• Twitter
  • Facebook

ベルリン狩猟日記 /千木良悠子 
白い小鳥|手巻き寿司/目眩/サマーフェスティバル|石灰工場/即興オーケストラ
2018.08.16-08.31

ベルリン狩猟日記 / 千木良悠子

白い小鳥

8/16(木)
前中は語学学校に行く。終わってから、ショッピングモールの中にあるEDEKAという大きなスーパーに行く。生ハムやチーズの種類が豊富だが、違いがよく分からないので、値段の安いのを買って帰った。翌日小テストがあるというので、復習をした。

8/17(金)
校で小テストを受ける。午後はパソコンをカフェに持って行って、原稿の仕事をした。夕方、エレナがやって来て、少し喋る。夕飯を食べようとベトナム料理屋でフォーを頼んだら、鶏肉の塊以外ほとんど具が入っていないのに麺の量が多く、美味しくなかった。箸が進まない私を見て、エレナが「どう美味しくないのか教えて」と言う。感想を話すと、「日本人の味覚が繊細だというのは知っている。非常に興味深い感想だ」となぜか感心しており、私が残したフォーを「家で食べてみる」と言って、店の人に包んでもらって、持ち帰ってくれた。店は盛況である。ドイツ人と私とでは、そんなに味覚が違うのだろうか。なんだか毎日、食べ物のことばかり考えている。

8/18(土)
日のフォーのせいではないと思うが、胃が痛い。昼食は、米を炊いて、挽肉とジャガイモの煮物を作った。

午後は、アジアンマーケットに行って、米と野菜を買った。クリストフから会おうと連絡をもらったので、彼の住んでいるノイケルンまで行く。

クリストフと、そのガールフレンドのマヤと、ノイケルン界隈を歩いていたら、不意に彼らが道端で足を止め、そのまま動かなくなってしまった。彼らの視点の先を見ると、アパートのバルコニーで白い小鳥が一羽、遊んでいる。「あれは野生の鳥ではなく、誰かの家から逃げ出してきたカナリアだ。あのままにしておいたらすぐに死んでしまう」とクリストフが言った。彼らは以前にも一度、瀕死のカナリアを道で拾って、保護シェルターに連れて行った経験があるそうだ。そこから、カナリア捕獲大作戦が始まった。ベランダからベランダへと飛び移る小鳥を追いかける。あまり空高く飛びあがろうとはせず、見れば脚を怪我しているようだった。そのうち舗道に舞い降りたので、クリストフが私のエコバッグを上からかぶせてやっと捕まえた。

マヤと二人で近所のスーパーを二軒回り、鳥用の餌を購入して家に戻ると、鳥はクリストフが用意した透明な衣装ケースの中でじっとしていた。餌と水の入った皿をケースに入れると、鳥はすぐに餌に飛びついて、食べはじめた。

明日、マヤのお母さんに車を出してもらって、クリストフが鳥を保護シェルターに連れて行く、ということになった。シェルターには、人間の部屋より大きいケージがあるのだそうだ。

「カナリアは、ペアで飼うのが良いんだって。単独で飼うと寿命が短くなってしまうらしい。ケージでたくさんの鳥たちと一緒に飼われれば、友達もできてきっと楽しいだろう」

とクリストフが言う。そして、

「ユウコとご飯行くつもりだったのに、ゴメンね」

と冷凍ピザを温めてくれた。鳥は次第にリラックスしてきたのか、水の入った皿に飛び込んで、飛沫を散らかして水浴びまでした。たぶんクリストフがスーパーで買ったに違いない冷凍ピザも、とても美味しく感じられた。

8/19(日)
ルリンの夏は遅くまで明るい。夕方、クリストフの誘いで、彼の友達の誕生日パーティーに顔を出した。場所は、ナチ時代に建設された空港を再開発したというテンペルホーフ公園だ。

最寄り駅から地下鉄に乗ろうとしていたら、ホームで、友人の愛助さんと友紀子さんにばったり会った。彼らも時間があるというので、連れ立ってナチョスやビールを買って、公園に持って行った。集まった十名近い人たちとビールを飲み、ケーキを食べて過ごした。

 

