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ベルリン狩猟日記 /千木良悠子 
ベルリンに到着/「迷惑メールをチェックして!」|住民登録・関税局・銀行口座開設/日本食ナショナリズム
2018.07.16-07.31

ベルリン狩猟日記 / 千木良悠子

ベルリンに到着/「迷惑メールをチェックして!」

7/16(火)
朝、バスタ新宿から成田空港行きのエアポートリムジンに乗る。7月半ばの日程で最も値段が安かった、アエロフロートのチケットを買っていた。少し早めに成田空港に着いたのに、アエロフロートのチェックインカウンターには長蛇の列ができていた。海外旅行を全然しないわけじゃないけど、慣れてもいないので、問題なく飛行機に乗れるのか不安になる。何十分か待った後にチェックインの順番が来たと思ったら、係員が私のパスポートを変な顔をしてしばし眺め、どこかに電話している。インターネットでチケットを買うときに慌てたせいで、名前と苗字を逆に登録していたらしい。係員がその場で修正してくれたようだけど、名前と苗字なんてそうそう間違えるもんじゃない。こんなにぼんやりしていて、無事に着くんだろうか。

のんびり売店など見て油を売っていたら、本当に乗り遅れるかもしれない。

さっさと出発ゲートまで行って、ベンチに腰掛けていようと思い、急いで出国審査をした。何か食べておきたかったが、ゲートの近くにはスタバかマクドナルドぐらいしかない。羽田の出発階にはもっと寿司屋とかあった気がしたのに、成田ってこんなだっけ? 案内図を見ると、どのレストランにも休憩所にも外資系企業の名前が冠してある。外国人観光客向けの和食レストランで、小さくてやたらと値段の高い、素うどんにわかめだけ入ったのを食べた。海外旅行をする日本人が減っていると聞くが、もう成田空港が利用者のターゲットとしているのは、ジャパニーズ・キュイジーヌ「Udon」を食べる富裕な外国人だけで、日本の街中で、日常的に安いうどんを啜って空腹を充たしている人々ではないのかもしれないな、と少し哀しくなった。ゲートに来ただけでこんな疎外感を覚えるなんて、そりゃ海外旅行をする日本の若者が増えないのも当然かもしれない。

ゲートのベンチに座ってiPhoneのSIMをヨーロッパで使えるものに入れ替えた。登録に必要なパスワードの記入されている、SIMの包装パッケージを家に忘れてきたことに気づいて、また慌てる。自宅にいる母親に連絡してスマホで写真を撮って送信してもらった……。

成田からモスクワまでまず8時間ぐらい飛行機に乗った。機中で映画を見ようとするが、全然集中できないので、トークイベントの際に話題になった島尾敏雄の『死の棘』を読んでいた。この世に小説があって良かったと思った。空港や飛行機の中で不安を抱えて、所在なく居たとしても、文章に描かれている何十年も前に亡くなった他人の人生の中に、自分の居場所を発見することができる。人間にそんな能力が備わっていることが不思議であるし、心強いと思った。

モスクワの空港で乗り換えをした。カフェでサーモンのサンドイッチを食べながら2時間待ち、ベルリン行きの飛行機に乗る。3時間ほどで着いたが着陸直前にトイレに行きたくてたまらなくなった。シェーネフェルト空港の入国審査場のすぐ脇にあるトイレにようやく駆け込むまで、生きた心地がしなかった。

空港の待合室で、ドイツ人の友人のクリストフ・ペーターマンと、これから住むアパートの家主、翻訳家の明石政紀さんが待っていてくれたので安堵した。

外に出ると辺りはもう暗かった。二人の案内で、バスと地下鉄を乗り継いで、シャーロッテンブルクという西の地域にあるアパートに向かった。

明石さんのアパートには、以前ベルリンに来たときに、二度訪れていた。明石さんは今年の秋から春の間、日本に帰国する予定で、「もしベルリンに住みたいのであれば、その間に部屋を貸してもらえる」と聞いたのも、こちらに来たきっかけの一つだった。この夏から秋までは、二部屋あるアパートをシェアして住み、秋からは一人で暮らすことになる。住まいは、いわゆる「アルト・バウ(=古い・建築)」という、天井の高い年季の入った建物だ。壁や天井の漆喰に花模様が彫られていたり、階段に絨毯が敷いてあったりして大変美しいが、エレベータはない。部屋は3階だが、こちらでは1階を0階と数えるので、日本式に言うと4階だ。スーツケースの中身を出して、明石さんと手分けして部屋まで運んだ。
部屋は綺麗に片付けられ、歯ブラシやタオルまで用意してあった。ワインとパンとチーズの簡単な夕食を出していただいた後、風呂に入って眠った。

