・マーベルのシリーズを創刊しています。これらのシリーズは基本的に元のコミックブック出版社での物語と設定を継承しましたが、扱いとしてはDCユニバースの並行世界での出来事であり、企画に応じてDCコミックスのキャラクターとも共演するわけです。

ホラーやクライム、ロマンスといった意欲的な新ジャンルの開拓によって業績を伸ばそうとしていた新興のコミックブック出版社が1950年代前半のコミックブック・バッシングによって軒並み業績を悪化させ、その多くがコミックブック出版から撤退していく中で、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンという強力なキャラクターIPを所有し、スーパーヒーローリバイバルに活路を見出したDCコミックスは、撤退した競合他社が保持していた既存の人気IPをも押さえることで1960年代初頭にはコミックブック市場における不動のビッグワンの地位に君臨していました。
そこに新しく、同時代的なスーパーヒーロー像を描く新進気鋭のマーベルコミックスが挑戦してきた、というのが1960年代のコミックブック出版、スーパーヒーローコミックス分野の基本的な図式になります。

ポップカルチャー・ライターのリード・タッカーによれば、マーベルがDCのセールスを逆転したのは1972年だったということですが[23]、そこからさらに10年以上が経過し、コミックブック販売においてコミックショップ流通が中心になりつつあった1980年代半ばには、DCとマーベルのコミックブック市場での力関係は完全に逆転していました。
DCコミックス初のフルスケール・クロスオーバーである『クライシス・オン・インフィニット・アース』(1985)が企画された背景にも、この「マーベルに追い抜かれ、業界第二位に転落したまま上昇の機運を掴めないかつての王者」という当時のDCコミックスが抱えていた事情が強く関わっています。
実際に『クライシス・オン・インフィニット・アース』のライターであるマーヴ・ウルフマン[24]は2011年に発表されたインタビュー[25]で、当時のDCコミックスのセールスがマーベルの五分の一ほどでしかなかったと語り、その企画意図を「複雑なDCユニバースを新規読者に分かりやすくするため」のものだったと語っていました。

マーベル vs DC

21世紀も四半世紀を過ぎた現在、マーベルコミックスもDCコミックス同様、きわめてハイコンテクストでひどく難解なコンテンツになっていますが、現在とは違って1960年代のマーベルは新しく、同時代的なユースカルチャーでした。1940年代から継続するキャラクターを数多く抱え、そのキャラクターや物語の知名度をセールスポイントとしてブランド構築していたDCと異なり、1960年代のマーベルはファンタスティック・フォーやスパイダーマンのような新しいキャラクター、ヒーローたちの内面的な苦悩を描く斬新なストーリーテリングによって当時のティーンエイジャーたちからの支持を得て、大衆的な人気を獲得していった新興のポピュラーカルチャーブランドだったのです。
この「革新的なマーベル」と「保守的なDC」というイメージは、第二次世界大戦後のアメリカ消費社会で、ヒップな流行としてコミックスを捉える「若者」層へDCコミックスがリーチするためにはマイナスに働くものだったでしょう。

現在の観点からすれば、人種間対立や薬物濫用などの社会問題に対するアプローチの点では、デニス・オニールとニール・アダムスがDCコミックスで発表した作品群のほうが強い批評性とメッセージを持ち、「作劇の素材」として以上の問題意識が感じられない同時期のマーベルコミックス作品よりはるかに印象に残りますが、1960年代から1970年代にかけてのポップなマーベルと比較したとき、同時期のDCコミックスの作品はビジュアル面でも物語面でも読者の目からは野暮ったく映ったのだろうと思います。
また、アメリカのコミックブック出版においては1980年代の時点でもまだ過去の作品を単行本化して再販売するという商習慣が完全には定着しておらず、古典的な評価を受けたストーリーやコミックブックの歴史そのものを参照するメタフィクション的なストーリーテリングは熱心なファン、コレクター以外には通じにくいものでした。最新のコミックブックのストーリーが単行本化されるのも、過去の古典が参照可能なかたちでアーカイブ化されるのも、アメリカで一般化したのは1990年代のコミックブックブームを経た21世紀以降のことです[26]。
DCコミックスの作品やキャラクターが持つ歴史や過去へのノスタルジーは、目新しさが重視された1980年代半ばのコミックブック市場では、総じて強みというより足枷として働いた側面が大きかったように思われます。