手巻き寿司/目眩/サマーフェスティバル

8/20(月)
に涼しくなる。午前中は学校。夜は、友紀子さん愛助さんの家で行われた「手巻き寿司パーティー」に行った。

「手巻き寿司の具にしたいものを各自持ってきてください」とお達しがあったので、ローストビーフを作ろうと思って、授業の後にスーパーに肉を買いに行った。肉売場のショーケースにそのまま「Roast Beef」と書いてある肉があったので、店員に向かって指差して、習った通りの片言のドイツ語で「400g欲しい」と言ったら、ちゃんと通じた。わずかにドイツ語が分かるだけで、世界が全く違って見えてくることに驚く。

家で肉を焼いて、夕方ごろ友紀子さん愛助さんの家に行った。手巻き寿司パーティーには、他に日本人の音楽家のご夫婦と、アケミさんというダンサーの女性が来ていた。海苔で酢飯を巻いて、醤油をつけて食べると、なぜ興奮するのだろう。私は自分が日本食を好きだという自覚がそこまでなかったのだが、日本米や醤油が簡単に手に入るわけではないベルリンに来てみて初めて、強い執着があることに気がついた。ドイツに来たら毎日パンを食べれば良い、ぐらいに思っていたのに、悲しいほどに、パンよりも米、しかも日本米のほうが好きなのだ。

手巻き寿司パーティーは終始暖かい雰囲気で、集まった人たちとも親しくなった。友紀子さんと愛助さんが、だしパックや味噌などの日本食材に洋服までくれたのがものすごく有り難かった。

8/21(火)
前中は学校。午後は、動物園駅の近くにあるSaturnという大きな電化製品の量販店に行って炊飯器を買った。それまで、電熱コンロに鍋を載せて焦げ付かないように注意しながら米を炊いていたのだが、これからは炊飯器のスイッチを入れて15分放っておくだけで米が炊ける。なんて便利なのか。日本では、土鍋をガスコンロにかけて米を炊いていたが、土鍋もガスもない家では、断然炊飯器は必要だと思った。そんなことにかまけていて、学校の宿題を済ませたら、もう寝る時間である。クリエイティブな活動に勤しむ余裕が全然ないことが、気がかりになってきた。

8/22(水)
前中は学校。午後は一人でプールに行った。

じつは、よく眠れぬ日々が続いていた。明石さんは以前からよく知っている方だが、年上の男性であるし、壁一枚で仕切られたアパートの部屋をシェアするとなるとやっぱり気兼ねしてしまう。ベルリンでは、大人どうしでも一つのアパートをシェアして住むのは普通で、男女でシェアする家も多いと以前から聞いていたから、そういうものなのかと、いっぱしのベルリン市民になったつもりで、歓迎していただけたのを良いことに住むと決めてしまったが、よく考えれば世代も性別も違う相手と、数ヶ月とはいえ、同居した経験などない。緊張のせいか、夜中に何度か目が醒めることが続き、ときどき、軽い目眩もするようになった。頭の奥のあたりにツーンと痺れるような感覚があって、地下鉄のホームや、ショッピングセンターの地下階などに下りて行くと、なぜか立ち眩んでしまう。目眩なんて経験したことがなかったので動揺した。

どこか安心できる場所で、思い切り身体を伸ばしたくて、マッサージかプールに行くのが良いんじゃないかと考えた。ネットで調べると、8月のこの時期はベルリンのあちこちで屋外サマープールが開かれていた。家からいちばん近いWilmersdorfのプールに自転車で行ってみた。

どこにどう荷物を置いて着替える、なんていう決まりが、一人で行ってちゃんと分かるか不安だったが、プールの入り方は日本と大して変わらなかった。貴重品用ロッカーに個室の更衣室、温水シャワーもあったし、見ればすぐ使い方が分かった。水着を着て更衣室から出て、プールに歩いて行くと、眩しい陽射しの下で大勢の人が泳いでいた。奥には飛び込み台付きのプールも一つあり、プールサイドでは、人々が芝生の上にタオルを敷いて、思い思いに寝転がっていた。ソフトクリームやビールの売店もある。

冷たい水に入って泳ぎはじめると、手足や腰の筋肉が気持ちよく伸びていくのが分かった。かなり長い時間泳いだ後、ソフトクリームを買って芝生に座って食べた。プールのすぐ横が緑の芝生で、緩やかに隆起する公園の丘に繋がっている。家族連れやカップル、または一人きりで太陽を浴びて寝転がっている人々がとても幸せそうに見えた。こんなに美しい街で、伸び伸びリラックスして生活できないことが不思議だった。

以前、旅行で2週間ぐらいクリストフの家に滞在したときは、ベルリンって楽しくて自由な、天国みたいな街だと浮かれて過ごしたが、ちょっと長めに住んでみると、今までとまったく違う環境での生活は、やはり楽ではないのだと思い知った。