7/17(火)
差ぼけなのか、朝早く目が覚めた。スーツケースを開けて、部屋の洋服箪笥や引き出し、本棚に持ってきた荷物を収納していった。Facebookを眺めていたら、日本でお会いしたことがある、中島那奈子さんという、ダンス研究者でありドラマトゥルクの仕事をされている方がベルリンに来ていて、この日の夕方、ベルリン自由大学のダンス演劇科のゼミで、研究発表をするという情報を得た。テーマは、私の好きなニューヨークの振付家、イヴォンヌ・レイナーについてだ。ぜひ発表を聞きたいと思って連絡を取り、ゼミを見学させてもらうことにした。

パンとコーヒーの昼食を取ってから、まずは家の近辺で買物をした。最寄り駅Wilmersdorferstrasseの周りはかなり賑やかで、大きなショッピングセンターやデパートが立ち並んでいる。TigerやWoolworthといった大きなチェーンの雑貨店で生活に必要な、石鹸置きやごみ箱やノートなど、細々したものを買った。

明石さんに近所を案内してもらいながら歩いていたら、ドイツ人の友人であるElenaから携帯にメッセージが入った。「ユウコ、迷惑メールをチェックして!ベルリン文学コロキウムの担当者が、ユウコと連絡を取りたがっている」。

じつは2018年の年明けに、ベルリン文学コロキウムという文学団体と、Robert Boschという企業の財団が共催している、’Crossing Borders‘という滞在助成プログラムに応募をしていた。ドイツに滞在して、作品制作のためのリサーチをしたいアジアの数カ国のアーティストを対象とした助成だ。私は、知人がTwitterで呟いているのを見て、そのプログラムを知ったのだが、このWeb連載「東京狩猟日記」を発展させ、ベルリン滞在記を書いて出版するという企画書を書いて、ダメもとで申し込んでいた。夏前にメールで返事が来るというので待っていたのだが、一向に連絡がないので不採択だったのだと諦めていた。どうやら、予定より早い5月頃にすでに承認の返事を貰えていたらしい。急いで部屋に戻って「迷惑メール」の受信箱を遡ると、果たして本当に「おめでとう!」という、大変フレンドリーな文面の承認のメールが来ていたのだ。短期滞在者のための助成なので、私の希望通り1年滞在するには多くない額だが、少しは安心して暮らせる。半ば勢いで来てしまって、言葉も分からない国でやって行けるのか、ビザが取れるのか、不安が山積みだったが、幾らか気持ちが楽になった。

晴れやかな気持ちで、家の近くの「ライプニッツ通り」のバス停から、ベルリン自由大学演劇科の建物がある南の方角に向かうバスに乗った。ベルリンに来てから、本当に何もかもスマホのアプリに頼りっぱなしの生活をしている。Googleマップの指示する通りに歩くと、何の問題もなく時間より少し前に大学に着くことができた。

十数人のゼミ生と、ベルリン自由大学演劇科指導教授であるガブリエレ・ブラントシュテッター氏と共に、中島那奈子さんの発表を聞いた。彼女は、2017年に京都芸術劇場「春秋座」で、イヴォンヌ・レイナーに関するエクシビジョンを開催したのだが、この日行われたのは、その成果報告も兼ねた研究発表だった。中島さんは、写真や映像を挟みつつ、英語で発表をされていた。エクシビジョン期間中には、レイナーが60年代に踊った代表作「Trio A」を現在のダンサーや日本の能楽師たちが再現する、というショーイングを行ったそうで、その映像も見ることができた。年齢を重ねた最近のレイナーが過去作品「Trio A」を自ら再現した映像も。

歳を取ったレイナーは、確かに若いときより動きづらそうなのだが、見ているうちに、「かつてのTrio Aってこんなだっけ?」と記憶を辿りたくなり、その映像にはない半世紀前の踊りの動線までもが、頭の中に二重三重に描かれ始める。その動線の集合は、次第に見る者自身の「若さと老い」を結ぶ長い時間のイメージそのものへと近づいていく。1960年代のニューヨークで、厳しく理論づけしながら創り出された振付は、時を経ることでさらに膨らみを増したのだと思わされた。ダンスの美は最早、手足が長く若さを湛えた、特定の人種の男女らの傲慢な独占物ではなく、私たちの「老い」や「身体」や「美」に関する考え方や、記憶の有り様に伴って、自在に変化を遂げるものなのだ。私たちの頭の中身が変わっていけば、この振付の指し示すヴィジョンは、未来に至っても変わりつづけていくかもしれない。