 1980年に作画担当のジョージ・ペレスとともに『ニュー・ティーン・タイタンズ(New Teen Titans)』[27]のリニューアル創刊を担当し、ロビン、キッド・フラッシュ、ワンダーガールといったバットマンやフラッシュ、ワンダーウーマンのアシスタント的なポジションだった10代の少年少女ヒーローたちを集めたティーン・タイタンズというチームのコミックスを、未熟な若者たちの群像劇として再構築し、一躍人気タイトルに育て上げたマーヴ・ウルフマンは、当時のDCコミックスでは唯一マーベル的なポップなストーリーとキャラクター描写を実現していた作家でした。

マーベルコミックスのヒーローたち、特に初期の彼らは冒険の舞台こそさまざまに移り変わるものの、その多くがニューヨーク、マンハッタンに活動拠点を置いており、たとえばファンタスティック・フォーのメンバーとスパイダーマンがその街中で頻繁にすれ違い、あるときは協力し、あるときは対立する、そうした劇中の日常の中で描かれる人間関係のドラマが魅力のひとつになっていました。また、マーベルコミックスでは1975年刊行の『アンキャニイ・Xメン』94号[28]から新鋭クリス・クレアモントがライターに就任し、1970年代後半から1980年代を通じ、それまではパッとしないマイナータイトルと見られていたこの作品を、新しい群像劇としてのスーパーヒーローコミックスへと仕立て直していきます。
親友であるレン・ウェイン[29]とふたりで1968年にデビューし、コミックファンダム出身クリエイター第二世代というべきプロフィールを持つウルフマンは、DCコミックスにおけるクレアモントのXメンへの唯一の対抗馬と見られていたこの『ニュー・ティーン・タイタンズ』によって、マーベル的な集団劇のおもしろさ、キャラクターの魅力をDCユニバースに持ち込んだ脚本家の一人[30]でした。彼のようなクリエイターにとっては、ライセンスごとにキャラクターが管理され、自由に共演させられない当時のDCマルチバースはストレスを感じざるを得ない環境だったのでしょう。そして、それは同時代の読者にとってもDCタイトルへの新規参入に対するハードルになっていました。

実際にウルフマンは、1998年に刊行されたこのシリーズのハードカバー単行本に寄せた序文[31]で、この企画の原点が10代の頃に彼が夢想した「過去、現在、未来のヒーローたちが絡み合う」物語にあったことを書きつつ、その具体化の直接的なきっかけがDC世界の物語構造のややこしさを指摘する読者からの手紙だったことを回想しています。

クライシス・オン・インフィニット・アース

『クライシス・オン・インフィニット・アース』は、DCコミックスの並行世界が次々と消滅していくシーンからはじまり、この脅威に対抗するためマルチバースの管理者である「モニター」が様々な世界、時間からヒーローたちをリクルートし、対抗策を講じていくというかたちで物語が進んでいきます。
ウルフマンとペレスはこのような作劇によって、作品内でメインのDCユニバースのヒーローたちだけでなく、1940年代のヒーローたち、他の出版社出身キャラクターを無理なく読者に紹介し、最終的に並行世界をひとつに統合することで全てのキャラクターを同一世界に集合させ、シリーズ完結後には仕切り直した単線的なDCユニバースの歴史を再構築するという大胆な改変をおこないました[32]。このイベントの結果、DCコミックスの物語ではそれまで無秩序に増加していた多数の並行世界が整理統合され、スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンといった基幹タイトルを含めたDCユニバースの全キャラクターの物語が誕生譚のレベルから新設定に合わせて書き換えられています。
発売直後のセールスこそ飛びぬけたものとはいえませんでしたが、コミックショップではバックナンバーにすぐプレミアがつき、ファンのあいだでこの作品は古典視されるようになっていきます。それはこのイベントがはじめて「コミックブック出版社全体というレベルでの物語の書き換え、設定変更」をおこなう企画だったからです。