プールに行った日の夜は、全身運動で血の巡りが良くなったのか、身体が温まってよく眠れた。しかし、住居のことは、放ってはおけない。なんとかしなくてはならない。

8/23(木)
い一日。学校では命令形などを習う。放課後にショッピングモールの施設内にあったマッサージ機に座って試していたら、明日、日本に一時帰国すると言っていた長倉友紀子さんにばったり会った。

語学学校のビルのすぐ隣にいつも行列ができている小さなスーパーがあって、何だろうと思っていた。友紀子さんが、「そこで日本へのおみやげを買う」と言う。聞くと、賞味期限が近づいた食品を安く仕入れて売る、最近人気のチェーンのスーパーだという。ベルリンの人々は総じて環境問題に「意識が高く」、物を安易に捨てないとか、農薬を使わない食材を買うのは、ほとんど当たり前のこととされている。ベルリンにたくさんある無農薬(=ビオ)食品のスーパーは、普通のスーパーよりも少し高いだけで、そんなに値段が変わらない。だが、東京で無農薬食材にこだわり出すと、都市部では多少お金がかかるだろう。

日本では、環境問題に敏感な人なんかはよく「意識高い」だのと揶揄されるが、期限切れ食品のスーパーに行列ができるような、ベルリンで「意識高い」なんて言っても「何が悪いの?」と返されるだけだろう。

そのスーパーで、激安価格になった「飲むアルガンオイル」を発見したので、「これ美容に良いやつだよ」と友紀子さんに教えてあげると、彼女はそれを何箱か、日本へのおみやげとして買っていた。

8/24(金)
校では助動詞など習う。

夕方に、「手巻き寿司パーティー」で出会ったダンサーのアケミさんのアトリエに行く。彼女はタイマッサージの資格を持っていて、私が「眠れないし腰が痛い」と不満を訴えたら、施術をしてくれることになった。

ノイケルンという地域のアパートの一室でマットの上に寝転がり、1時間半ぐらいマッサージしてもらう。うとうと寝てしまった。

アケミさんとそのままDock11という劇場に行って、コンテンポラリーダンスの公演を観た。私はコンテンポラリーダンスというジャンルに、なんとなくお洒落で清潔なイメージを抱いていたのだが、元は工場だったというDock11は、だだっ広い、廃墟のような雰囲気のスタジオだ。踊っていたダンサーも、日本の地方都市の駅前でヒップホップダンスの練習をしている若者のような、荒削りで野蛮なパワーに溢れていた。

終演後に、アケミさんにベジタリアンのベトナム料理レストランに連れて行ってもらった。その後、ミッテ地区で夜の散歩をして、帰ってきた。

8/25(土)
ラントを貰った、LCB(ベルリン文学コロキウム)のサマーフェスティバルにお招きを受けたので行ってきた。Sバーンという電車に乗って、ヴァン湖(Wannsee)駅から徒歩数分の、LCBの看板の掲げられた門をくぐったところで、いきなり作家のウラジーミル・ソローキンを目撃した。日本で幾つか小説を読んでいたから、ロシアにいるんじゃないの、と大変驚いた。

助成プログラム「Crossing Borders」の担当者であるインガ・ニーマンと待ち合わせをしていたので、人ごみの中、前庭のベンチにぽつんと座っていたら、青いストールを巻いた女性が笑顔で現れた。それまでインガとは、メールでやり取りするだけだったのが、初めて対面して挨拶ができた。私はそれまで、グラントを貰っていながら、文学コロキウムというのがどんな場所なのか分かっていなかったのだが、この日建物を案内してもらって、やっとイメージが掴めた。

前庭から階段を上がって建物に入ると、ピアノの置かれたホワイエがあって、その奥には朗読会やパーティーを行うホールがある。ホールのさらに向こうの中庭は急な斜面の丘になっており、Wannseeを臨むプライベート・ハーバーへ続いている。青く輝く湖のほとりに、ステージと客席が組まれていた。そこでこれから、ソローキンたち招待作家の朗読会が行われるらしい。建物の、中庭から見て右側の棟は、国内外から作家を招いた際の宿泊施設として使われている。

インガは、人ごみの中、飲み物を持ってきてくれたり、他の職員を紹介してくれたりと、とても暖かく遇してくれた。下手な英語で礼を言うが、上手く伝わっているのかよく分からない。