ゼミが終わってから、近くの公園のレストランで中島さんと、発表に同席されていたベルリン在住のアーティスト・手塚愛子さんとビールを飲んだ。陶器のポットの中でお湯に浸かっている白いソーセージを、ナイフとフォークで切り刻んで食べた。中島さんにポストモダンダンスについて等、少し質問をすると、発表が終わってお疲れだろうに、惜しげもなく解説してくれた。

友人のエレナが連絡をくれて、公園まで会いに来てくれた。彼女はベルリン自由大学の日本学科の教授なのだが、近くのオフィスでちょうど仕事を終えたところだという。あたりが暗くなる頃、エレナと連れ立って場を辞したが、帰り道で突然エレナが「私の家に案内する!」と言って、シェーネベルクにあるアパートまで連れて行ってくれた。少し部屋の中を見せてもらって、すぐに別れて地下鉄で帰った。

7月18日(水)
た早朝に目覚める。昨晩、エレナがスーパーで買っているのを見て真似して買った、パックの寿司を食べる。冷たくて全然美味しくないけど、醤油の味がハートに沁みてくる。

明石さんの案内で、近所にある湖Lietzenseeへ散歩に行く。家から徒歩15分ぐらいの場所に、小さめとはいえ、湖と森が存在していることに驚く。夏の盛りで外は眩しい光が溢れ返っている。湖のほとりの芝生では、大勢の人が寝転がって日光浴をしていた。今年は例年になく暑いそうだ。

ぐるりと公園を歩いた後、レストランの屋外の席でビールを飲む。平日の昼間なのに、ゆったりビール飲んでいる人が多いのは、バカンスの時期だからだろうか。ベルリンの夏は短いのだそうで、太陽の陽射しを存分に楽しむことが人々の大きな関心事であるらしい。皆んな、水着みたいな格好でよく芝生の上に寝転がっているし、レストランには必ず屋外の席が設けられていて、室内の席より先に埋まって行く。

高級ブランドショップの立ち並ぶ「クーダム」という大通りをかなり長いこと歩いた。そこから家のほうへ戻り、カント通りへ。Paris Barというレストランは、晩年のファスビンダーがよく通ったそうで、亡くなる直前の誕生日会もそこで行われたらしい。

暑いので、アイスクリーム屋の軒先でアイスを食べてから家に戻った。明石さんが、夕食にハーブ入りのチーズソースをかけた豚肉の料理を作ってくれた。

7/19(木)
前中に一人で、最寄り駅の周りを散歩した。ベルリンの街のそこかしこにある、dmやRosmannといったドラッグストアには、日本の百円ショップ並みにさまざまな品物が売っていて、見出すといつまでも飽きない。ブラシやハーブティや鏡などを買った。スーパーでトマトとハムも買う。こちらのスーパーのレジは、ベルトコンベアみたいな形をしていて、順番直前になるとそこに品物を置いて、会計を待つ。そのとき、前の人と後ろの人との間に、品物が混ざらないように小さな板の敷居を置くのが面白い。レジ係は品物のバーコードを機械に通して値段を言い渡した後はもう何もしない。レジ袋も無料ではくれない。客は品物を自分で拾い集めて、そのまま鞄に入れるか、エコバッグを持ってきて入れる。ちなみにレジ係は皆、椅子に座っている。愛想が悪い人もたまにいるけど、こちらに目を合わせてハローと言った後、信じられないほど優しい笑顔を作る人も多い。

私は一応、芝居の演出家なので、笑顔が作り笑いか否かにはうるさいのだが、だからこそ、あまりに嘘のない純粋な笑顔を見せられるとドキッとしてしまう。「ハローの後に笑顔」は、お店の店員だけでなく、すれ違っただけの人もたまにやるから、一般的なマナーなのかもしれない。不思議な感じがするのは、東京の街では知らない人に笑顔を向ける、という慣習がないからだろう。どちらが良いって話じゃないけど、でも、時々というかかなり頻繁に目眩がするほど美しい、本気の笑顔をくれる人がいる。それだけで、「この街では嘘やごまかしなくマトモに暮らしていれば幸せになれるよ」と言われているようで、ハッとさせられる。家に戻って、買ったトマトとハムと野菜を使ってパスタを作って食べた。
午後は、KaDeWeという有名な巨大デパートまで散歩に行った。帰りに「ベルリン文学館」の喫茶店に寄って休んだ。