現在もDCコミックスの作品、物語を論じる際に「プレ・クライシス/ポスト・クライシス」という時代区分をすることがよくあります。これは多元宇宙での並列的な時間経過、ストーリー進行を前提とした「プレ・クライシス」、つまり「クライシス・オン・インフィニット・アース」の物語以前と「ポスト・クライシス」、それ以降の多元宇宙が一元化されたあとのDCコミックスの世界観では「登場する全キャラクターのプロフィール」が書き換えられてしまっているため、キャラクター同士の関係はおろかその基本設定自体が大きく異なっていることまであり、同一タイトル、同一キャラクターの物語であっても同列に語れなくなったためです。
マーヴ・ウルフマンと作画担当のジョージ・ペレス、DCコミックス経営陣[33]のアイディアと英断によっておこなわれたこの荒療治を経て、物語上の伏線や人間関係はリセットされ、読者にとってはわかりやすく、クリエイターにとっては自由度の高い環境が(一旦は)確保されることになりました。

しかし、この作品(とおそらくはマーベルコミックスが1984年に展開した『シークレット・ウォーズ』)が達成したあまりにも大きな成功が、クリエイターたちが想像もしなかった副産物をコミックブック出版の市場、文化に産み落とすことになりました。
それが、恒常的なフルスケール・クロスオーバーの実施、つまり「イベント」化です。
DCコミックスでは1986年末には『レジェンズ』を展開、1988年には『ミレニアム(Millenium)』[34]と『インベージョン!(Invasion!)』[35]を刊行し、これ以降年一回程度のペースでクロスオーバー・イベントがおこなわれることが常態化していきます。

二つのスーパーヒーローコミックス

定期的にクロスオーバー・イベントがおこなわれるようになったことで「ポスト・クライシス」以降、月刊で刊行されるレギュラーのコミックブックは個々のタイトルの独立性が薄れ、より緊密にタイトル間の物語が結びついた「ユニバース単位での大河長編ドラマの一部」という性格が強くなっていきました。

いっぽうで1980年代のスーパーヒーロー・コミックスは、キャラクター・マーチャンダイズとの結びつきの強化やフルスケール・クロスオーバーの登場とともに、コミックファンに支えられたコミックショップ市場が流通の中心になったことで、クリエイターへの注目が商業展開に直接結びついていった時期でもあります。
マーベルコミックスにおけるエピックレーベルの設立同様、1986年にアラン・ムーアとデイブ・ギボンズの『ウォッチメン』、フランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』が発表されるなど、この時期にはDCコミックスでもユニバースから離れたクリエイターが企画を主導するタイプの作品の刊行が増加していました。

アメリカのコミックブック産業には「クリエイター・オウンド」[36]という概念があり、より文学的な「グラフィックノベル」タイプの作品はもちろん、ミステリやホラー、ファンタジー、スーパーヒーローなどのエンターテインメント、ジャンルフィクションであっても、キャラクターやコンテンツ、世界観といった作品のIP面を出版社などの企業が所有せず、特定のクリエイターが保持しているタイプの作品はすべて「クリエイター・オウンド」タイトルと呼ばれます。
日本国内でアメリカのスーパーヒーロー・コミックスについて語られる際には、DCやマーベルのような企業がキャラクターやタイトルのIPを持つことを、クリエイターからの搾取であり、道徳的に問題があるかのようにいわれる傾向がありますが[37]、実際にはそんなことはなく、この頃には1978年の著作権法改正の影響でオリジナルアートの返却やクリエイターとのロイヤリティ契約の実施など、コミックブック業界では過去の不健全な業界慣習は見直され、撤廃される方向に変化していました。

そもそもキャラクターのIPを企業が所有するタイプの創作は、19世紀末から20世紀初頭のパルプマガジンのブームにおいて、ニック・カーター[38]のような出版社所有のキャラクターの小説が共通のハウスネームを用いて複数の作家によって書き継がれていたところからはじまる商慣習で、コミックブック出版を起源とするものでもありません。
草創期のコミックブック出版がかなり無茶な業界だったことは確かですが、1980年代から1990年代にかけてクリエイターやファンによって批判されることが多かったのは、金銭面等の契約条件より、むしろクリエイターが自由にストーリーやアートを創作できないという点でした。ただ、クリエイター主導のスーパーヒーロー外伝作品の場合、ほとんどが企業IPであることをクリエイターが了解した上で現行ユニバースタイトルとのストーリー、設定上の継続性を考慮しない「創作上のフリーハンド」を保証された作品として制作されているため、この点に関しても問題がありません。

この時期にインタビューなどでクリエイターたちが批判している「大手コミック出版社のスーパーヒーローコミックス」とは、集団制作体制でつくられているため、個々のクリエイターにとっては制約が多く不自由な、レギュラーの「ユニバース」を構成しているタイプの作品のことなのです。

