第16回:あたりまえから | かみのたね
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2022.08.02

第16回:あたりまえから

本屋な生活、その周辺 / 高橋和也

2013年、東京・学芸大学の賑やかな商店街を通りすぎた先、住宅街にぽつんと、SUNNY BOY BOOKSは誕生しました。店主の高橋和也さんとフィルムアート社のおつきあいが始まったのはとても最近なのですが、ちょうど『ヒロインズ』を売りまくっていたり(250冊以上!)、企画展「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」が全国の書店を巻き込んだ大きなうねりとなって巡回されたり、すごいことを淡々と当たり前のようにやっていらっしゃる時期で、個人書店の底力というか、小さいゆえの機動力とか社会的な意義というか、改めて実感したのを覚えています。

以前のインタビューで「東京だからやっていける」とおっしゃっていた高橋さんですが、世の中の状況も変わり、決して楽観的ではないけれど、東京はもちろん地方でも本屋を始められる方がとても増えました。背景には、どこで買っても同じはずの本なのに、「大好きなお店を応援したいからここで買おう」と思う読者がすごく増えたことが大きいと感じます。SUNNYも特にコロナ禍初期に休業された際、心が折れそうなとき、お客さまからたくさんの激励を受け取って気持ちを保てたとのこと。だからこそ2021年2月に家族で沖縄に移住されることになっても、続ける意志が繋がれたのだと思います。

沖縄移住をすっぱり決断されたことといい、子供さんが生まれてからはより「生活」を大事にされる気持ちが強まったようにも感じます。ブレない軸を持ちつつも自然な流れに身を任せてきた高橋さんが、現実をどう受け入れ、これからどうなっていくんだろう、見守りたい方はたくさんいらっしゃると思います。高橋さんの考えややりたいことが少しずつ整理できるような連載になればいいなと思います。

「ある日、」は七夕のオープンからもうすぐで1ヵ月です。オープン前には8月のはじめにコロナ感染症の第7波がここまで爆発的なものになっているとは予想もしていませんでしたが、良いのか悪いのか「ある日、」は日に数組の来店とのんびりな状況なので感染対策をしつつ営業を続けています。大きな問題や事件もなく割合淡々とお店を開け閉めしていたので”もう1ヵ月”と思ったり、家族以外のひとと話しをする機会が増え外の世界との関わりが目まぐるしくなってきたので”まだ1ヵ月”と感じたり。時間は誰にでも平等に流れていますが、切り取る場面の変化の度合いによって体感する速度はこんなにも違うのかと、驚きます。

この一年半、家に引きこもりながら心の内と、世界の出来事とに目を向けながら自分にできることはなんだろうかと、頼りない考えを広げてきました。この連載の13回目『小ささを大切に』で書いた「お店を開けたあと僕は後悔するんだろうか、一体どんな感情で何を思っているんだろうか」について、一言でいうと後悔の気持ちが入る隙間はまったくありませんでした。もしあるとすれば売上が下がったときに顔を出す、一時的な自分の心の弱さみたいなものだろうとわかっていたりします。そんなことよりもお店という場所でのひととの開かれた関係を通した体感を伴う思考のなかで「ある日、」の可能性を感じています。「ZINEでも作りながらお茶会をしたい」「読書会や朗読会を企画したい」「コミュニティガーデンに取り組みたい」とやりたいことはまだまだこれからという感じですが、お店を開けながら土台を固めていけば自然と実現できるような気がしています。そしてどう土台を作っていくのか、何が土台なのか、それはやはり本棚です。「ともにある」をテーマにした「ある日、」の本棚は社会学、福祉学、心理学、医学、人類学を中心に詩や文学、エッセイ、絵本といった新刊書に、個人間のいまの感覚を反映するZINEや独特の文化と歴史を掘り下げる沖縄関係の古本を加えた構成で作りをしました。オープンしたばかりでお客さんの数も多くはないですが、動きのあるもの、鈍いけれどよく手にされているもの、見向きもされないものなど、ちょっとした反応が見えてきています。入り口にさりげなく置いている意見箱(「あんな本やこんな本があったりいな、こんなことして欲しいな、など「ある日、」の感想だったりなんでもご意見頂戴な、の箱です。お手柔らかにどうぞ。」と書いてあります)にも少しずつ意見をいただいています。思いの外、こちらの呼びかけに素直に反応してくださっていて本当に嬉しいです。

そうやって些細な、でも確かな反応に目を向けて、少しずつ「ある日、」に来てくれる方の思考を取り込んで「ともにある」ということの幅を広げて本棚を作っていければと思います。本と本棚を通したやりとりがあるからこそこれからの会話が生まれ、具体的なアクション(これからのやりたいことへの実現)に繋がっていくのだと信じて。

まだ「ある日、」で過ごす時間は短いですが、東京のサニーとのちょっとした違いにも色々気づきます。具体的にはまず本の動くスピードが違います。「ある日、」はまだ始まったばかりだからといえばそうかもしれませんが、同じタイミングで仕入れたのに(尚且つ「ある日、」の方が仕入れ数が少ないのに)サニーではもうなくなりました、とスタッフから連絡が来たりします。サニーにはある程度同じ感覚のひとたちが来店するようになっているからか、これ気になっていたんだと手にする本が重なっているのかな、と察します。来店数に差があると思いますが、ある日、は来るひとの感度にまだバラツキがあるのかなと感じていて(そういう意味で棚がこれから)、これなら売れる、みたいな感覚をまだ掴めていません。喫茶もある分お店に流れる時間やお客さんの過ごし方はゆったりしているのもサニーとは大きく違います。当初思っていた、じっくり本のある空間を楽しんでもらうということはできているかなと思います。なので多くない来店数の割に売上は悪くないですし、7月が終わって店舗売上の比率は本が5.5割、喫茶が1.5割、展示が2割、雑貨が1割というバランスになっています。今となっては展示の売り上げが大きいサニーとは異なります。それぞれのお店の違いに目を向けるとなんとなく、流れに任せて出来上がっていたサニーの普通というか、あたりまえに改めて気づくと同時に、本当はあたりまえなんかなくてお店をやりくりしていくためにいつの間にか曖昧さを勝手に区切っていたのかなとも感じてきます。そんなあたりまえを問い直しながら「ある日、」で更新していく日々を今は静かに楽しんでいます。

僕も気づかない、今のサニーのあたりまえがスタッフの大川さんと鷹取さんの中にあるのだろうとも思います。なかなかそのことについて話し合う機会が持てていないのですが、今度聞いてみたいです。そんな、それぞれのあたりまえのなかに「ある日、」やサニーという場所の共同性のかたちについてヒントがあるような気がしたのでした。誰のものでもなく、誰でも出入りできる場所へ相変わらずゆっくりと考えています。

次回2022年8月23日(火)掲載予定です
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