2016年にベルリン自由大学日本学科に招聘していただいた際、この建物で小説『猫殺しマギー』の朗読をした。先述の友人たち、エレナが朗読会と大学内でのレクチャーをオーガナイズしてくれた。クリストフが小説を日本語訳し、朗読会用の字幕を作ってくれた。小説のドイツ語訳は、こちらのbe. bra社という出版社から、今年の春先に日本文学翻訳アンソロジーの中の一作として出版された。そんな流れが元々あって、今回ベルリンに来ることになったわけだ。

「ベルリン文学館」は、ドイツの友人たちの尽力の上で朗読会を実現させることができた、いわば思い出の場所だった。文学館に併設されたカフェは、歴史を感じさせる大変に美しい造りの内装で、チーズケーキをつまみながらコーヒーを飲んでいると、静寂の中、時が止まったような感覚に陥った。

7/20(金)
食に、クリストフと、そのガールフレンドのマヤと、彼らの住むノイケルン界隈でピザを食べた。私が住んでいるシャーロッテンブルクは昔の西ドイツ時代の中心地だったそうで落ち着いた雰囲気なのだが、ノイケルンは若者の多い地域、という感じでもっと活気がある。暑い陽射しを浴びながら、木々の生い茂る遊歩道を歩いて、ラントヴェーア運河のほとりで休んだ。だだっ広く開けた河の中で、白鳥がたくさん泳いで遊んでいる。人間たちも川縁に寝転がって思い思いに日光浴している。一度帰宅した後、夜はクリストフが家に遊びに来て、明石さんのお手製のパスタを三人で食べた。

7/21(土)
パートのすぐ目の前に教会があって、その広場で毎週水曜日と土曜日の午前中にマーケットが開かれている。野菜や肉や魚など、食料品の出店が多い。まだドイツ語も分からないし、日本で売っている食べ物とけっこう種類が違うから、なかなか買いづらいが、ずっと見ていたくなる。

午後は、Eis Michael という近所のカフェにパソコンを持っていって原稿の仕事をした。Eisというのはアイスクリームのこと。ベルリンにはそこら中にアイスクリーム屋さんがあり、このEis Michael でも、子どもや若者や老人がテラス席に腰掛けて思い思いにアイスやパフェを食べている。

夜はインターネットで、「住民登録」についてずっと調べていた。長期滞在者は、ベルリンに着いたらすぐ、住民登録をしなければならないのだが、どこの役所で登録すればいいのか、予約を必ずしなくてはならないのか、ネットを見てもよく分からない。予約をしなくても待てば登録できるらしいが、規則は時々変わるらしい。家の近くの住民局は予約を受け付けていないらしく、最終的に、家から地下鉄で三十分ぐらいの所で予約を取ることができたので、そこに行くことに決めた。

7/22(日)
年前、日本の北千住にBuoyというアートスペースを開いた岸本佳子さんが、仕事でベルリンに来ていたので会いに行く。ベルリン在住のダンサー、ハラサオリさんを紹介していただいた。三人でフォルクスビューネ劇場の近くにあるカフェに赴き、パンやサラダのブランチを食べた。

帰り際にエレナから「何してる? 会いましょう!」とメールが来たので、ポツダム広場で待ち合わせる。エレナにグライスドライエックという大きな公園に連れて行ってもらった。戦前の鉄道の駅を改造して解放した、まだ新しい公園なのだそうだ。敷地内には、年代物の線路が組まれたまま放置されており、森の奥へと続いている。鉄道ファンが喜びそうな公園だ。

ドイツ語母語話者で、日本文学の研究者であるエレナは、日本語に堪能だが、「喋るのはまだそこまで上手ではないから、ちょっと恥ずかしい」と言って、ドイツ語の分からない私に、英語で話してくれる。それに対し、私が日本語で話すとほとんど理解できるようだ。英語と日本語で「ああ、へー、そうなんだ」「yes.」などと喋る私たち二人は、他人から見ればさぞ変な組み合わせだろう。まあ、ベルリンの人は他人がどう振る舞っていても、「事情があるんだな」程度の認識で、ほとんど関心がないようなので、私とエレナの会話なんて、「変」のうちには入らないのかもしれない。

帰り道、シェーネベルクにある「旧人民法廷庁」の敷地も案内してもらった。ここはナチ時代に裁判所だった場所で、それを記した碑石の上にはナチスの犠牲者へ捧げられた白薔薇の花が置かれていた。

 