特にDCコミックスでは『クライシス・オン・インフィニット・アース』で一度「ユニバース」内の世界観が一本化されたことで制作体制の二元化が進み、1993年に『スワンプシング(Swamp Thing)』、『サンドマン(Sandman)』といった、それまでレギュラー・タイトルでありながらクリエイター主導で刊行されていたコミックブックタイトルを集めて別レーベルとして独立させた「ヴァーティゴ(Vertigo)」が設立され[39]、わかりやすいかたちでこの「二つのスーパーヒーローコミックス」の分化がこの時期に明確になっていきました。
『ウォッチメン』や『バットマン:ダークナイト・リターンズ』に代表されるクリエイターの作品としてのスーパーヒーローコミックスは、1990年代以降「文学的なコミックス」という意味でのグラフィックノベルの方向へとこのジャンルの裾野を広げていくことになりますが、いっぽうで常に変化し続けている「ユニバース」の側のスーパーヒーローコミックス制作もこの時期にきわめて特殊な方向に進化していくことになります。

集団制作体制の確立

結論からいえば、それはコミックブック制作の完全な集団制作化とストーリー面でそれを統括する一種の「ショーランナー」を置く、ユニバース全体のトータルプロデュースの確立です。

DCコミックスは2010年に「チーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)」の役職をはじめて導入し、初代CCOとしてコミックライターのジェフ・ジョーンズをその地位に据えました[40]。これは映画やビデオゲームなど拡大の一途を辿るスーパーヒーローコンテンツのキャラクター・フランチャイズに対して、DCコミックス側でブランド、制作されるコンテンツ全体のトータルプロデュース、方向づけをおこなう総責任者が必要になったために設けられた役職で、ジョーンズが2018年にDCを離れて以降はコミック・アーティストのジム・リーがその後任をつとめています。
逆にいえば、コミックブック出版における編集責任者は存在したにせよ、2010年になるまでDCコミックスは制作部門の総責任者を置いていなかった[41]訳ですが、これはそもそもフリーランスの外注スタッフ中心で制作されてきたコミックブックの制作現場に組織的な統制の意識が希薄だったからだと思われます。

たとえば、1991年におこなわれたDCコミックス刊行のレギュラータイトルの年次別冊を利用したクロスオーバー企画[42]『アーマゲドン2001(Armageddon 2001)』[43]では、一種の犯人捜しがメインプロットであったにもかかわらず、刊行前にその正体が漏れたために制作途中でストーリー変更を余儀なくされ、以降の出版計画にも影響が出ることになりました[44]。
現在の観点からすれば信じられないような杜撰な情報管理ですが、1990年代に入ってもなおそんなトラブルが生じ、しかもそれを泥縄でなんとかしてしまうような狭い範囲の人間によって創られている世界がスーパーヒーロー・コミックブックだったのです。

マーベルもDCも現代のスーパーヒーローコミックスでは、レギュラーのコミックブック・タイトルはキャラクターやチームごとにグループ化され、それぞれのグループでラインプロデュース的な制作体制が組まれています。
さらに、ユニバース全体を巻き込むクロスオーバーイベントが一定間隔で開催される関係上、現在では自社で刊行中のレギュラーシリーズ全体の流れを把握、監修するシリーズ構成的な役割を担うライターが置かれることが一般的です。この役割を負うライターには特に役職名が設けられている訳ではありませんが、1981年に出版企画として「クライシス・オン・インフィニット・アース」を立ち上げ、過去のコンテンツの調査や現在進行形の自身の担当タイトル以外のストーリーの監修も担うことになった当時のマーヴ・ウルフマン[45]の立場はこの「DCユニバース全体のショーランナー」的なライターの先駆けとなったものだといえます。
ただ、『クライシス・オン・インフィニット・アース』以降のDCコミックスの大型クロスオーバーでは先の『アーマゲドン2001』のようにトラブルが起きたり、グループやタイトル間でのストーリー、設定、出版スケジュールなどの面で調整がうまくいっていない例がたびたび見られました。
(前編了)