中庭で、インガと並んでソローキンの朗読を聞いた(ロシア語も、通訳もドイツ語も何一つ分からなかったが、「ピザ釜に本を投げつける」とかいった内容だったらしい)。しばらくして、会う約束をしていたエレナが現れた。インガにエレナを「ベルリン自由大学日本学科の教授だ」と紹介すると、二人はドイツ語で何やら相談していた。後で聞いたら、この機会に、コロキウムで日本文学に関するイベントをやろうかと話していたらしい。

夕方過ぎ、冷えてきたので、エレナと一緒にその場を辞した。Saviney Platz駅近くの地中海料理のレストランで食事をして、深夜にアパートに戻った。

8/26(日)
昼にクリストフとギリシャ料理を食べに行く。公園を散歩して、最近の出来事や語学学校で何を習ったかなど、いろいろ報告した。

夜は、アケミさんからお誘いを受け、Ufer Studioで彼女の友人のダンスを観た。長年ベルリンで活動し、この秋からは芸術大学のダンス学科の院生になるアケミさんには、ダンサーの友人知人が大勢いる。公演後、Ufer Studioの広い中庭でワインを飲みながら、世界各国から来ている若いダンサーたちと話をした。例えば、アルゼンチンだったか、南米の国から来てドイツ語を学んで、ベルリンの有名な劇場に先週まで出演していたという若いダンサーと喋ったけれど、私なんて、生活するだけで一苦労なのに「よくやっているなあ」と頭が下がる。表現活動に向かうためには、まずは生活を安定させることが大事だと痛感する。

 

石灰工場/即興オーケストラ

8/27(月)
前中は学校。夕方、肉が食べたくなって、家から徒歩15分の場所にあるステーキレストランで、ランプステーキを食べ、グラスビールを飲んだ。毎日食べられる値段ではないが、とても美味しく、多少お金を出せばこういうものが食べられると分かったのが収穫だった。

帰りに総菜パン屋カフェの「Kame」を通ったついでに、ちょうど働いていたアーティストのトモカさんと喋りながら散歩をした。無農薬スーパー「Bio Market」のイートインで少しお茶をした。

インターネットで、マンガ家のさくらももこが亡くなったことを知る。小学生の頃、雑誌「りぼん」を買って、まず最初に読むのがさくらももこと岡田あーみんのギャグマンガだった。まさかドイツで訃報を聞くなんて思わなかった。

8/28(火)
校の後、近所のカフェにPCを持って行って、この日記を書く。魚が食べたくなって、スーパーで高価なサーモンを買ってムニエルにしたら、脂が乗りすぎていて胃が痛くなった。

8/29(水)
っぱりよく眠れなくて、深夜2時頃と朝6時頃に必ず二回、目が覚めてしまう。この数日寒くて、もう秋が来たのかと思っていたのに、突然またものすごく暑くなった。学校の後、近所のパン屋兼カフェにパソコンを持っていって、この日記を書く。服を洗濯した。

8/30(木)
夜、Schaubühne劇場内のStudioという小劇場で、一人芝居「Kalkwerk(石灰工場)」を見た。毎日、学校に行くだけで精一杯で、あとは住居や食事のことばかり考えていたので、演劇を全然見ていなかった。好きな作家であるトマス・ベルンハルトの原作、という前情報だけでチケットを取ってみたのだが、これが本当に素晴らしかった。ドイツ語のみの一人芝居で、台詞の意味なんか全然分からないのに、俳優の技術が卓越していることがありありと分かる。延々と続く長台詞で場を盛り上げておいて、ラスト近くのシーンで、その俳優は、卵と小麦粉と砂糖を舞台にぶちまけて、服を脱ぎ、そのケーキの材料の海に自らの身を投げ出して転がった。気がついたら、言葉も分からないのに泣いていた。

Schaubühneというのは、ベルリンで最も有名な劇場の一つで、内容にも定評があると思うのだが、これがSchaubühneクオリティってやつなのか? 霧雨の降る帰り道、言葉の分からない遠い国に一人でノコノコやってきたアジア人の心にも届くような、力強い演技をしてくれた俳優に感謝の気持ちが溢れてきて、また少し涙が零れた。