住民登録・関税局・銀行口座開設/日本食ナショナリズム

7月23日(月)
は、長期滞在するための事務的な手続きが山積みになっている。なんとか、一日一つずつは片付けようと目標を立てた。

この日は、ない勇気を振り絞って、一人で住民登録に行った。ネットでダウンロードした書類に必要事項を記入して、予約してあったクロイツベルクの住民局へ行く。時間より早く着いてしまい、緊張しながら待った。順番が来ると、待合室の電子掲示板に予約番号が表示される仕組みになっているらしいが、予約時間を過ぎても呼ばれない。入口の案内係の女性に、すっかり萎縮したか細い声の英語で尋ねると、3回ぐらい「ハア?」と聞き返されて、「あんたの前に3人待ってる!」とぶっきらぼうに言われた。

ようやく順番が来たので、廊下を歩いて指定された小部屋に行った。恐る恐るドアを開けると、係の女性が椅子に腰掛けたままこちらを振り返り、「ハロー、ベルリンへようこそ!」と柔和な笑顔を見せた。さっきの案内係の女性とすごい態度の差だ。あとは書類とパスポートを見ながら、簡単な質問に答えるだけで登録終了。何時間も待たされるとか、また今度来いと言われるとか、情報が錯綜していたので怯えていたが、簡単なことだったようだ。

自分の家の最寄り駅近くで、ベルリン名物Curry Wurstを食べた。ただソーセージにカレー粉と甘いケチャップをかけただけのスナックなのだが、食べはじめるとケチャップの妙な甘さに中毒性があるのか、止まらなくなる。

夜はマヤとクリストフが家に来て、皆で食事をした。

7/24(火)
た新しい問題が生じた。アパートのポストに関税局から郵便が届いていて、日本から送った冬服の小包を預かっているので、取りに来いと言う。「この荷物は『個人使用』で税金のかかる物ではない」と伝票に明記したつもりだったのに、荷物の宛先を明石さんの名前にしていたので、本当に個人使用か否かを疑われたらしい。暑い中、明石さんにパスポートを持ってついてきてもらい、シェーネベルクの関税局まで行った。受付で、明石さんが局員にドイツ語で事態を説明してくれた。書類に必要事項を記入して提出し、しばらくの間そこで待った。呼び出しがかかって別の部屋に行くと、私が日本から送った3箱の段ボールがカウンターの横に積み重なって置かれている。段ボールをカッターで切り開いて、背の高い女性の局員にただの自分で着る冬服であることを示すと、すぐに持って行って良いと言われた。

段ボール三箱を持って帰るのは大変なので、この日初めて「UBER」を使った。前日の晩にスマホにアプリをインストールしてあった。現在地と行き先を入力して、近辺にいるUBERの車を探すと、なんと6分で関税局の所在地まで来てくれるとのこと。道端に段ボールを置いて待っていたら、本当に6分で車が私たちの目の前に横付けした。ドライバーに段ボールをトランクに乗せてもらって、そのまま車に乗り込んだ。ドライバーに行き先を告げる必要もないし、スマホで支払いを済ませてあるからお金のやり取りすらしなくて良い。おまけにタクシーより値段も安い。UBERについて、東京でその仕組みを耳にしたときには、タクシーと何が違うのかよく分からなかったけれど、私みたいに言葉も分からない外国人の身で、突然、段ボール3箱を運ばなければいけなくなった時には、魔法のように便利な代物だ。

アパートに荷物を運び込んで一息ついた後、午後は一人でバスに乗って、家から割と近くのTiergartenという巨大な公園まで散歩に行った。それもすべてスマホの地図アプリや乗り換え案内のアプリを使うことで、簡単に実現するのである。現代人のスマホ依存には賛否があるだろうし、どちらかと言うと今まで否定派だったのだが、今や、スマホなくしては私のベルリン生活は成り立たないのである。

短い時間歩いただけだったが、夏の盛りのTiergartenの景色は見事だった。川に白鳥が泳いでいる。静かに水を湛えた湖の周囲にどこまでも森が続いている。ビアガーデンがあったので、分からないドイツ語のメニューを何とか解読して、パンとザワークラウト付きのソーセージの皿を注文し、ジンジャーエールを飲みながら食べた。そこから、ベルリン動物園駅まで歩いて、地下鉄に乗って帰った。

7/25(水)
の日の目標は、銀行口座の開設である。駅前の銀行を訪ねて行って、ベルリンには珍しくきちんとしたスーツ・ファッションの銀行員に、下手な英語で口座を開設したいと言うと、「まだビザを取っていないならダメだ」と秒速で断られた。ネットには必ずしもビザが必要とは限らないと書いてあったのに。悔し紛れに家の近所のペルシャ料理屋で、ファラフェルを注文してみたが、一皿の量が多くてとても食べられない。悔しさ倍増である。