注
[1] nouveau roman アラン・ロブ=グリエ、ナタリー・サロート、ミシェル・ビュトール、クロード・シモンといった作家たちが主導した文芸ムーブメント。平岡篤頼, 「ヌーボー・ロマン」, 『日本大百科全書』, 1984, 小学館
[2] William H. Gass, “Fiction and the Figures of Life”, 1970, Alfred A. Knopf.
[3] メタフィクションに関する代表的な研究書のひとつであるPatricia Waugh, “Metafiction – The Theory and Practice of Self-Conscious Fiction”, 1984, Routledge, 邦訳は結城英雄訳, 『メタフィクション―自意識のフィクションの理論と実際』, 1986, 泰流社, をはじめ、この言葉を“Fiction and the Figures of Life”でWilliam H. Gassが造語したとする資料が多いが、オックスフォード英語辞典(“metafiction”, “Oxford English Dictionary”, https://www.oed.com/dictionary/metafiction_n?tl=true)の記述によれば文芸批評誌“Times Literary Supplement”紙上で1960年代に複数回用いられている。この事実を踏まえると、ギャスの著作によって、その手法、コンセプトが明確化し、文芸用語として一般化していったと考えるのが妥当だろう。
[4] Winsor McCay, “Gertie the Dinosaur”, 1913, Box Office Attractions Company
[5] Fourth Wall 第四の壁、もともとは演劇用語。舞台と観客の間に目に見えない壁があり役者は観客が存在しない前提で演技がおこなわれるべきだとする自然主義演劇の演技理論。コミックブックにおいては、自分がフィクションの登場人物であることを自覚しているキャラクターは「第四の壁を破る」と形容されることが多い。
[6] Paula Geyh, “Assembling Postmodernism: Experience, Meaning, and the Space In-Between”, “College Literature”Vol. 30, No. 2, 2003, The Johns Hopkins University
[7] 1980年代以降はその反動からか、よりミニマルな日常を写実的に描くAnn BeattieやRaymond Carverのようなタイプの作家たちが登場し、次の文学的なトレンドを主導していくことになる。Michael ChabonやJonathan Lethemのような、自ら映画やコミックスの脚本を執筆することで、文学とポピュラーカルチャーの世界を積極的に往還しようとする「アメリカ文学」の作家が登場するのは、このミニマリズムが流行したあと、2000年代になってからである。
[8] Edmond Hamilton アメリカのSF、ホラー作家。「キャプテン・フューチャー」シリーズで知られる。1977年没。
[9] Edmond Hamilton脚本, Curt Swan作画, “The Mightiest Team in the World”, “Superman”#76, 1952, DC Comics
[10] Alvin Schwartz脚本, Curt Swan作画, “Batman – Double for Superman”, “World’s Finest Comics”#71, 1954, DC Comics
[11] Robert Kanigher脚本, Joe Kubert作画, “Mystery of the Human Thunderbolt”, “Showcase”#4, 1956, DC Comics
[12] Gardner Fox脚本, Mike Sekowsky作画, “Starro the Conquerer”, “The Brave and Bold”#28, 1960, DC Comics
[13] たとえばGardner Foxは1964年から1967年にかけて、自身が脚本を担当する複数のコミックブックタイトルに新キャラクターZatannaを登場させ、それぞれのキャラクターの単発のストーリーとは別にZatannaが行方不明になった父を探す物語を並行して展開するという、長期にわたって複数タイトルで展開されるクロスオーバーストーリーを実現した。
[14] Gardner Fox脚本, Carmine Infantino作画, “Flash of Two Worlds”, “The Flash”#123, 1961, DC Comics
[15] Gardner Fox脚本, Mike Sekowsky作画, “Crisis on Earth-One!”, “Justice League of America”#21, 1963, DC Comics
Gardner Fox脚本, Mike Sekowsky作画, “Crisis on Earth-Two!”, “Justice League of America”#22, 1963, DC Comics
[16] Gardner Fox脚本, Mike Sekowsky作画, “Crisis on Earth-Three!”, “Justice League of America”#29, 1964, DC Comics
[17] 1960年代のマーベルコミックスでは、並行世界より時間移動によるタイムパラドックスが説明としては好まれていた。