8/31(金)
ケミさんから、現代音楽のインプロヴィゼーション・ライブにお誘いを受ける。彼女が以前仕事をした、腕利きのミュージシャンたちが勢揃いする、お勧めのライブとのこと。思いついて、「家だとよく眠れないんだけど、どこか泊まれる場所ない?」と彼女に相談してみたら、「うちで良かったらどうぞ」と言ってくれた。ノイケルンの彼女のアパートに荷物を置かせてもらってから、劇場にまだチケットを買えるか聞きに行った。前売券は完売だったのだが、数枚当日券が出るようで、どうにか入れそうとのこと。

近くのケバブ屋で食事をしたりコーヒーを飲んだりして時間を潰した後、大盛況のノイケルン劇場で観たのは、Splitter Orchesterという二十名近い大所帯の現代音楽のグループだった。クラシック畑出身のメンバーが多いと聞いていたため、初めはちょっと演奏が清潔すぎるんじゃないのかと斜に構えて見ていたのだが、最後は、高い技術に支えられた迫力の物凄さに圧倒され、息を飲んでしまった。日本でこういうライブはあまり見られないように思う。聞けば、このコンサートには国からかなり助成が下りているらしく、例えば日本に、このようなクラシックで活躍するメンバーも抱えた大所帯のオーケストラを呼ぶとしたら、きっと随分予算がかかるのだろう。

アケミさんは、その日の昼間に、大学が主催する人種差別問題に関するワークショップに出席していたという。ライブの後、そのワークショップの打ち上げをやっているというクロイツベルクの居酒屋に少し顔を出してから、アケミさんのアパートに戻った。植物の鉢が幾つも置かれている、ベルリンの若者らしい自由な空気の漂う部屋だ。その夜はゆっくりと眠りにつくことができた。

<編集Tの気になる狩場>
日本と千木良さんとの距離、そしてドイツと千木良さんとの距離は、ときに近づいたり離れたり、あるいはまったくねじれのような関係を織りなして、本連載に刻まれているように思います。

【映画】
*特集上映
フレデリック・ワイズマンの足跡 Part.1 1967年-1985年
会期:第2期1971年―1976年:2018年10月15日(月)〜10月19日(金)(5日間)
   第3期1977年―1985年:2018年11月6日(火)〜11月10日(土)(5日間)
http://www.athenee.net/culturalcenter/program/wi/wiseman_part1_2018.html
会場:アテネ・フランセ文化センター

国立映画アーカイブ開館記念 映画を残す、映画を活かす。―無声映画篇―
会期:2018年10月16日(火)〜10月21日(日)
http://www.nfaj.go.jp/exhibition/silent201808/
会場:国立映画アーカイブ 長瀬記念ホール OZU(2階)

NFAJ所蔵 現代アメリカ映画選集
会期:2018年10月25日(木)〜11月4日(日)
http://www.nfaj.go.jp/exhibition/america201810/
会場:国立映画アーカイブ 長瀬記念ホール OZU(2階)

*封切作品
10/27(土)~11/16(金)《三週間限定》
『13回の新月のある年に』&『第三世代』ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督 http://www.ivc-tokyo.co.jp/fass2018/

10/19(金)公開
『2001年宇宙の旅』(IMAXシアター上映)スタンリー•キューブリック監督 https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=2390
『遊星からの物体X 〈デジタル・リマスター〉』ジョン・カーペンター監督 http://thething2018.jp/

10/20(土)公開
『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』フレデリック•ワイズマン監督 http://child-film.com/jackson/

公開中
『アンダー・ザ・シルバーレイク』デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督 http://gaga.ne.jp/underthesilverlake/
『止められるか、俺たちを』白石和彌監督 http://www.tomeore.com/
『教誨師』佐向大監督 http://kyoukaishi-movie.com/

【美術等展示】
邱志杰(チウ・ジージエ) 書くことに生きる
2018年9月8日(土) 〜2019年3月3日(日)
会場:金沢21世紀美術館 https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1760

マルセル・デュシャンと日本美術
2018年10月02日~2018年12月09日
会場:東京国立博物館 http://www.duchamp2018.jp/

【書籍】
山崎圭司・樋口泰人編『ジョン・カーペンター読本』(boid) http://www.boid-s.com/5006
シリル・ベジャン編/福島勲訳『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』(読書人) https://dokushojin.com/book.html?book=5033
青柳いづみこ著『高橋悠治という怪物』(河出書房新社) http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309279763/
AYUO(高橋鮎生) 著『OUTSIDE SOCIETY(アウトサイド・ソサエティ):あるサイケデリック・ボーイの音楽遍歴』(月曜社) http://www.getsuyosha.jp/kikan/isbn9784865030648.html