負けるか、こんちくしょう、と思いながらアパートに戻り、「N26」に口座を開設する手続きを始めた。ネットサーフィンしていて見つけたのだが、「N26」はネット上に存在する銀行であり、なんとビデオチャットで簡単な質問に答えれば、それだけで口座が開設できて、スマホ上で振込もできてしまうらしい。郵送されてくるキャッシュカードを使えば、街角のATMで現金を引き出すこともできるらしい。

スマホにアプリをインストールし、ビデオチャットを申し込むと、私のiPhoneに、見知らぬドイツ人女性の顔が大写しになった。彼女と英語で話しながら、本人確認したり、パスポートが偽造でないかホログラムをチェックしてもらったり、と手続きをしていく。ドイツ語どころか英語力も乏しい私が、「Sorry?」と何度も聞くと、ビデオの向こうのおばちゃんは、「大丈夫よ。今日暑くて私も英語が上手く出てこないわ、あと2分で終わるから、一緒に頑張りましょうね」と、汗を掻きながら、励ましの言葉をかけてくれる。午前中に行ったリアル銀行の女性係員のほうが機械的な受け答えで、こちらのバーチャル銀行のおばちゃんのほうが、人情溢れる対応であったのがなんとも面白い。けっきょく、宣伝通り本当に10分もかからず口座開設が終わり、後はカードが郵送されてくれば手続き完了だと言う。なんてシンプルなのか。

大仕事を終えた自分を祝おうと、この日の午後は、前から欲しかったビルケンシュトックのサンダルを買いに行くことに決めた。ミッテというベルリンの中心地域にある路面店まで行って幾つか試し履きし、ピンクゴールドのを選んで購入した。

またいくらか歩いて、ハッケシャーマルクトという駅の近くの広場の芝生に寝転がり、少し休んだ。ミッテのあたりは観光客も多い。平日の昼間だったが、広場は長閑な雰囲気だ。ミュージシャンが楽器を演奏している周りで、カップルが芝生にタオルを敷いて寝転がり、抱き合っている。若者たちが座り込んで、ビールを飲んでいる。シュプレー川という目の前の川を、観光客が大勢乗ったクルーズ船が通り過ぎて行く。頭の上の雲のように、時間もゆったり流れていた。

7/26(木)
前中は、「ベルリン文学コロキウム」の担当者が、助成の手続きに関連するメールをくれたので、時々Google翻訳やネットの例文のお世話にもなりながら、必死で英語で返事を書いた。

午後は、東京の友達が紹介してくれた、ベルリン在住の日本人の女性と連絡を取って、会うことになった。この日、クロイツベルクにあるカフェで、アイスクリームとジンのパーティーがあるから一緒に行きませんか、と言う。そんな美味しそうなパーティー聞いたことない。

電車を乗り継いでイソイソと行ってみたら、お洒落なコーヒー屋の中庭にたくさんの人が集まっている。その真ん中ではDJがレコードをかけており、脇に伸びている長蛇の列に並べば、なんとオーガニックの食材で作られたアイスクリームと、ドイツのジン「MONKEY 47」で作ったカクテルが無料で貰える、という天国のような仕組みらしかった。

待ち合わせしていた女性、ユリカさんが現れた。ベルリンに住んでアパレルのブランドをやっている方で、初対面の私に大変親切に接してくれ、その場にいる人たちを紹介してくれた。建築家やアーティストやデザイナーなど、日本からベルリンに来ている様々な職業の方々と話をした。

夜が更けてきたので、何人かで近くのレストランまで歩いて夕食を食べた。牛肉のカルパッチョやチーズなどを摘みながら、ワインやビールを飲む。アートの話をしたのも楽しかったが、ベルリンで日本食の食材を手に入れる方法や美味しいレストランの情報などを教えていただけたのが有り難かった。

食べ物のことは、日々の悩みの種だった。スーパーに行っても、日本で日常的に食べていたようなものは手に入らないし、予備知識なくレストランに入っても、ドイツ語のメニューが読めないから、なかなか食べたいものが食べられない。私は毎日パンだと胃腸が調子悪くなるみたいだ。だからと言って例えばベトナム料理屋に入っても、ドイツ人の好みに合わせて、やたらに甘く味つけた大量の牛肉入りのフォーが出てきたりする。ベルリン在住日本人の先輩たち曰く、とりあえず、アジアン・マーケットに行けば米も醤油も炊飯器も売っているらしい。ユリカさんは、なんと自宅で味噌を豆から作っているとのことだが、そこまでしなくても、大抵のものは手に入るそうだ。