[18] Roy Thomas脚本, John Buscema作画, “The World Is Not for Burning!”, “Avengers”Vol.1 #85, 1970, Marvel Comics
[19] ストーリーの中でその設定が明示的に示され、より積極的に活用されるようになるのは、じつはアメリカのマーベルコミックスではなく、1983年にイギリスにおけるマーベルコミックスの子会社Marvel UKが英国国内向けにマーベルコミックス作品を再編集し、独自コンテンツを加えて刊行していたアンソロジー雑誌“Daredevils”で連載されていた“Captain Britain”のストーリーからになる。コミックブックで展開されるメインのマーベルユニバースを示す「アース616」といった呼称も“Daredevils” #7が初出である。なおこの時のライターはAlan Mooreだが、アーティストのAlan Davisによれば、この設定自体はMooreの前任者であるDave Thorpeによるものだという(Eric Nolen-Weathington, “Modern Masters Volume 1: Alan Davis”, 2007, TwoMorrows Publishing)。
[20] Quality Comics 1936年から1956年まで活動したアメリカのコミックブック出版社。
[21] Plastic Man 1941年“Police Comics”#1でJack Cole作画で初登場したキャラクター。Patrick “Eel” O’Brianという強盗を生業とする小悪党が化学物質の影響からゴム状に体を変形させられるようになり、更生してプラスチックマンとして世直しにいそしむようになる。
[22] Arnold Drake脚本、Gil Kane作画, “Plastic Man”#1, 1966, DC Comics 1977年まで断続的に継続したシリーズ。Plastic Manは他にも様々なタイトルにゲストなどで登場している。
[23] Reed Tucker, “Slugfest: Inside the Epic Battle between MARVEL and DC”, 2017, Grand Central Publishing, ただ、コミックスライター、コミックス史家のJohn Jackson Millerが運営するコミックブック市場研究サイト“Comichron”(https://www.comichron.com/index.php)によれば、当時の流通の変動や資料の少なさから、1970年代のコミックブックに関する刊行点数、売上の総合的なデータは明確なものが発見されておらず、議論の余地が残るものに留まっている。
[24] Marv Wolfman アメリカのコミックブック編集者、ライター。DCコミックスの“Teen Titans”の他、1970年代にはマーベルのホラーコミックスラインの脚本家として人気を博した。彼は商業デビュー前からコミックスだけではなく、ホラー、SF分野でも活発にファン活動をおこなっており、アマチュア時代に発行していたホラー・ファンジン“Stories of Suspense”にStephen Kingの最初期の作品“In A Half-World of Terror”を掲載したことでも知られる(Rocky Wood, “Stephen King: Uncollected, Unpublished”, 2011, Cemetery Dance Publications)。
[25] Harry Siegel, “Marv Wolfman on What’s Got To Die For a New DC World To Live”, “Village Voice”, 2011, https://www.villagevoice.com/marv-wolfman-on-whats-got-to-die-for-a-new-dc-world-to-live/
[26] Marvel Comicsが過去の名作を豪華なハードカバーとしてまとめた叢書Marvel Masterworksの創刊が1987年、DC Comicsにおける同コンセプトの叢書DC Archieve Editions創刊が1989年だが、両叢書ともにコレクター向けの高額商品という性格が強かった。1990年代半ば以降は両社ともさまざまなかたちで廉価版アーカイブ的な単行本の刊行もはじめるが、1990年代はまだ出版フォーマットなどの面で試行錯誤していた。新刊に関しては1990年代後半からマーベル、DCともにクロスオーバーイベントなどは徐々に単行本化されるようになっていったが、刊行されたコミックブックがほぼもれなくブックフォーマットにまとめられることが標準化したのは21世紀以降のことだといえる。
[27] Marv Wolfman脚本, George Pérez作画, “New Teen Titans”, 1980, DC Comics
[28] Chris Claremont脚本, Dave Cockrum作画, “Uncanny X-Men”Vol.1 #94, 1975, Marvel Comics
[29] Len Wein アメリカのコミックブック編集者、ライター。スーパーヒーローに限らず多様なジャンルのコミックの脚本を手がけた。1971年にアーティストのBernie Wrightsonと共にDCコミックスでホラーキャラクター、Swamp Thingを創り出したことで知られる。2017年没。
[30] Marv Wolfmanに先んじてDCにマーベル的な集団劇を持ち込んでいた脚本家が若きJim Shooterだった。
[31] 邦訳は石川裕人, 御代しおり, 松澤慶香訳, 『クライシス・オン・インフィニット・アース』, 2015, ヴィレッジブックス刊収録