深夜、Kottbusser Torの駅まで歩いて、そこから地下鉄に乗って帰った。この辺りはクロイツベルクといって、夜遊びする若者なんかが多い地域だ。駅の構内で、脚から血を流して座り込んでいる男性がいる、と思ったら、遠くのほうから救護班が走ってくるのが見えた。あまりに暑い夜なので窓を開けて眠ったら、怖い夢を見た。

7/27(金)
宅近くのアジアン・マーケット「Go Asia」に行ってみた。味噌も醤油も米もある。とりあえず、そうめん、麺つゆ、出汁入りの味噌汁、乾燥わかめなどを買う。帰り道でマクドナルドに入って適当に注文したら、日本の3倍ぐらい厚みのある肉の入ったハンバーガーが出てきて、閉口した。夜は、ベルリン在住のミュージシャン、内橋和久さんの家にお招きいただいて、ご家族や日本から来ている演劇の演出家の方とお喋りをしながら夕食をいただいた。醤油のかかったほうれん草のお浸しが出てきて、心に沁みた。

7/28(土)
た東京の友人とメールしているうちに話が広がって、演劇関係の仕事をしている日本人の女性3人と会うことになった。Holzmarktという場所で14時にお待ちしておりますとメールをもらった。

行ってみたら、川沿いの砂地にまだ建設途中のような、様々な外観の建物が並んでいる。奥まで進むと立派なレストランがあった。このHolzmarktというのは、元々クラブをやっていた人たちが、自主的に管理運営している現代版の村のような場所なのだそうだ。例えば、レストランに水道を引くとなったら水道の会社を作るところから始める、といった徹底したDIYっぷりらしい。

その日お会いした3人は、日本の演劇界でも大変に活躍されている方々で、私が「自分は日本で演出家をやっていて、ベルリンでもできたら公演をやりたいと考えている」と話すと、ベルリンの演劇に関する情報など、いろいろと教えてくれた。

夕方前に彼女たちと別れて、2016年に一度ベルリンに来たとき知り合った、長倉友紀子さんと一緒に、友達のクリストフのライブに行った。ミッテで待ち合わせをし、ちょっとお茶をしてから、会場のギャラリーに向かう。

ライブは素晴らしかった。クリストフは私の小説を翻訳してくれた人物であるのだが、同時にノイズミュージシャンでもある テープレコーダーでノイズを奏でる対バンの音楽家も面白かったが、クリストフはこの日は主にお皿に載せたビー玉をメインに使って、めくるめくノイズ音楽を演奏していた。

帰りに友紀子さんのパートナーの近藤愛助さんと、3人で、私のアパートの近くにあるギリシャレストランに入った。まだ知り合って間もないが、私はこの友紀子さんと愛助さんのご夫婦が一気に好きになってしまった。大変に味わい深いキャラクターの持ち主なのだ。二人はドローイングやヴィデオ、パフォーマンスなどを創るアーティストで、10月から一年間、仕事でサンフランシスコに移ってしまうとのことだったが、長らくベルリンに住んで得た生活に関する知識を惜しみなく分けてくれた。この近辺の美味しいケーキ屋やアジア料理の店も教えてくれた。

7/29(日)
曜日は、レストラン以外の店がほとんど休みになる。だから、土曜日のうちにスーパーに行っておかないといけないプレッシャーがあるのだが、日曜朝の静まり返った街には何とも言えない安らぎがある。東京にいると、お店は24時間営業や年中無休が当たり前だけど、この安らいだ雰囲気を知ると、ちょっとぐらい不便でも静かなほうが良いなと思ってしまう。お店が休みでドイツ人は一体何をしているかと言うと、夏は特に、森や川や公園でのんびり遊ぶことが多いようだ。友達のエレナなんかは、「ショッピング中毒だから日曜日は嫌い」と言っていたから、ドイツ人が一様に日曜の静けさを愛しているわけではないようだが。

この日は昼頃起きて、素麺を食べた後、また近所のカフェ「Eis Michael」に行って原稿の仕事をした。やっぱり、子どもだけではなく、上品そうなお爺さんやお婆さんが巨大なパフェを食べていたりする。皆んなアイスクリームが好きすぎる。