[32] この歴史の再構築のための「正史」として“Crisis on Infinite Earths”完結後に刊行されたのが、同じくMarv WolfmanとGeorge Pérezのコンビの手で1986年に刊行された副読本が“History of The DC Universe”である。
[33] 当時の経営陣は取締役社長がJenette Kahn、副社長がPaul Levitz、編集責任者がDick Giordanoだった。特に1981年に社長に就任した業界初の女性経営者であるJenette Kahnは1978年公開の映画“Superman”(Richard Donner監督)のヒットによってDCコミックスのキャラクター・フランチャイズが再注目された際に、親会社であるWarner BrothersがDCコミックスの出版部門を閉鎖し、キャラクターのライセンス管理会社に再編しようとした際にその決断を思いとどまらせ、制作部門の組織改革、クリエイターとの契約の健全化など多方面で画期的な改革をおこない、DCコミックス単体にとどまらずコミックブック出版全体を近代化に導いたもっとも重要な経営者である。“Crisis on Infinite Earths”のような企画が実現したことも彼女の存在が大きかったと考えられる。1993年の“Vertigo”設立やMilestone Mediaとの出版契約なども彼女のディレクションによる。
[34] Steve Englehart脚本, Joe Staton作画, “Millenium”, 1988, DC Comics
[35] Keith Giffen, Bill Mantlo脚本, Todd McFarlane, Bart Sears, “Invasion!”, 1988, DC Comics
[36] Creator Owned コミックスにおいては、あるコンテンツについて、特定個人のクリエイターがすべての著作財産権を持つ出版契約、またはそのような契約を結んで刊行された出版物のこと。
[37] 実際には日本でもウルトラマン、仮面ライダー、ガンダムといった企業IPのコミックスは多数刊行されている。
[38] Nick Carter 1886年“New York Weekly”Vol.41 No.46から連載された小説”The Old Detective’s Pupil; or, The Mysterious Crime of Madison Square”で初登場したアメリカの探偵、スパイ小説の主人公。アイディアは出版社であるStreet and Smith社創業一族のOrmond G. Smithだが、小説の執筆自体はJohn R. Coryellがおこなった。このキャラクターは1896年には“Nick Carter Weekly”というその名を冠した週刊誌が創刊されるほど成功し、以降執筆者を変えながら複数のハウスネームで書き継がれてきた。アメリカ、ヨーロッパ、南米などで映画やラジオ、テレビドラマ、コミックスなどのメディア展開もしている。
[39] これも誤解を招きやすい点だが、Vertigoレーベルの初期タイトルは、すべてレーベル独立以前は「ユニバース」内のタイトルとして刊行されており、独立後に単行本がVertigoレーベルから発売されたAlan Mooreの“Saga of the Swamp Thing”やGrant Morrisonの“Doom Patrol”などの作家性の強い作品もコミックブックとしては「ユニバース」内の作品として刊行されていた。
[40] “DC Names Dan Didio and Jim Lee Co-Publishers, Geoff Johns CCO”, “The Flickcast”, 2010, https://theflickcast.com/2010/02/18/dc-names-dan-didio-and-jim-lee-co-publishers-geoff-johns-cco/
[41] Geoff JonesのついたCCOは、それまで存在したコミックブック出版の編集責任者ではなく、DCコミックス所有IPのフランチャイズ展開をコントロールする立場であり、ゲームや映像化、キャラクター・マーチャンダイジング展開などにも発言権を持ち、コミックス展開の情報を他メディアでの展開に共有し、映像展開の情報を元にコミックブック出版企画をコントロールする調整役である。
[42] この年次別冊でクロスオーバー・イベントを展開するフォーマットは1988年にマーベルコミックスが年次別冊で展開した“Evolutionary War”を嚆矢とする形式だが、レギュラーシリーズのストーリーをイベントにからめるよりは物語の連続性への影響などの編集上の問題を最小限に留められるため、この作品以降、DCコミックスでも定番化する。
[43] Archie Goodwin, Dennis O’neil脚本, Dan Jurgens作画, “Armageddon 2001”, 1991, DC Comics, 物語の導入とラストだけが同タイトルのシリーズとして刊行され、本編にあたる部分は各レギュラータイトルの年次別冊で展開された。
[44] Joshua Isaak, “DC Ruined A Story By Changing The Twist Ending After It Got Spoiled”, “Screen Rant”, 2021, https://screenrant.com/dc-comics-armageddon-2001-monarch-captain-atom-twist/
[45] Tucker Reed, “Slugfest: Inside the Epic Battle between MARVEL and DC”, 2017, Grand Central Publishing