7/30(月)
「Go Asia」に行って、美味しいと評判のヨーロッパ版ササニシキ「ゆめにしき」を買う。また胃腸の調子が思わしくないので、葱と醤油、ササミを買ってお粥を炊いた。久しぶりに食べるお粥の味に舌も胃も喜びに震えるかのようだ。自分はドイツの映画や演劇が好きで、ベルリンの雰囲気も好きだけれど、海外生活にちょっと疲れて弱った私の内臓は、こんなにもアッサリ風味の日本食を求め、欲してしまっている。子どもの頃から馴れ親しんだ「米」や「醤油」の匂いを嗅ぐだけでウットリし「サイコー!」と思ってしまう、この味覚の好みは一生変わらないのだろうか。いくら多様性とかお題目を叫んだところで、こんなに「日本食なしでは生きられない」とか思っている自分がいるんだったら、異文化圏の人々の感覚に近づき、理解することなんて難しいんじゃないだろうか。「米!米!」とがつがつお粥を箸でかき込んでいる自分がなんだか浅ましく思えてくるが、「ゆめにしき」は本当に美味しい。

7月31日(火)
、昨晩の残りのお粥を温めて食べた。午後は、明石さんと展覧会に行った。“Abfallprodukte der Liebe”(愛の廃棄物)というものすごいタイトルで、映画監督のヴェルナー・シュレーター(Werner Schroeter)、ローザ・フォン・プラウンハイム(Rosa von Praunheim)、 そして撮影監督のエルフィ・ミケシュ(Elfi Mikesch)の三人展だ。シュレーターやプラウンハイムの映画、私は大好きだが、日本では時々ドイツ文化センターで特集が組まれるぐらいで、なかなか見る機会は少ない。けれども、この日、ベルリン一の観光地・ブランデンブルク門のあたりまで行ったら、会場の「ベルリン芸術アカデミー」の建物に、巨大な彼らの顔写真入りの垂れ幕がかかっていて興奮した。

受付で聞いたらなんと入場は無料と言われる。中に入ると、一画には薔薇の花びらが敷き詰められていて、シュレーターの映画やオペラのビデオの抜粋が流れている。ミケシュのヴィデオ・インスタレーションの見られる小部屋がある。プラウンハイムのコーナーには卑猥でポップなデコレーションをされたマネキンや覗き部屋が設えられている。無料なのに内容が盛りだくさんすぎて、なかなか会場から出られなくなった。

帰り道、明石さんの案内で、ギャラリーラファイエットの食料品売場を眺めたりした。バスに乗ったら、隣の席に座ったムスリムの女の人がヒジャブを留める首元のブローチを失くして困っていた。バスの通路の床に落ちていたので、拾ってあげたら、家族からのプレゼントなのだと言って、とても喜んでいた。そのヒジャブのブローチはいかにもスルッと抜けて落ちやすそうな見た目だったのだけれど、本当に落ちるんだなあ、と妙に感心してしまった。

 

<編集Tの気になる狩場>
本連載は今回より「ベルリン狩猟日記」となり、これから千木良さんは新天地での狩猟に勤しまれることになります。新生活に伴う様々な雑事に振り回されながらも、新たな生活のリズムは着々と積み上がっているようです。

 

【映画】
特集上映
フレデリック・ワイズマン特集 2018年9月1日〜14日
会場:シアター・イメージフォーラム http://www.imageforum.co.jp/theatre/movies/1894/

第40回ぴあフィルムフェスティバル 2018年9月8日(土)〜9月22日(土)
会場:国立映画アーカイブ(旧・東京国立フィルムセンター) https://pff.jp/40th/

*封切作品
公開中
『寝ても覚めても』濱口竜介監督 http://netemosametemo.jp
『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督 http://kiminotori.com/
9月7日公開
『泣き虫しょったんの奇跡』豊田利晃監督 http://shottan-movie.jp/
9月15日公開
『モアナ 南海の歓喜(サウンド版)』ロバート・フラハティ監督 https://moana-sound.com/
『顔たち、ところどころ』アニェス・ヴァルダ監督 http://www.uplink.co.jp/kaotachi/

【美術等展示】
杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年
2018年7月24日(火)~9月24日(月)
会場:東京都写真美術館 http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3054.html

世界の歴史を変えた書物展
2018年9月8日~9月24日
会場:上野の森美術館 http://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=857635

ゴードン・マッタ=クラーク展
2018年6月19日(火)~9月17日(月)
会場:東京国立近代美術館 http://www.momat.go.jp/am/exhibition/gmc/

本と美術の展覧会vol.2「ことばをながめる、ことばとあるく——詩と歌のある風景」
2018年8月7日(火)~2018年10月21日(日)
会場:太田市美術館・図書館 http://www.artmuseumlibraryota.jp/post_artmuseum/2288.html

【書籍】
平出隆著『私のティーアガルテン行』(紀伊國屋書店) https://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20180904121254.html
カール・シュミット著(中山元訳)『陸と海 世界史的な考察』(日経BP社) https://shop.nikkeibp.co.jp/front/commodity/0000/P55800/